第12話 ば、ばれた!?……んじゃないのか

 神社の社務所なんて初めて入ったのだが、何のことはない、どうも住居になっているようだ。

 この神社自体はかなり小さいもので、佳弥の話だと、ここは宮司である佳弥の祖父の家も兼ねているそうだ。


「だからボクは、ここに引っ越してきたというわけ、かな」


 ダイニングの席に座る俺に、佳弥が冷たいお茶を出してくれた。


「それまでは?」

「島根にある月代神社というところにいた。父がそこの宮司だったから」

「ツキシロ……そういや、この神社のことも、佳弥はそう呼んでたな」

「ここはね、本当はそういう名前なんだ。でも一般には越鬼神社って言われてるね」


 一般にはって……


「なんでだ?」

「神話の記憶が忘れ去られているから、かな」


 そういや、なんかそんな話をしてたな。


「というか、親御さんは? 島根か?」

「もう、この世界にはいないよ」


 ……え?


「亡くなったのか?」


 聞くべきでなかったかも……口に出してからそう焦った。見境なく口にする癖を何とかしたほうがいいな……


 だが、佳弥は少しだけ困った顔をしただけだった。


「ちょっと違う、かな。その話は追々、だね」

「よく分からんな」

「ちょうどいい。今から順を追って説明するよ。時間ある、かな」

「時間はあるけど……いいのか? 体調悪いんだろ。今度でもいいぞ」

「腹痛と貧血。よくあることだし、もう今は大丈夫だから」

「腹痛と貧血?」


 一体、どういう病気なんだろ。確かに風邪じゃなさそうだ。

 ……あー、わかった。あれか!


「『うっ、持病の癪が』ってやつか!」


 俺の言葉に、佳弥が言葉を失う。

 ……なに、この微妙な空気。


『それは都合の悪い時に使う仮病だろう』とかなんか、突っ込みはないのか?

 いや、まあ、佳弥に突っ込みを期待するほうが間違いか。


「こ、虎守くん、なぜ、それを」


 佳弥が愕然とした表情を俺に向けた。そして……ボムッという音がして、いや、音がしたかのように見えただけだが、佳弥が真っ赤に顔を染めた。


 ……これが学校だと、人類すべてが敵であるかのように睨みつけるって?

 嘘だろ。


「ってか、癪ってどんな病気?」

「し、知らないのならいい。気にしないで。違うから」


 そう言うと佳弥は真顔に戻り、何事もなかったように、俺の前に置いてあったコップにお茶のお替わりをついだ。


「佳弥……もしかして今のって」

「な、何もないって」

「ノリツッコミしようとしたのか?」

「へっ?」


 俺のボケに一度乗っかかり、そのあとで突っ込むという高度な技。それがノリツッコミだ。

 佳弥がそんな高度な返しをしてくるとは……しまった、佳弥がツッコむ前に真面目に返してしまった。

 一生の不覚だ。


「なんだ、佳弥もお笑いがわかるんだな。へぇ、意外だな」

「え、えっと、虎守くん、あのね、何か勘違いを」

「おっけーおっけー。佳弥がそうなら俺も遠慮はしないぜ。関西人の全力を見せてやろう」


 片方の口角を上げ、歯をキラリ。

 佳弥が頭を押さえた。そしてそして左右に軽く振る。


「……それはおいておこう。でね、虎守くん、これからのことなんだけど」

「お、おう、そうだな。で、何をすればいいんだ?」


 佳弥が俺に体を寄せる。その体温が……なんだろ、ちょっと気恥しい。

 こうやって間近で見ると、ほんと、佳弥って男か女かわからんな。


 ……い、いかん。男だ、男。


「神話世界で、月読尊さまの足跡をたどる旅をする。乗っ取られた逸話を取り戻すんだよ」

「……ごめ、よくわからん」


 話の内容が頭に入ってこない。

 ……佳弥がそばにいるから、ではないぞ。断じてちがう! はず。


「言葉じゃピンと来ないかな。とりあえず、父が張ってくれた結界をたどって、『扉』を確保しよう。ここからすぐにどこでも行けるようにね。そのあと、保食神うけもちのかみに会いに行く」


 佳弥の囁くような声。

 誰に聞かれるわけでもないだろうに、佳弥はわざわざ俺の耳に口を近づけ、そう言った。


「お、おう、わかった」


 ……全然わかんないけど、行けば分かるだろう。

 うん。臨機応変、これ最強。

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