第19話 『うん』とか、まさか言わないよね

「なんか、怒ってる?」

「別に、怒ってないよ」


 佳弥は 、絶対に『別に怒ってない』状態ではない口調でそう答えた。


 一つ屋根の下……大宜津姫オオゲツヒメとの面会の後、俺たちは大きな祭殿から少し離れたところにある竪穴住居の一つに案内された。ここを使え、ということらしい。


 中は十畳ほど、もちろん一室だけ。四隅の柱で屋根を支えているもので、入り口の階段を降りるとすぐに囲炉裏があり、壁際にはベッド替わりだろうか、藁が敷き詰められている。


 しかし、なんといっても目を引くのが、一番奥にどんと鎮座している岩だ。まるで腰掛のような感じだが、これが佳弥の言う『扉』なのだろう。


 中に入って佳弥がしたことは、その『扉』を『開ける』ことだったのだが、手で触れ、何かをつぶやいたら、それで終わりだった。


「帰らないのか?」

「虎守くんは帰りたい、のかな」


 質問を質問で返されちまった。


「いや、別に帰りたいわけじゃないけど」

「随分と大宜津姫のこと見てたもんね」

「はあ!?」

「虎守くんは、あーいう女性が好き、なのかな」


 口元に笑みを浮かべ、佳弥がそう尋ねる。

 ……いや、笑みというか、ゆがんでるというか。

 顔は笑ってない。というか、殺意に満ち溢れている。


 な、なぜに……怖すぎる。


「そうじゃなくて! 時間は大丈夫なのか? いくら今日が土曜日っていっても夜遅くなれば親も心配するだろ」


 こっちの世界では時間の進みは遅くなるといってはいたが、それでももうかなりの時間が過ぎているように思える。というか、何時なのかわからないことが逆に心配だ。


 佳弥と大宜津姫との会話によると、俺たちはしばらくここにいさせてもらう風だったのだが……


「ここの『時間』は、ボクたちのいる世界の時間とは別物でね。虎守くんは今、疲れてる、かな」

「んー、どうだろ、言うほどじゃないな」

「じゃあ、あまり時間は経っていない、ね。キミの疲労度がここでの経過時間だと考えていい」


 なんだそりゃと思ったが、佳弥の説明だと、くたくたの状態で帰ったら大体24時間くらいが経っているらしい。逆に、全然疲れていないならほとんど時間は経っていないのだそうだ。


 にわかには理解できない。


 とそこに、入り口の扉(竪穴住居には、蓋みたいな扉がついていた)の外から声がかかる。女性が二人ほど入ってきて、服と食事を運んできた。


 お膳代わりの板の上には、少し赤みがかったお米、魚、野菜、木の実、そして貝汁がお皿やお椀に盛られている。女性たちはそれらを囲炉裏のところに置くと、すぐに部屋を出ていった。


「ご飯?」

「そうだよ」

「いや、帰ったらご飯あるだろ」


 まずそうではないし、いいにおいすらするが、なぜにご飯? といったところだ。


「時間の経過は、元の世界に帰るときの疲労具合だけで決まる。そして、この世界でご飯を食べれば、疲労が回復する。つまり」

「……進んだ時間を戻せる、ということか」

「そう考えても、いい、かな」


 なるほど。


「もしかして、この世界で眠ったら」

「疲労は回復するよ。そして回復した状態で元の世界に戻れば、ほとんど時間が進んでいないだろうね」


 なんとまあ不思議な世界だ。


 ……って、それって、つまり。


「延々とこの世界に居続けられるってことか?」

「もちろん、帰らなきゃいけないこともあるだろうけど、まあ、そういうこと、かな」

「なんか、色々すぎて理解が追い付かないな。まあ、とりあえず食えばいいんだろ」


 俺の言葉に、佳弥がクスッと笑った。

 おー、ちょっと機嫌が直ったようだ。


 まあ、せっかくのご飯だ。いただいてみるとしようじゃないか。


 木でできた細い棒は箸なのだろう。それを取り、まずは汁をすする。アサリのすまし汁だな。なかなかにうまい。


「日本食だな」

「一応ここも『日本』だから、ね」


 まあ、そうか。


 次に焼き魚、それをおかずにお米を食う。おこわみたいな食感。味は玄米か。意外にうまい。


 葉物野菜と木の実……栗だな。煮て塩で味付けしたものだ。素材の味が前面に出ているが、まさに『有機農法!!』的で、ビーガンが喜びそう。


「佳弥は食べないのか?」


 俺は一通り箸をつけたが、佳弥は一切何も食べていない。ただ、ご飯を食べる俺をじっと見つめている。


「虎守くん、なんともないかい?」

「何が?」

「体」


 ……


「おい、まさか、毒でも入ってるとか言わないよな!?」

「いや、毒が入ってたかどうかを聞いているんだけど」


 ……


「おい」

「大丈夫そうだね。じゃあ、ボクもいただくよ」

「おいって」

「なに、かな」

「なんでそんな物騒な話になるんだよ」


 抗議の声を上げる俺を無視して、佳弥はまずは栗を口に入れた。それをゆっくりと噛み締め――何か異変があったらすぐに吐き出すつもりなんだろう――そしてコクンと飲み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る