第13話 なぜ逃げるの
さすがにその日のうちにいくのは体調がすぐれないということで、俺と佳弥は次の日――土曜日に『冒険』に行くことに決めた。
土曜日は家庭教師の日だったが、それを別の日に移してもらったのだが、母親には随分と文句を言われた。しかし土曜日は佳弥と『勉強』することにしたと告げると、くるっと手のひらを返し、「たまには家に連れてきてよ」などとのたまう。
意味が分からん。
でだ。
次の日、学校が終わるとすぐに二人で――佳弥は休まずに来ていた――底津神社に向かったのだ。相変わらず、神社の敷地の片隅に、小さな祠が埋もれるように鎮座している。
「ここからでないと向こうに行けないのか」
「今はね」
「不便だな」
「だから、まずは『扉』を開けに行く」
半袖のカッターシャツと黒いスラックス。二人とも制服のままここにきている。
「こんな格好でいいのかよ」
「向こうは『精神世界』だから、今着ている服に意味はない、かな」
佳弥はそう言うと、俺に手を差し伸べる。それを握り返すと、佳弥が少し顔を赤らめた。
なんでだよ。
「付き合うことにしてから初めての冒険だね」
……
「えっと、あのさ、なんか間違ってないか?」
「行くよ」
何かが違うとは思ったが、暗転する視界の気持ち悪さに、その思考は彼方へと消え去ってしまった。
つむっていた目を開ける。うす暗い闇の世界。
またここにきてしまった。
いきなり歩き出そうする佳弥を引き留める。確かめておきたいことがあったのだ。
「来たれ、来たれ……」
言霊を唱え、アイテムを出す。
まずは小ぶりの剣。大きな得物を持ち歩くのは邪魔になる。これくらいなら、いつでも出せるように持ち歩くことが可能だろう。
感を取り戻すために、ここのところ毎日重めの木刀で素振りもしてきた。
……まあ、俺のなんちゃって剣道が役に立つかは分からないが。
盾をどうするか迷ったが、持ち歩くのは面倒だし、有っても果たして使いこなせるのか不安だったからやめにした。
その代わりに、胴当てと籠手を出す。これは剣道でもつけるものだから、使い慣れている。
「んー」
「どうか、した?」
「いや、制服に胴と籠手は似合わないなと思ってな」
異形の化け物がうようよいそうな場所を進むのに、見目を気にしてる場合かよって感じではあるのだが。
「服を変えたら?」
「ああ、そうか。来たれ、来たれ、道着と袴、我の手に」
着慣れたものならと思ってそう口にしたのだが……出てこない。
「む? 胴着も袴もこの世界には無いのか?」
「どうだろう、あると思うけど。それよりもしかしたら」
「なんだ」
「出せるものの個数の限界かも」
「……なんだって? そんなものあるのかよ」
確かめるために、以前出したもの――投げ槍を出そうとしたが、確かに、何も出てこなかった。
「ありゃ。出せるアイテムは三つまでってことか」
「多分、『同時に三つまで』だと思うよ」
佳弥に言われいくつか試してみたが、確かに、何かをしまえば別のものを出せる。
「出しっぱなしはダメってことか。こりゃ、考えないといけないな。胴着と袴は諦めるか」
どうするか。剣は持っておきたい。それに、いざという時すぐに何かを出せるよう、空き枠も一つ残しておきたい。
ということは、枠はあと一つか。
考えた末に、俺は丈夫な籠手を着けておくことにした。手の保護になるし、最悪これで敵の武器を受け流すことも可能だ。
「おっけー。準備はできた」
「じゃあ、行こうか。虎守くん、ボクの護衛を頼んだよ」
「はいよ」
お前は死なない。俺が守るから。というか、俺が先に死ぬから。というか、死ねってことね。
「でもね、虎守くん」
剣を腰に付けようと格闘していた俺に、佳弥がふと声を掛ける。
なんだろ、湿度が一気に上がった感じ。
佳弥が俺に近づき、そっと腕を抱えた。
「な、なに、どした」
俺の腕が佳弥の胸に押し付けられる。
大胸筋矯正サポーター……じゃなくてなんだったっけ、あ、そうそう、何たらブラの感触が俺の腕に伝わってきた。
シリコンパッド入りなのだろうか。感触がやけにリアルだ。
「あの時、身を挺してボクを守ってくれて、とてもうれしかった」
「あ? あ、ああ。ま、まあ、そうだな。とっさに体が動いただけだ。深く考えてたわけじゃない」
「ありがとう。ボクを信じてくれて」
まあ、確かに、『死んでも生き返らせるからOK』なんて言われても、そう簡単には信じられんわな……ってか、なんで俺、信じたんだろ。
……こいつがかわいかったからだろ? 知ってた。
なんでコイツ、男なんかなぁ……
「別に、礼を言われるほどのことじゃない……って、そうだ! もう俺、復活の儀式を二回してもらってるんだよな。じゃあ、残機はあと1か?」
そう。大切なことを思い出した。
「ざんき?」
「あー、ちがうちがう。残り回数」
「ああ」
佳弥は俺の腕を抱えたまま、笑みを浮かべる。
いや、すみません、そういうことされるとマジで変な気分になるんですよ。
「魂を取り返したから、またあと三回はできるようになってる、かな」
「そうなの?」
「そうだよ」
便利だな、おい。
「おっけー。んじゃ、行こうか」
俺は佳弥から強引に体を離す。
これ以上くっつかれてると、もうマジで「男でもいいか」とか思い始めかねないんだよ、ほんと、超危険。
「ふぅん。そう。じゃあ行こうか」
途端に佳弥が不機嫌になる。
ツンとそっぽを向いた佳弥は、前の時とは違う方向――まだ俺の知らない方へと、俺を置いてさっさと道を歩き始めた。
……いや、もう、まじ、なんでだよ。ほんと、コイツ、謎だわ。
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