第14話 こうしてたらボクを襲うのかな

 始まりの結界――最初の場所を俺達はそう呼ぶことにしたのだが――は少し小高いところにある。そこから少し下った後、道は緩やかな登りに変わった。


 辺りは相変わらず暗い。道は細くなり、二人並べばそれでいっぱいなくらい。右側は岩肌のむき出しになった壁になっているが、左側は急な崖になっているようだ。下を覗き込んでみるが、底は暗くて見えない。


「落ちたら終わりだな」

「そう、だね。死ねるよ」


 いや、あのさ、『死ぬときはここに飛び込んだらOK』みたいな言い方はマジやめてほしい。


 佳弥は相変わらずツンとしたままだ。ちらと俺に向ける視線は槍の先のように鋭い。

 マサヤ――同じ剣道部のオタク野郎のことだが――が言ってた、「声を掛けたらすっげー怖い顔で睨む」というのは、このモードの時のことなのだろう。


 と、佳弥がお腹の下、へそ辺りを押さえるしぐさを見せた。


「おい、大丈夫か」

「大丈夫、昨日よりも全然ましだから、気にしないで」


『持病の癪』らしいのだが……そういえば『癪』ってどんな病気なのか、調べるのを忘れていた。後で調べておこう。


「この先、何があるんだ?」


 道は緩やかに右に曲がっていて、岩肌のせいで先が分からない。


「瑞穂国だよ。今は、黄泉比良坂を瑞穂国みずほのくに方面へと上っているね」

「そこに『扉』があるのか?」


 佳弥は『扉』を探すと言っていた。扉、か……あれか、ピンク色をした『どこでも行けるドア』のようなものか。


「そうだね。でも、扉はいくつもある。一つじゃない」


 そうなのか……と返事をしようとしたところで、佳弥が「しっ」と口に指をあてた。


「どうした」


 囁き声で尋ねてみる。佳弥は指を口に当てたまま、何かの気配を探っているようだ。

 化け物だろうか。この狭い道で戦うのは随分と危険だが……


「こんなところまで、黄泉人が来てる」


 佳弥が眉をひそめた。

 黄泉人……あのこん棒を持ったゾンビみたいなやつらだ。


「こんなところ?」

「黄泉人は死の世界の住人。始まりの結界のところまで来ることもほとんどないはずなのに、随分と上に上がってきてる」


 なるほど、あの小高い丘から降りていけば死の世界。上ってくれば生の世界ということか。『黄泉比良坂は生と死の間の場所』とか言ってたな。


「何体いるかわかるか」


 俺らがいる場所からは黄泉人は見えないが、佳弥は気配が分かるらしい。道を進んだ先にあの化け物どもがいるのだろう。


「三体……かな」

「あのデカい野郎はいるか?」

「いや、多分いない」


 ふむ。ならいけそうだ。


「じゃあ、倒してくる。来たれ、来たれ、薙刀、我の手に」


 狭い道ならリーチのある槍か薙刀のほうが戦いやすい。そう思い、試しにそうつぶやいてみたのだが、果たして、俺の手に俺の身長よりも長い薙刀が現れた。


「おーけー。行ってくる」

「気を付けて」


 こちらの方が先に気配を感じ取れるのはかなりのアドバンテージだ。先手必勝と行こうじゃないか。


「任せろ」


 薙刀を構え、道を静かに進む。カーブが無くなるあたりで、二体の黄泉人がぼーっと立っていた。


 左側の崖から落ちないよう気を付ければ問題はない。やれる。


 壁際から飛び出し、まずは近い方の一体の頭めがけて薙刀を振る。黄泉人は、薙刀の切っ先を食い込ませた状態で、壁へと叩きつけられた。


 その感触が手に伝わる。我慢できなくはないが、この気持ち悪さに慣れるのは難しそうだ。


 もう一体が俺に気づく。うなり声を上げ、こん棒を振りかぶってこちらへとやってきたが、薙刀で胸を突いてやると、よろよろとよろけた。


 その頭へと薙刀を振る。血が出ることもなく黄泉人の頭が落ち、そのまま体も地面へと倒れた。肉片が散らばる。


「はっ、楽勝だな」


 後ろ、佳弥の方へと振り返りそう口にしてみたが、正直吐きたくなるような気持ち悪さがこみあげている。


「虎守くん!」


 佳弥が焦りを含んだ声を上げた。


「どうした?」

「上っ」


 上?


