第7話 なんだバレてないのか……チッ

「えっと、あの、これ、なんすか」


 ダンベルなんかよりはるかに重い鉄の剣の柄が、俺の手に握られている。先っぽは地面の中。めり込み具合が半端ない。


「剣、だよ」


 佳弥かやが答える。


「見りゃわかる。じゃなくて、格好いい技の名前を叫んだら敵がドカーンって吹っ飛んでくような呪文は?」

「そういうの、ないから」


 佳弥は少し困惑気味だ。

 無いのかよ……


「じゃあ今の呪文っぽいものは、なんだ?」

言霊ことだま、と言ってね。虎守こもりくんが放つ言葉には物を生み出す力が宿っている。言葉通りのものを生み出すことができる、よ」


 な、なんだってー!

 確かにそれはすごい力だ。あの猫型ロボットにも引けを取らない。


 ……え、俺って、実はスペシャルな男だったのか!?


「これが俺の力?」

「いや、キミの力じゃない、かな」


 やっぱり。知ってた。どうせ俺はパンピーだよ。


「じゃあ、これも佳弥の力か?」

「月読尊さまの力だよ。虎守くんは今、尊さまの『依代』としてここに存在している。パートナーを『依代』にするのが、ボクの力、かな」


 すごいのかすごくないのか、もうよく分からなくなってきた。


 剣か……正直、今の俺にはただ重たいだけの鉄の棒でしかない。


「もしかして、これで戦えっていうんじゃ」

「そうだよ。虎守こもりくん、剣道部だって聞いたから」


 とほほ……


 この言葉をリアルで言う羽目になるとは夢にも思わなかったぜ。


「あのな。剣道っていうのは竹の棒でちゃんちゃんバラバラやるスポーツだ。こんな重たいもので殴り合う練習なんか、俺、したことない。ってか、うちは進学校だ。たかがそこの剣道部だぞ? ムキムキの化け物倒せるほど強かない。しかも二年生の冬に引退してる。もうほとんど練習なんかしてない。おーけー?」

「そ、そうなの?」


 佳弥は『話が違う』的な顔をして驚いている。

 いやいやいやいや……


「いいか、敵を倒す基本は『飛び道具』だ。相手の攻撃範囲の外から、ノーリスクでデンジャラスな攻撃を叩き込む。これ最強」


 全く……武器で殴り合うなんざ脳筋のやることだ。


 となればやることは一つ。


「来たれ、来たれ、ピストル、我の手に」


 教えてもらった呪文を、ワードを変えて唱えてみる。


 ……


「あ、あれ? 出てこないぞ。なんでだ?」

「この世界に存在しないものは、生み出すことができないよ」

「この世界? ここのことか?」


 俺は、薄暗い中に沈む枯草に覆われた小高い丘を見回した。


「いや、もっと広いこの世界。現実世界と並行して存在する精神世界。『神話の世界』と言った方が分かりやすい、かな」


 ……全然。意味不明。

 ってか、精神世界にはピストルはないけど鉄の剣はあるのか。

 わけわからん……


「つまり、だ。この世界にあるものなら何でも生み出せるから、それらを使ってあの化け物を倒せと。しかも、俺一人で」

「ボクがサポートするよ。怪我の一つや二つならすぐ治せる、かな」

「そ、そか、復活の儀式だけじゃないんだな」


 ちょっと安心――なんかできるか!!

 怪我の一つや二つで済むとは思えない。


 ……なるほど、佳弥は攻撃手段を持たない治癒専門のヒーラーなんだな。


「でも、一つだけ気を付けてほしい」

「な、なんだよ」

「キミは死んでもいいから、ボクを守って」


 ……私は死なないわ。貴方が守るもの。


 的な? 普通逆じゃね?


「は?」

「虎守くんが死んでもボクが生き返らせる。でも、ボクが死んだら」

「それができない、ってのか」

「うん。だから、虎守くんは死んでもいいけど、ボクを死なせてはいけない」


 死んでもいいって、おい、マジか……マジなのか……こいつ、顔に似合わず鬼だな。

 ガチの化け物相手に『お姫様プレイ』やれってか!?

 で、壁役タンク攻撃役アタッカーも俺一人でやらなきゃいけないって?


 なにそのハードモード……


「でも、死ねるのは三回まで。もう残りあと一回。期限は長くて六日。死んでしまうともっと短くなる」


 しかも、『残機〇〇』システムかよ……オマケに制限時間まであるんだぜ……


 詰んでる。俺、詰んでる。

 なのに佳弥はしれっと言いやがる。なんでそんなに平然としてられるんだよ。

 誰のせいでこんなことになってると思ってるんだ!


「わかった。わかった。納得は全くできないが、理解はできた。確認だが、あの化け物は『魂が無くなった肉体』なんだな?」

「そう、だね」


 仕方がない。現状を嘆くより、できることを考えよう。

 魂を取り返すまでの辛抱だ。


 まあ、相手が肉の塊って言うならまだましだ。これが鉄の塊なら本当に詰んでるところだった。


「でも俺が死んだら、佳弥、逃げられるのか?」


 なんか言ってて悲しくなるな……


「それは大丈夫。虎守くんが死んだら、この世界とのつながりが切れてしまい、ボクもキミも現実世界に戻る。キミはボクをこの世界につなぎとめる『触媒』でもあるんだ」


 ……もう、なんか、『ボクが死にそうになったら、虎守くん、先に死んでね』って言ってるようなもんだろ、こいつ。どこまで鬼やねん……

 ってか触媒って何だよ。二酸化マンガンかなんかか、俺は。


「戻る……もしかして、お前んとこの神社にか?」

「そう、だね」


 なるほど、なるほど、いろいろと納得が……行くわけねーだろ!

 ツッコミどころが多すぎて、もう疲れちまったよ。

 だめだ、これ以上は何も考えたくねぇ……


「おーけー、完全に理解した。多分。とりあえず化け物を探しに行こう。後は……ほら、あれだ、状況に応じて適切に判断し、その時に思い付いた最善の策を実行するとしよう」


 俺の提言に、佳弥は少しだけ考えた後でボソッとつぶやいた。


「行き当たりばったり、ということ、だね」

「臨機応変と言ってくれ。敵を知らなきゃ、何も始まらんのだよ、『お姫様』」


 そう、お前はただひたすらに俺に守られるだけの『お姫様』……それを揶揄して言ったのだが、なぜか佳弥は想定外の反応を見せた。


「ひ、ひめっ??」


 そう叫び、そして目を見開いて俺を見つめている。顔が真っ赤だ。


 お、怒ったのか? 『お姫様』はまずかったか。

 まあ、女みたいな見た目だから、もしかしたらそう言われていじめられてきたのかもしれない。最近はそういうの、気をつけなきゃいけないからな……


「ご、ごめん。揶揄からかっただけだ。お前が女だって言ってるんじゃないから。その、言い過ぎた」


 その謝罪の言葉に……佳弥の表情がいきなり不機嫌なものへと変わる。


 な、なぜに……


「行こうか」


 冷たく言い放つと、佳弥はさっさと歩き始めた。


「お、おい、待てよ。とりあえずこのバカ重い剣をどうすればいいか教えてくれ!」


 もう、ほんと、マジ勘弁だわ……

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