第28話 まだ男と思われてるの、なぜ……

 驚いたことというのなら、それは剣を振りかぶった俺を佳弥が喜びの目で見たことと、一見何の罪もないように見える少女――大宜津姫に剣を振るうことに俺自身何の躊躇も感じないこと、そして、いまにも剣で斬られそうな状況下でも大宜津おおげつ姫が笑ってみせたこと、だった。


 そう、躊躇は感じない。きっと、大宜津姫が悲鳴を上げていたのなら、俺はそのまま剣を振り下ろしていただろう。


 そのこと自体に俺は驚くべきだったかもしれない。しかし俺の驚きはすべて姫に持っていかれた、


 そう――姫は、笑ったのだ。


 自然と、俺の動きが止まった。理性は、目の前の少女を斬れと囁いている。こいつが犯人だ、と。しかし、俺の本能は『違う』と叫び続けていた。


 姫の従者たちが動く。三人。その全員は女性で、姫よりも年齢がいっているようだ。姫を守るように取り囲むが、姫がそれを押しとどめた。


「私を、斬るのではないのですか。魂を取り返すために」


 どこか含みのある笑顔。


「なぜ貴女がそれを知っているのか分からないけど、貴女が俺を殺したんじゃない気がする」

「そう……貴方を殺した者の名を知りたいのなら、私の願いをお聞き届けくださいな」

「それを知ってるんですか」


 俺の問いかけにも、しかし姫は微笑んだだけだった。


「告厄茸を日の入りまでに。日が暮れた後は私と」


 そして佳弥に向けても笑みを見せると、従者を連れて部屋から出て行った。


 それにしても……佳弥の話とは少し違うようだ。俺を殺した犯人はそのことを覚えている――でも、犯人でない者の中にも『覚えている』者がいる。


「佳弥、これはどういう」


 その言葉が終わらないうちに、俺は急に飛び掛かってきた佳弥に押し倒されてしまった。


「いてて……お、おい、佳弥」

「ねえ、虎守くん」


 うげっ……佳弥の目から光という光が消えてる……


「は、はい」

「もちろんキミは、姫の護衛を断るんだろうね」


 そっち? そっちの方が重要なのか?


「いや、でも、そうしないと犯人が……うげげげげげ」


 佳弥は俺の襟を手でつかむと、ゆっくりと俺の首を絞め始めた……


「待て待て待てって。というかさ、佳弥、女性の格好して『ボク、実は女の子なんです』ってことにしたらいいじゃないか。なら夜でも祭殿に上がれるんだろ?」


 どう見たって佳弥は、俺が姫と二人きりになるのを嫌がっている。でも俺と一緒にいれば佳弥も文句はないだろう。心が女の子なんだから、ある意味嘘でも何でもないし、俺、天才じゃね?


 というか、なんで俺はオッケーなのか未だに分からん。実は俺女の子でした……なんてことは絶対にない。まあ、それはおいておこう……


 しかし佳弥はというと、なぜかこめかみを指で押さえていた。そして「まさかまだ分かっていなかったとは」などと言いながら頭を振っている。


「な、なんかまずかったか?」

「いや、あのね、虎守くん。ボクはね」

「佳弥なら全然『女の子』で通じるって」

 

 俺の言葉に、しかし佳弥はすっげー複雑な表情で答えた。


「それは、できないんだ」

「なんで?」

「月読尊さまに仕えるかんなぎは男性でないといけないからだよ」

「そうなの?」

「うん。『女性だ』なんて言ったら、ボクは巫失格だ」

「へえ……そっか、佳弥の親父さんが『巫』だったわけか」

「いや、巫だったのはボクの母だよ。父は『守護』。虎守くんと同じ役目。月岬家を継いだのは母でね。父は月岬家の人間じゃない」

「は? たった今、『巫は男性でないといけない』って言ったよな」

「うん。だから母はずっと男性の格好をし、そして男性の振りをしていた。女性の巫が異性にそのことを知られたら、その異性と結婚するか、それとも、相手か自分のどちらかをこの世から永遠に消さなければならない。それが月岬家の掟だよ」


 うっへ……なんて掟なんだ。時代遅れも甚だしい……って、まあ、やってることがやってることだけに、そういうものなのかもしれない。


「そっか、佳弥は男でよかったな」


 佳弥に向けてそう微笑んだのだが、佳弥はすっげービミョーな表情を返した。 


「な、なに?」

「もういい、知らない」


 佳弥はそう言うと俺の上からさっさと離れ、「キノコを採りに行くよ」という言葉を残し、出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る