第29話 誰、その女
ツンとそっぽを向き出て行った佳弥だったが、すぐに戻ってきた。
「ど、どした」
「扉から」
佳弥が部屋の奥に鎮座している岩を指さす。黄泉比良坂に行くならたしかに扉を使った方が早い。
そんなことも忘れて、佳弥は飛び出してしまったということか。
佳弥は何事もなかったように、「行こうか」と俺に向けて手を差し伸べた。
視界の暗転にもかなり慣れてきた。光が戻ると、黄泉比良坂への入り口にあたる場所だった。
中へと入り、坂を下りていく。目指すもの――告厄茸というややぶっそうな名前のキノコは、『始まりの結界』までの道中にあるという。
そこまでに出てくる『敵』はもう把握している。俺を谷底へと突き落としたやつら、三人の黄泉人だけである。その場所まで行くと、相変わらずぼーっと突っ立っている二人と、崖にへばりついている一人がいた。
薙刀を出し、その三人を片付ける。
「楽勝だな」
「そう言って、崖に突き落とされたのは誰だったかな」
「うるさい」
不機嫌な様子の佳弥は、言葉も随分と辛らつだ。
キノコは、驚いたことにというべきか、黄泉人の一人がへばりついていた崖に生えていた。佳弥によると、黄泉比良坂ではさほど珍しいものではないらしい。
「まあ、この中に入ろうなんて、あの村の人たちは思わないだろうからね」
単に危険というだけではない。ここは『忌むべき場所』なのだという。まあそうだろうな。
梯子はこの世界にあるらしい。言霊の力で梯子を出し、まさに黄泉人がへばりついていた場所に生えていたキノコを三本抜き取る。色は紫。どう見ても毒キノコじゃねーか。
「素手で触っても大丈夫なのかよ、これ」
「大丈夫、問題ない。毒なら治せる」
そういう問題かよ……梯子を下り、片づける。ついでに『籠』を出してキノコを入れた。腰にぶら下げ、任務完了だ。
「行こうか」
来た道を戻り、外にある『扉』から村に戻れば、あとは――絶対また修羅場だよ。
別に俺と姫で何かあるわけじゃないだろうに、佳弥は何を考えているんだろ。って、待てよ。
もしかして、佳弥は……
「なあ、佳弥。お前実は、兎カ野ミタマを推してるとか?」
「それ、ダレ?」
「あ、いや、いいです」
聞いた俺が悪かったようだった。
坂道を上り、外への出口が見えてきた。ふっと息をつこうとして、佳弥が俺の腕を取る。
「どした」
「……何か、いる」
誰か、ではなくて『何か』というのが、少し不気味な響きに聞こえた。
「来るときは何もいなかったぞ」
「そうだね……何かが変わったようだ」
ここは人の意識が生み出す世界。意識が変われば、この世界も変わる――何が変わったのだろう。
ただ、出口までの道に何かがいる気配は無い。左は谷底。右は崖だが、その崖にへばりついている物はない。
「何もいないぞ」
「んー、外、かな」
気配は感じられるものの、位置までは分からないらしい。
「どんな奴か分かるか?」
「黄泉人ではないね。でも人間とも違うようだ」
それはつまり……化け物かなんかか。
俺は持っていた薙刀を消し、得物を剣と盾に持ちかえた。何でも出せるのは本当に便利だ、まったく。
「おっけー、じゃあ盾構えて外に出てみる。敵の姿を見ないことには始まらん」
「この世界にいれば時間は言うほど気にしなくていい。でも、死ねるのは後二回だよ。あまり無茶しないように」
「それこそ無茶な話だ」
そう、死んでいいわけじゃない。ただでさえ俺の魂を持っている奴が誰なのか分からない状態だ。姫は知っているらしいが、教えてもらうにはキノコを持って村に帰らなきゃならない。
「回復、頼むぞ」
「ああ、気を付けて」
不思議と恐怖は感じない。もう慣れてしまったのだろうか。
その方が恐怖だな。
こみ上げる自嘲を噛み殺し、俺は外へと飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます