第二部

第18話:実際には受精した後の受精卵を背負っています

 地衣類のカーペットに覆われた樹海の道なき道を、西に向かって独り歩く。

 林道や獣道すら無い、巨大な倒木や巨大な岩石が無造作に散乱する昼なお薄暗い樹海を孤独に歩き続ける私であったが、その心は晴れやかで開放感に溢れていた。


「正直、肩の荷がおりた気分ですよ」


 私には前世の記憶がある。だが前世は墓じまいまで(勝手に)終了済みの無縁仏、未練はない。


 今生、オークの村に産まれた。私はオークの文明開化に努め必要な技術を再現し啓蒙に励み、オークの技術や戦力の増強に貢献した。最低限の義理ははたしました。


「後は好きにさせてもらいますよ」


 ペニスケース装備、そして革製の背負い袋を作ろうと試行錯誤したものの巨大なランドセルになってしまったソレを背負い、さらに直径3メートルの鍋を背負った胡乱なオーク(私なんですが)が、鮮やかな赤い花を咲かせる地衣類を踏みしめながら進みます。


「お、色鮮やかすぎる警戒色のキノコですね、一部の毒キノコの毒は実は旨味成分の上位互換なんですよ、毒ですが」


 毒キノコを集めながら暗い樹海を散策します。私には毒は効かないので、これらはただの美味しいキノコですね。


 警戒色の毒といえば腹部が鮮やかなオレンジ色のイモリを思い出しますね。

 前世でイモリやヒキガエルを捕まえたあと、なぜか謎の嘔吐感に苛まれていましたっけ……うん、アレは普通に毒をくらっていましたね。


「うーん、コレはオオサンショウウオですかね?」


 樹海の道なき道は平坦ではなく、窪地あり倒木や巨石の丘ありと起伏に富んでいるのですが、そんな苔に覆われた岩山の上から頭部の横幅が5メートルほどのオオサンショウウオが私を見……あ、オオサンショウウオは目が退化していたはず、嗅覚でしょうか。いや、コイツ目がありますよ。

 色は鮮やかな警戒色、黒と黄色のマダラ模様で視力の高そうな目玉、巨大なのでオオサンショウウオかと思いましたが巨大なイモリか毒トカゲかも知れません。


 ところで、前世の武術に『発勁』と言われる技が有る…とささやかれていました。


 曰く、修練の果てに理想の打撃を極めれば発勁が徹る。

 曰く、大地の力、足や下半身の力をロスなく脊椎から腕に徹して打てば…

 曰く、点を穿つ打撃ではなく、浸透する水のごとき波の衝撃…


「全部足せばいけそうな気がしたんですよね」




 ヌルっとした皮はフグの皮とすっぽんのエンペラのいいとこ取りでぽん酢が欲しくなりましたが、本日は毒キノコ煮込み季節の山菜を添えてになりました。

 食べられる苔もいっしょに煮込みます。苔の裏側には何かの卵がびっしりと産み付けられており、そのツブツブがカズノコの卵のようなアクセントになって食欲をそそりますね。


 カズノコの卵は違いますか、ニシンの卵ですね。生前


「知ってるか? カズノコはな、カズって魚の卵なんやぞ。カズは東北の方の回遊魚で、身は肥料とかにされたんや」


と介護士をからかったら、その介護士はその話をしたり顔で吹聴して赤っ恥を…まあ前世の話ですので時効ですよ。


 肉は可もなく不可もない食材でしたが、毒キノコスープが深いコクとダシを出しておりかなり美味しくいただけました。

 残念ながら魯山人が言っていたサンショウの香りはしませんでした。やはり巨大イモリだったのでしょうか? しかし、大鍋を持ってきて正解でしたね。


 美味しい食材との出会いがあれど、樹海紀行はあいも変わらず単調です。野党に襲われる貴族の馬車など見あたりませんし、病気の母親のためにウナギを釣りに来た幼女も現れません。

 そろそろ南に進路を変えますか……



 

 オオサンショウウオの住処には沢があったのでその沢に沿って南下すること数十分、前方から慌ただしく駆ける足音が近づいて来ました。これは第1村人…ではなくむしろ事件、イベントですね!

 このあたりはトロールの領域ではありますが、他の種族も集落を作っているはずなので楽しみです。

 こちらに走ってきた第1村人は…………身長2メートル弱の、二足歩行のカエル?! 鳥獣戯画ですか!?


「あ、アンタ言葉はわかるかい? 逃げな! 人間のスタンピードだよ!」


 そのカエル人の背からボロッとオタマジャクシがこぼれ、べちょりと地面に落ちます。見ればカエル人の背中は蓮のアイコラ通称『蓮コラ』そのものの状態でかなりザワっときます! 


 これは…ピパピパ!?


 いやまとう、今きにするべきはソコじゃない、『人間のスタンピード』の方です。


 前方に目を凝らすと高さ数十メートルの巨木の柵でぐるりと囲まれた場所、中は見えませんがおそらくこのピパピパの…ザワっ…ザワっ…う、ピパピパの集落なのでしょう、そこから煙があがっています。

 クッ、やはりピパピパの集落なんでしょうか、ザワっ…ボリボリボリボリ……おもわず手足を搔いてしまいますね。あまり行きたくはないですが、せっかくの第1村人です。向かいますか……イヤですが。


 集落に近づくにつれ、逃げ惑う村人達とすれ違う奇怪がもとい機会が増えていきます。

 荷物を背負うウシガエル、子供? の手を引くイモリ、青白い地を這う者、よくわからない平べったい何か、逃げるヒキガエル、走るアマガエル…良かった、カエルが多数派ですがピパピパはレアモンのようですね。


 逃げ惑う両生類どもを掻き分け集落に入るとそこは攻城戦の真っ最中でした。


 集落の構造は滝を挟んで上下二段構えになっており、上段は集落を抜ける沢とかなり大きな複数の池を中心に水上…ではなく半水没家屋がならぶ住宅街。

 集落の下段は百数十メートルある断崖(目測で通天閣より高そうでしたので)の中程にある洞窟から流れだす滝の下に作られた防衛陣地を含むなんらかの施設群。かなり広くスペースを取った滝壺がこの集落の中心になりますか。


 両生類でなければ住もうとは考えない立地です。滝の水しぶきやマイナスイオンが常に飛び交っており、哺乳類には厳しい環境だと言わざるを得ません。あと滝の音がうるさい。

 かなりダイナミックな構成で、たとえ下段を突破しても上段の住宅街までは滝の横の坂を登らねばなりませんので防御は堅いはずですが…非戦闘員の避難が始まっているのが解せませんね。


 滝の真上あたりに双頭のトノサマガエルが陣取り檄を飛ばしています。アレが指揮官でしょうか?


「火を消せ! 取りつかせるな! 魔法……てぇっ!!」

「神獣サラマンドラ様! 我らをお助け下さい! サラマンドラ様!!」


 ………………嫌な予感しかしない


「少しお時間、よろしいでしょうか?」


「な!? オーク? なぜここに!」

「サラマンドラ様、なぜに我らを見捨てたもうたか!」


 さらまんだー様ですか、水棲獣人が弱点属性の炎のサラマンダーを使役しているなら、戦術的にかなり有効ではないでしょうか(すっとぼけ)。


「あー、サラマンドラ様というのはどのような神獣様で?」


「黒と黄色のマダラ模様の、巨大なイモリの神獣様だ! なぜかお隠れになられたが。

見知らぬオークよ、ここは落ちる、貴様も逃げよ!」

「サラマンドラ様なぜですーーっ!」


 双頭だと声がステレオになって聞き取りにくいですが、特に左のカエル頭うるさい。あー…アレですよ? 心当たりしかないですね……(知ってた)


 あ、防壁の一部がはじけ飛び、人間どもが流れ込んできました。


 侵入して来たのは見覚えのある兵装の人間達です。たしか、性神奇士衆道会の部隊でしたか?

 盾持ちが突入、直後に近接役が素早く続き、そのすぐ後を魔術士の部隊が突入と同時に冷気系魔術をブッパ。弓兵が警戒と援護。練度はかなり高いですね。

 変温動物対策にいきなり冷気を噴射したのは特にポイントが高いです。プロっぽい、いや、プロでしたね。


 よく創作では優秀な冒険者と弱い騎士団という不自然な力関係でえがかれる事が多かったと記憶していますが、冒険者が社会人ラグビーチームで騎士団がオールブラックスです。冒険者が学生の相撲部で騎士団が立浪部屋です。

 毎日毎日ケイコだけしてメシを食っている連中が日雇いや派遣労働者より弱いわけがありません。


 おっと、のんびり観戦している場合ではないですね。冷気で鈍った水棲獣人たちが押されています。せめてイルカ獣人とかジュゴン獣人などの恒温動物獣人がいればもう少し保ったのでしょうが…


 騎士団の一人が建物の中からカエル獣人を引きずり出しました。滝の轟音がやかましいですがオークイヤーは地獄耳です。


「イヤー、人間! だ、誰かっ! 助けて! おかーさーーん!」


 あ、あのカエル獣人…ピパピパですね。お母さんは集落の外ですれ違ったピパピパでしょうか? 外のピパピパと違い、捕まっているピパピパの背中にはびっしりと卵ががが…ザワっ…ザワワっ……


「これだけ気温を下げたんだ、誰も助けてくれねえよ! 

