第9話 違う、そうじゃない

「逃げよう、佳弥かや


 現れた人影は、俺たちが進もうとしていた方向から来ている。

 佳弥の手を掴み、最初に現れた場所――佳弥が結界と呼んでいたものの方へと戻るために引っ張る。

 しかし思いのほか強い力で、佳弥は俺を引っ張り返した。


「お、おい」

「奴らは動きが遅い。逃げようと思えばいつでも逃げられる。そりより、ほら」


 佳弥が指さす方向、いくつかの人影のその後ろに、他のものよりも大きさが二倍ほど違う、けた違いにでかい人影が一つ、うっすらと見える。


「あの、化け物……」


 俺を殺した、やつだ。

 ぞくっと、背筋に冷たいものが走る。


「あいつが、虎守こもりくんの魂を持ってる」

「あ、あれを倒せばいいのか」


 佳弥が黙ってうなずいた。


 そんなことできるのか……とは思ったが、確かに、よくよく見れば化け物たちの動きは極めて遅い。のっそのっそと随分と悠長にこちらへと歩いてくる。


 ……まるで『ゾンビ』だな。


 佳弥曰く、魂のない肉体なのだから、もしかしたらそのものかもしれない。

 俺と同じくらいの背丈の奴が、一、二……四体。そしてバカでかいやつが一体。


「数が多い」

「そう、だね」


 いくら動きがゆっくりだとは言え、こちらから飛び込んでいくには、危険すぎる。

 飛び道具があればいいんだが……やってみるか。


「佳弥、離れてろ。来たれ、来たれ、投げ槍、我の手の中に」


 ポンっと、長さ一メートルくらいの、先のとがった木の棒が現れた。切っ先が金属ならよかったんだが、全部木かよ……仕方がない。


「おりゃあああ」


 まだ離れたところにいるゾンビ――黄泉人よみびとの一人に向けて、槍を投げる。

 狙ったやつ――ではなく、その隣の隣にいるやつの体に刺さった。奴らは胴当てを着けているが、大した強度ではないようだ。


「やったか」


 槍の刺さった黄泉人は一瞬よろけたが、しかし槍が刺さったまま、何事もなかったようにまたこちらへと歩き出す。


「うそだろ、全然効いてない」

「頭をやれば、多分倒せる」


 佳弥のアドバイス。

 頭か……そんな器用なことできないって。


 どうする?

 こうする。


「来たれ、来たれ、長槍、我の手に」


 ポンと現れたのは、今度は俺の身長よりもはるかに長い槍。手の中に、ずっしりと重い質量を感じる。


「アウトレンジ。これ最強」


 俺は長槍を握りしめ、勢いをつけて、先頭を歩く黄泉人の頭へと突き刺した。

 黄泉人は避けようともしない。

 槍の先が肉にめりこむ感触。


「うげ」


 思った以上に、気持ち悪かった。


 すぐ隣にいたやつが、低いうなり声を上げて、持っていたこん棒を振り上げる。俺は槍を引き抜き、急いで距離を取った。


 ヒットアンドアウェイ。戦いの基本。

 相手の動きが素早かったらこうはいかないが、落ち着いてみると、熊なんかより全然楽な相手のようだ。


 倒れた黄泉人は、そのまま動かなくなっている。


「なんだ、ヌルいな」


 倒し方がわかればこっちのもんだ。一体、また一体と頭に槍を突き刺していく。

 手に残る感触は極めて気持ち悪いものだが、我慢、我慢……


「残りはデカブツ、お前だけか」


 見るだけでも気持ちの悪い化け物――大男の胸から飛び出している肋骨、その周りに付着している肉片が生々しくぎらついている。


「さっさと終わりにしようぜ」


 俺はデカブツの顔に向けて長槍を突き出した。

 カポっと、槍がデカブツの口の中にジャストイン。その奥の肉に槍先が食い込む。


 これでやっと、厄介ごとから解放される……はずだった。


「えっ?」


 デカブツの動きが止まらない。口の中に槍が刺さったまま、デカブツは巨大なこん棒を振り上げ、そして俺へと振り下ろす。


 他のやつらが持っていた、短いちゃちなこん棒じゃない。槍の距離でもそれは十分に俺の頭を捉えている。


 とっさに槍から手を離し、俺は後ろに跳んだ。俺のいた場所にこん棒がめり込む。

 食らっていたら、ひとたまりもなかっただろう……


 尻もちをついたまま、デカブツを見上げる。

 びびった。まじびびった。もしかしたらちびったかもしれない。

 恥も外聞もなく、俺は四つん這いでデカブツから離れる。


「お、おい、佳弥。こいつはどうやって、たおせば」


 佳弥を見た。

 その視線の先、心配そうに俺を見つめている佳弥の後ろ……人の影が!

 佳弥は俺に気を取られていて、気づいてない。


「後ろ!!」


 俺の叫びに、佳弥がようやく気付くが、背後から振り下ろされたこん棒を避けきれ無かったようだ。

 佳弥が倒れる。


 立ち上がり、走った。

 再び振り上げられるこん棒。

 倒れている佳弥の頭にそれが振り下ろされようとした瞬間、俺はその黄泉人に跳び蹴りを食らわせた。


 黄泉人がよろけて倒れる。


「大丈夫か!」


 佳弥を抱き起す。


 むにゅっ

 佳弥の胸。俺の腕に当たる、弾力のある物体。


 ……あ、あれ?


 バッと、佳弥が俺の腕を振り払った。


「もしかして、佳弥かや


 白いシャツ、その胸を両腕で覆い隠すようにして、佳弥が俺をにらんでいる。

 顔を真っ赤にしながら。


 俺の腕に残る感触。

 あれは……もしかして……


 ちちぱっどか?

 ちちぱっどなのか?

 ちちぱっどだヨ!


 つまり……


「お、お前、『男の娘』ってやつか?」


 次の瞬間、佳弥の顔がすっごーく、それはそれはもう、ほんとに、ものすごーく複雑にゆがんだ。

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