 次の瞬間、頭から肩にかけて、ぐちょりとしたものが俺に圧し掛かる。

 重い。

 そしてその『質量』に突き飛ばされた。


「なにっ!?」


 道は狭い。突き飛ばされた先には……地面はなかった。


 俺を突き飛ばしたやつは――どす黒く汚れた体、みすぼらしい木製の兜の下から、目だけをやけに赤くギラつかせている黄泉人。


 お前か……


 そのまま俺は、まっさかさーまーにー、落ちて――



 唇に触れる柔らかい感触。

 口の中に流れ込む柑橘系の香り。

 そして。

 俺の体にのしかかる圧力。


 重くはない。いや、軽い。


 目を開ける。視界いっぱいに、佳弥の顔。


 切れ長の目。長い睫毛。吸い込まれるような黒い瞳。

 肌は透き通るように白く、だからだろうか、頬の紅さが余計に目立つ。


 前髪は目にかかる程度。横髪は耳を軽く隠す程度。後ろ髪は首を覆う程度。ショートヘアが所々で巻いている。


 うなじも白い。きめの細かい肌。

 男でもこんなきれいな肌をしてるんだ。


 剣道着とは違って、着ている上着――小袖というもの――は生地が薄い。佳弥の体温が布越しに伝わってくる。

 服自体は巫女装束をおもわせるものだが、色は黒っぽい灰色。肌の白さとのコントラストが眩しい。


 その胸元は……


「いてっ」


 佳弥が俺の顔を両手で包み込み、俺の顔の向きを強引にまっすぐにさせた。


「なに見てるの、かな」

「へ? いや、べ、別に。というか、俺、死んだか」

「うん」


 やっちまった……


 今は、ろうそくと縄に囲まれた板張りの上に横たわっている。神社の社殿で、佳弥が復活の儀式をしてくれたのだろう。


 というか、死ぬの早すぎだろ。


「くそぉ。油断した。すまなかったな、ありがとう」

「なにが?」

「なにがって、佳弥が俺を復活させてくれたんだろ? また迷惑かけた」


 何せ俺が死ぬたびに、佳弥は俺に『チュウ』しなきゃならないんだからな。

 恋人でもないのに。ってか、男同士だし。


 いや、まあ、そもそも俺がこんな死に目に合っているのは、佳弥のせいではあるんだけどな。


「気にしないでいい。ボクと付き合ってるんだから」

「そ、そうか」


 ……いや、それを言うなら『ボクに付き合ってくれてるんだから』じゃないのか?

『迷惑かけてるのはボクのほうだよ』とかさ。


 なんだろ、時々、佳弥の言い回しに疑問を感じる。


「また魂を取り戻しに行かなきゃ、か」

「そうだね」


 体を起こそうとして、しかしそれができない。

 佳弥が、俺の体に自分の体を預けるようにしているからだ。


 っていうか、その、この態勢、二人の体がちょーぜつ密着状態。

 一刻も早くこの状態を脱出しなければ……変な気分になるぞ。


「あ、あのさ」

「なに?」

「上に乗られていると、お、起き上がれないんだけど……」

「……そ、そうだね」


 そういって佳弥は……俺の上から退こうとはしない。

 床に二人抱き合いながら――とか、ほんと、これ以上はやめて。


「いや、あのさ、それじゃ起き上がれない」

「え、えっと、ま、まだ儀式は終わってなくて」

「……そうなのか?」

「そ、そうなんだ。ボクの体調があまりすぐれないから、不完全かもしれない」


 いや、それはヤバイ。


「ど、ど、どうすれば」

「えっと、そ、そうだね、も、もう少し続けよう、か」


 そういうと佳弥が、俺に顔を近づける。

『儀式』の続きは、なんだろ、なんとなく『大人』の感じがした。


 マ、マジヤバイッス。タ、タスケテ。

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