おお? へっへっ…お前、いい色艶の卵を背負っているじゃねえか、後で俺がたっぷりmilk(←ネイティブ発音)をかけて受精卵にしてやるぜぇ…ジュルル……

しっとりぷにぷにお肌のケロケロ美少女をポコポコ背中から産むんだなぁ〜」


 milkのネイティブ発音、イラッとしますね。


「い、イヤーー! おかーさーん!」


「ウヒッヒッ、おめーがマごぱぁっ!!」


 しかし人間、なんでこんなに気色悪いんでしょうか? ピパピパの背中もたいがい気色悪いですが、コレは自己を顧みない母性、母親の無償の愛情と曲解してギリギリ我慢できます……が、そこな人間……あなた達は、ダメです。本当にダメですよ!


 戦いは…好きじゃないけど…しょうがない……しょうがないですねぇ……


「犠によって、助太刀いたす…」


 ええ、『犠』によって……





 リザルト

 防衛戦:勝利

 戦死者:1体(神獣サラマンドラ)

 負傷者:18名

 捕虜数:5名(全て♂)


「旅のオーク殿、助太刀感謝いたします」

「サラマンドラ様ーーっ!」

「うるさい、左の、黙らぬか!」

「サラマンドラ様がーーっ!」


 サラマンドラ様は犠牲になったのだよ…




 その夜、私は水棲人の集落で歓待を受けました。川エビ(40センチ級)美味しかったです。四万十川の川エビの味と、食べても食べても減らなかった釜揚げ(讃岐)うどんを思い出しました。早く食べないとうどんがのびて一向に減らないんですよ、アレ。

 ……あの? ずっと私にくっついているピパピパさん、離れてもらえませんかね? あなた方の種族、ビジュアル的にどうしても無理なんですが……ザワリ…ゾワワッ……

 誰かが言っていましたね、主人公の幼馴染に容姿の不自由な娘はいないと。

 容姿の不自由な娘を主人公が捨てると、誠実で正義感あふれる主人公が容姿の不自由な娘をその容姿が不自由なゆえに差別したなどと不当にバッシングされるからだとかなんとか…


 ピパピパは……仕方ないと思うのですよ? ねえ?


「ところで村長さん、捕虜を取っていましたが、アレ…どうするんですか?」


「他の生物の直腸に産卵する種族がいまして、人間の捕虜はありがたいですね、捨てる所がありません」

「搾り取り、散布するのだ!」


 あー……うん


「これもなにかの縁です。このポーション、半分ほどしかありませんがお納めください」


 私は村長に、瓶に半分ほど残っていた大性女の3000倍ポーションを渡しました。

 水棲獣人の人口を増やして頑張ってもらいたい。


「散布! 散布するのだっ!!」

「……かたじけないオーク殿!」





 皆が寝静まった深夜、私は行動を開始します。水棲獣人集落下段の小屋から抜け出して轟音を上げる滝の横を登ります。足場は苔やら藻でぬめり滑りかなり歩きづらいですね。

 断崖の中程にある洞窟に侵入、光の差さぬ真の闇ですがオークアイに死角はありません。

 つららの様な鍾乳石が乱立し、棚田状に水をたたえた鍾乳洞を歩くのですが当然手すりのついた観光コースなどありません。邪魔な鍾乳石はくだ……確かコレ、1センチ100年でしたか? 砕くのは止めておきますか。念動力で自分を浮かべて奥を目指します。


 鍾乳洞内を流れる川に沿って奥へ奥へ…小さな虫や小動物が私から距離を取ろうとにげまどい、目の退化した小魚がゆっくりと泳ぎ去る。生態系が出来上が──う、うん? そういやこの世界にスライムとかいないんでしょうか? アレ? 私スライム見ましたっけ? 近いモノは……うりぼうの頃に川で食べた這いずる生レバー??


 スライムも世界によっては上級〜災害レベルのモンスターですからね。人化して魔法を使うスライムじゃありませんよ? 単純に巨大質量で強いスライムがいる世界線が…うっ……井戸の怪物……あ、アタマが……


 おっと、ありました。見つけました冷たい静謐な水をたたえた地底湖です。地底湖ですよ? 湖が巨大なスライムなんてオチはありません。

 ここに、いるといいんですがねぇ…

 

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