第35話 なぜ眠ってしまってるんだ……

 ベッドに腰かけ、その柔らかさを感じる。俺のベッドはもっと固い。


 部屋の中には柑橘系の匂いが漂っている。でも、芳香剤とは少し違うようだ。自然な仄かさ。


 これが佳弥の体臭なのかな――そう考えると、なぜか鼓動が速くなった。


 横に並べられた二つの枕。単に他にベッドがないからなのか、何かしら意味があるのか。

 部屋の中にある数少ない家具のうちの一つ、クローゼットに目がいった。あの中には佳弥の『秘密』がいっぱい詰まっているのだろうか。ふと見てみたい衝動にかられ、それを頭を振って追い払う。


 俺は何を考えてるんだ。

 そう、男同士、男同士、これはそう、修学旅行みたいなもんだ……


 今日はいろいろなことがありすぎた。

 とりもなおさず、魂を取り返さなければならない。儀式の回数はあと一回。残機二。

 その焦りをあまり感じないのは、その終焉がいまだに具体的な死のイメージにつながっていないからなのだが、それ以上に、佳弥があまり焦ってはいないのも大きい。


 ずっと一緒にいる――それは構わない。『親友』というのならばそうなのだろう。しかし、俺が万が一にも死んでしまったら佳弥はどうするつもりなのだろう。


 佳弥が小学生時代の同級生、あの『ヨッシー』だとは思ってもみなかった。そしてあのヨッシーが男の子だったとは。


 んー、そうだったっけなぁ……女の子だったと思ってたんだが、なにせ小学校三年生の時のことなだけにはっきりと思い出せないでいる。


 確かなことは、佳弥は偶然ではなく必然として、俺をパートナーとして選び、あの世界に行くことにしたのだということだ。

 俺なら、NOと言わないと思ったのか、それとももっと別の特別な感情があるのか――


 また二つの枕を見る。


 きっと、あるのだろう。俺はそれにどう応える?

 佳弥のことは好きに違いない。その好きというのが、恋愛対象としてなのか、友人としてなのか、はっきり答えが出せない。

 いや、恋愛対象としてみることにまだ戸惑いがあるのだろう。世の中、そういうことが普通になってきたとはいえ、それが自分のことというのなら、「別にそれでもいいじゃん」と言い切ることに、やはり勇気が出せないでいた。


 なんとなく眠気を感じ、ベッドの中に入る。すると一層、佳弥の匂いを感じた。なんだろう、変な感じ。モヤモヤしたものが胸の中にたまりそれが――


 ちょ、まじか!? ナニがアレになってるじゃないか!?


 おい、まじかよ……俺、そうだったのかよ……

 もういっそのこと、本当にそうなってしまおうか――って、男同士ってどうやるんだろ。やっぱりあれか? あれになにしてそーなるのか?


 スマホで調べて――いやいやいやいや、それが履歴に残るのは嫌だな。調べてる最中に佳弥が戻ってきても、それも気まずい。


――虎守くん、何を調べてるんだい?

――い、いや、その、男同士の叡智、みたいな?


 ムリ。ゼッタイムリ。雨の中家まで走って帰る羽目になってしまいそうだ。


 他のこと考えよう、そうそう、そうしよう。


 にしても、俺を殺したのはいったい誰だ。それすらまだ分かっていない。なのに、あの黒いモヤモヤした化け物まで出てきて――まあ、あれは火で追い払えそうなのはわかったが、そもそもあれはなんだったのだろう。


 あんなものがうようよいるのか? 絶望的だな……


 まどろみが訪れる。さすがに疲れているのだろうか。佳弥の匂いに包まれているのも、悪くないな――


 ――


 夢を見た。きっと夢だろう。

 細い腕が俺の体を後ろから抱きしめる。肌と肌が触れ合う感触。押し付けられる柔らかいもの。


 女性? 誰だろう。それをはっきりと感じられるのに、振り返って確認しようとしても、体が動かない。


 神経を振るわせるような快感が下半身に広がっていく。湿り気を帯びた吐息が頬にかかり、それが言葉を紡いだが、それが意味するものは、目が覚めた時にはもう俺の記憶から消えていた。


「おはよう」


 目を開けると、クリーム色のシャツとデニムの半パン姿の佳弥が、椅子に座って俺を見ていた。


「お、おはよう、佳弥……あれ、もう起きてたのか」

「うん」


 がばっと起き上がり、ベッドを見る。仲良く並んだ枕は、そのままだった。


「ベッドで寝なかったのか?」

「寝たよ。気づかなかった?」


 そうなのか……


 ふと、夢を思い出す。その生々しさに、少し顔が熱くなった。


「ぜ、全然わからなかったな」

「ひどいな。昨日はあんなに愛し合ったのに、覚えてないのかい」


 ……


「は?」

「冗談だよ。さあ、用意して。洗面所はわかるよね」


 そう言うと佳弥は、いたずらっぽく笑った。

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