第8話 ボクのが、彼の中に……

 どことなくつっけんどんな様子の佳弥かやから、なんとか「出したもののしまい方」を聞き出す。


ね、往ね、鋼の剣、ありしところへ」


 俺がそう言うと、もはや重りでしかなかった鉄の剣が、俺の手から忽然と消え失せた。


 ……どういう仕組みなんだろ、これ。


「虎守くん、武器はどうするの、かな」


 佳弥が歩みを止めずにそう聞いてきた。


 道は緩やかに下っている。前に俺が逃げ走った道。暗くて今は見えないが、しばらく行けば朽ち果てた民家がいくつか立ち並んでいるはずだ。


 あの化け物たちがたむろしているかもしれない――


「いきなり襲われたりするのか? 武器は持っといたほうがいい?」


 少し不安になって、俺は辺りを見回した。

 もちろん街灯などない。遮るものはなさそうなので見晴らしは良さそうなのだが、残念ながら「一寸先は闇」になっていて、何も見えない。


 闇の中から、グァバァァァ!!なんてことがあってもおかしくはないだろう。


「大丈夫、ある程度の気配なら、ボクに分かるよ」


 佳弥がそう言い切る。

 ちょっと安心。重いものを常備しておく必要はないわけだ。


「いや、あんな重い剣を扱うのは無理だ。かといって、飛び道具を出すにしても、どうせあっても弓か投げ槍といったところだろ。どっちも俺は使えない。でも、いいことを考えた」

「いいこと? なに、かな」


 佳弥が足を止める。少し癖のある黒いショートヘアが、その反動で揺れた。鋭い流し目が俺に飛ぶ。


 なんか、すんげー懐疑的な目。


「何も武器を使って戦うことだけを考える必要はない。俺たちの代わりに戦ってくれる『もの』を出せばいいってね」

「もの?」

「そうそう、例えばこうだ。『来たれ来たれ、熊、我の前に』」


『言霊』の詠唱も板についてきたって感じだな。

 ……まだ三度目だけど。


 俺の言葉が終わるや否や、二人の目の前に黒っぽい物体がポンッという感じで現れる。

 大きさは……あまり大きくない。小太りのおっさん程度。胸元には白い三日月模様がある。


「ツキノワグマかよ。ヒグマの方がよかったな」


 俺を殺したあのデカ物に対峙するには、少しパワーにかけるような……


「こ、虎守こもりくん」


 慌てたような声を出し、佳弥かやが俺の右腕をつかんだ。そして、まるで俺の背中に隠れるような態勢を作る。


「なに?」

「危ないよ」


 佳弥がそう応じた瞬間、左足に激痛が走った。


「い、いてぇ!!」


 思わず叫んでしまう。

 ツキノワグマが、俺の左足に噛みついてる……


「う、わ、わ、わ、わ、わ、わ」


 そのまま、見目の大きさからは想像できないほどの力で、クマが俺を引きずり回し始めた。着ぐるみを被ったおっさんとは、訳が違うようだ。


「は、早くそれを消して!」


 佳弥の声。


「往ね、往ね、ツキノワグマ、ありしところへ!」


 俺の言葉に、熊がポンっと消え失せ……ない、だと?


 黒っぽいコロっとした塊は、俺の足に突き立てている牙にさらに強く力を込めた。そして頭を激しく振り回す。


 牙が肉に食い込み、骨を砕く……


「いてぇっ!!」


 やばい、これ、死ぬ……


「生み出した時と同じ『言葉』でないと、だめだよ!」


 佳弥が叫ぶ。

 それを先にだな……


「往ね、往ね、熊、ありし、ところへ!」


 薄れゆく意識の中で、必死に声を張り上げる。

 次の瞬間、俺の足に食い込んでいたものが、ふっと無くなった。


「いてぇ……いてぇ……」


 しかし激痛は消えない。ジーンズは引き裂かれ、その間からは赤黒い液体が噴き出している。

 佳弥が、その傷口を手で押さえた。白く細い手を、俺の血がどす黒く汚していく。


 そんなんじゃ、血は止まらないだろ……


 と。

 突然、痛みが消えた。


「あ、あれ……」


 体を動かすと、しかしまた痛みが走る。


「ほら、じっとしてて……傷、少し深い」


 言われなくても、動かすと痛いだけにじっとしているしかない。

 佳弥は、腰に下げていた水筒のようなものを取り出し、それに口をつけると、倒れこんでいる俺に覆いかぶさった。


「お、おい」


 その唇が、俺の口を有無を言わさず塞ぐ。

 わずかばかりの湿り気が俺の口の中に入り、爽やかな風が俺の鼻を抜けていった。


 それとともに、俺を支配していた痛みも抜けていく。


「軽いものなら押さえただけでも治せる。けど、深いものは、こうしないと」


 そう言うと佳弥は、俺から体を離し、そして手を引っ張って俺を立たせた。

 足を見てみる。血まみれのままだが、確かにもう血は出ていないようだ。


「す、すごいな……というか、その、ごめん」


 佳弥の手も随分と血で汚れている。

 なんか、いろいろ申し訳ない思いでいっぱいだった。


「気にしないで。いいかい、言霊は、言葉通りのものしか生み出せない。『熊』と言えば熊が出る。でも、その熊は『熊』でしかない。人間を見れば、逃げるか、それとも襲うか、だよ」

「なんだよ、『召喚者』の言うことを聞くんじゃないのかよ。うまい方法だと思ったんだが……」


 モンスターを呼び出せば代わりに戦ってくれる……なんて、ゲームのようにはいかないようだ。


「でも、生き物も生み出せるんだな」

「人間は無理だと思う。特に、特定の個人は」

「そ、そうか」


 英雄を召還するってのも、無しなんだな……

 何を生み出せて、何が無理か。いろいろ試しておかないといけないようだ。


 というか、また佳弥とキスしてしまった……


 佳弥のほうをチラと見る。パチッと目線があう。

 突然、佳弥の顔がパッと赤く染まった。色が白いだけに、それがよくわかる。


「何、かな」


 さっきまでは心配げな口調だったが、それが一気に不機嫌なものへと変わった。


 怒ってるよ……


「あ、いや、その、ほんと、ごめん」


 もう、何に謝っているのか自分でもわからない。


「別に、怒っては」


 佳弥が、そこで言葉を切る。

 後ろを振り向き、そして俺に体を寄せた。


 肉がほとんどついていない、軽くて華奢な体。


「どうした」

「……叫び声を、聞きつけた、ようだね」


 佳弥の口調は、警戒心をあらわにしたものになっている。

 佳弥の視線の先を追う。


 動物とは明らかに違う影――数体の人影が、こちらへと向かってきていた。

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