第15話 ボクのパートナーは、キミだよ

 大人のキス――じゃなくて、復活の儀式をすませた俺たちは、急いで底津神社へと戻った。


 どういう原理かはこの際置いておこう。向こうで俺が死んだら、俺たちの体は越鬼神社に現れる。しかし、しかしだ。神社までの交通手段である自転車は当然のことながら元の場所――俺の家の車庫に置いたままなわけで。


 もう季節は梅雨。どんよりと曇った空の下は少し走っただけで汗をかくほどに湿気を帯びている。

 汗をぬぐいながら、底津神社のあの小さな祠までやってきた。


「気持ちわりぃ」

「さあ、行くよ」


 佳弥が手を差し伸べる。それを握ろうとして、自分の手の汗が気になる。


「どうしたの?」

「いや、汗かいてるから」


 ズボンで拭こうとした俺の手を、佳弥は自分から握りしめた。


「向こうでは、そんなの関係ない」


 そのままぐっと引っ張られる。

 視界の暗転。そしてまた『始まりの結界』に降り立った。


 薄暗い周囲。そういえばここは温度を感じない。


「ここは精神世界だから」


 佳弥は俺の腕を取り――というか、腕を組み歩き出す。


「お、おい」


 これじゃまるでデートだ。

 ……人生で一度もしたことはないけど。


「虎守くんが崖から落ちないように、ね」


 ……『ね』じゃねーよ、『ね』じゃ。


 複雑な思いを抱きながら、二人、俺が『死んだ』場所まで戻ってきた。


「行ってくる」


 薙刀を出し、それを持って岩肌沿いを進む。

 その先に――黄泉人が二体、ぼーっと立っていた。


 ……おい、ちょっと待て。


 静かに佳弥のところまで戻る。


「どうしたの?」

「黄泉人がいる」

「うん、いるよ」

「いや、そうじゃない。倒したはずの奴らまでいるんだが」


 そう、あのぼーっと突っ立ているやつらはすでに倒したはずだ。なのになぜ、まだいるんだよ。


「ああ。ここは『人間全体の』精神世界なんだ。彼らは人間の精神が生み出している。意識とか、記憶が生み出すと言い換えてもいい、かな。だから倒しても、人間の意識の中に存在が残っている限り、彼らはまたそこに存在する」

「……つまり、倒しても復活するってことか」

「ボクらが一度ここから外へ出てしまうと、そうなるって聞いた」

「聞いた? 誰から」

「父から、だよ」

「お前の親父さんも、お前と同じことをやってたのか?」

「父だけじゃない。母もだし、ボクの家系は遥か昔からずっと、月読尊さまの『復活』の為にこの世界を旅してる」


 へぇ……ちょっと話が壮大すぎて、イメージがわかない。


「お母さんもなのか」

「うん。父と母はこの世界でも現実世界でも『パートナー』だったからね」


 佳弥の顔が心なしか赤くなる。


 ……


 これ以上突っ込むと、何かとんでもないものが飛び出してきそうなので、もうこの話はやめにした。


 いる以上は仕方がない。俺は薙刀を構え、再び黄泉人へと襲い掛かる。

 一人目、二人目。

 さっきと同じシーンの繰り返し。違うのはここからだ。二人目を倒した後、俺は気を抜かずに上を見上げた。


 黄泉人が一体、岩肌にへばりついている。


「お前か。魂、返してもらうぞ」


 そいつが飛び降りる前に、ケツに一撃。

 黄泉人が、言葉では無いうなり声を上げ、地面へと落ちた。とどめを刺す。


 と、


 その黄泉人から仄かに光る光の粒が煙のように立ち上がり、俺の体へと入っていった。


「これって、魂を取り返したのか?」


 駆け寄ってきた佳弥に尋ねると、「うん」という返事。


「他に気配は?」

「もう無い、かな。でも、すごいね。薙刀なんて使ったことあるの?」

「無い。まあ、棒状のものなら、なんとかなるさ」


 どうせ剣道も殆ど我流だったしな。


 なにはともあれ、進路に邪魔者はいなくなったので、俺たちはまた岩肌と崖に挟まれた細い道を上り始めた。


 しばらく行くと、辺りの薄暗さをかき消すほどの光が見えてくる。


「あれは?」

「出口、だね」

「出口?」

「ここは、地面の中、だよ」


 何を言ってるんだかと思ったが、近づいてみるとなるほど、洞窟の出口のようだ。

 外に出る。これまでとは景色が一変して……一面の緑だった。

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