第16話 もしかしてボクのこと

「これが『瑞穂国みずほのくに』か」

「そう、だね」


 視界に広がる草原の中に森林が点在し、その向こうには山並みが見えている。もちろん現代世界とは違うだろうが……自然以外に何もない。


「あった」

 

 佳弥が声を上げる。そして洞窟の出口から少し離れた場所にドンと転がっている岩へと駆け寄った。

 その岩に触れ、何やら呟いている。


「それ、何?」


 佳弥のほうへと近寄りながらそう尋ねる。


「『扉』だよ」

「これが?」


 佳弥が探しているという『扉』は、俺の予想とは違い単なる大きな岩だった。


「うん。これはボクの父が作った『扉』。今、ここと月代神社を結んだ。これで、ここに来やすくなった、かな」

「へえ。おまえんとこの神社と行き来できるってことか?」

「そう、だね」

「じゃあ、帰るか。もう夜になってるんじゃないか?」


 この世界にいると、時間感覚が無くなってしまう。一体どれくらい時間が経ったのか見当がつかない。


「まだだと思う。ここの方が時間が進むのが遅いから。いまはもう少し、先に進みたい、かな」


 佳弥は少し顔を下に下げ、上目遣いで俺を見つめた。

 ……それ、マジでずるい。


「まあどうせ明日は日曜日だし、それはいいけど」


「ありがと」


 佳弥が微笑みながら、俺の腕を取った。

 ……なんだろ、随分『スキンシップ』が増えてるような。


 べ、べつに嫌じゃないんだけど、けどさ、なぁ。


 振りほどくのも気まずい。

 かといってずっとこうしてたら……


 まさに、デンジャーゾーン。


「でも、どこへ行けばいいのか当てがあるのか? あるならさっさと行こうぜ」


 この状況を打破する方法……

 さあ、行こう。早く行こう。さっさと出発だ。


「北に上がれば海に出るはず。海岸沿いには集落があるだろうから、そこで情報集め、かな」

「集落? 化け物の住処か?」

「違うよ。瑞穂国にはちゃんと人が住んでる。神話の世界の住人、かな」

「ふむ……」


 フツーの人間の形をしていてくれるといいな。


「そういや佳弥って、この世界に来たことあるのか? 随分詳しいし」

「いや、初めて、だよ。知識はすべて、父と母から聞いたもの、だね」

「ああ、そっか。いろんな人にことごとく断られたから、俺を強引に連れてきたって言ってたか」


 そう返したら、佳弥がなんだかすまなそうな顔を見せた。


「どした」

「やっぱり言っておくべきかもしれない」

「何を」

「いろんな人に頼んだというのは、その……『嘘』、なんだ」

「は?」


 どういうことだ。


「虎守くんが『ボクの初めての人』、なんだよ」


 ……その言い方、なんとかしてくれ。


「『ここに連れてきた』じゃなくて、『一緒に行ってくれ』って頼んだのは、俺が初めてってことか?」

「う、うん。そう、かな」

「なんでそんな嘘つくんだよ」

「そう言った方が、同情して一緒に『旅』してくれるかと思ったから」


 んー、まあたしかにそうかもなぁ……

 というか、有無を言わさず巻き込んだくせによく言うぜ。


「別に同情で付き合ってるわけじゃない。だから、嘘なんかつく必要ないぞ」

「そう、なの? てっきり同情してくれてるのかと。じゃあ、なぜボクと付き合ってくれてるの、かな」

「なぜ? んー、改めてそう聞かれると、そうだな……」


 っていうか、『ボクと』ってやっぱりおかしくね?


「もしかして」


 俺の腕を抱きしめる佳弥の手に、クッと力が入る。


「な、なに」

「虎守くん、ボクのこと」

「お、おう」

「好きなの?」


 ブッー!!!!


 きっと、お茶を飲んでいる最中だったら、二人の前に大きな虹がかかっただろうな……

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