第15話:成り上がって見返す 意味

 私は成人オークになり、季節は冬になった。長野県や滋賀県あたりに降りそうな湿っぽい雪が、シンシンと静かに舞い降りてくる。


 さてここで問題だ、はたして異世界の冬は寒いのか? と


 話はいきなり飛ぶが、ベルクマンの法則というものがある。

 かいつまむと、「恒温動物においては、同じ種でも寒冷な地域に生息するものほど体重が大きく、近縁な種間では大型の種ほど寒冷な地域に生息する」というものだ。


 シロクマやシロナガスクジラの方がクマやナガスクジラよりでかい、だからなんだ? そう思うだろう?


 よーするにだ、わざわざ小難しく言っているがマグカップに入れた熱湯より、でかい寸胴に入れた熱湯のほうが冷めにくい…だから寒い地方の生き物はでかいんだぜ! そんな話なんだ淡路島SAの玉ねぎスープが飲みたい。


 そんなわけで、お肉や血液たっぷんたっぷんなオークは寒く無かったんだよ。

 

「小柄なアナタ達は大変ですねぇ…」


「面目ねぇです」と着ぶくれたケンゴブが答えます。


「なんとか毛糸もクリアし(毛織物は激闘でしたねぇ…)、毛織物のインナーや毛皮の外套も用意できましたがやはり寒いですか」

 

「去年までなら凍り死にするやつもいましたから天と地ほど違いヤスよ」

 

 吹きすさぶ寒風の中でもチ◯コケースと雪よけ皮マントだけの私の足下に、毛皮で着ぶくれしたゴブリンやコボルドたちが犇めいています。

 アレですよ、吹雪の中で身を寄せ合うニホンザルやペンギンの群れの状態です。そんなに寒いんでしょうか?


 あ、降りそそぐ雪が風で流されてまるで桜吹雪のよう。綺麗ですねえ。うん? 『桜』吹雪ではありませんね、普通の吹雪でした。ええ、私は寒く無いので……


「ご主人、は、早く行こうぜ、ぜっ!」


 カンジキを履いて荷物満載のソリを引くポニーガールのオペラがぷるぷる振動しながら私を急かします。


「ブヒッ!」


 巨大なサッカーゴールのようなオブジェを背負った全長9メートルほどの巨大イノシシのボルタン、成長してさらに大きくなった兄弟も私を促します。

   

「では行きましょうか」


 除雪車のようなむしろ大型のラッセル車のごときボルタンの後を皆でゾロゾロと歩きます。一緒にカナブンの幼虫をプチプチっていたあの小さかった兄弟が、こんなに巨大に育つとは……

 兄弟とは共に世界を旅する腹積もりだったのですが、もはや拠点防衛用の巨大モビル◯ーマー化したボルタンとは道を分かつ事になりそうですね。ギ◯ンの野望のザ◯家専用ビ◯ザム扱いです。

 

 ボルタンが歩いた両脇に雪の壁を作りつつ、私達は進みます。


 川沿いを下り獣人村を越え、さらに雪を押しのけて進む一行。


 なんでも獣人村の向こうに人間の都市国家があるそうで、族長さんやマルコ達は攻城戦の真っ盛りらしいです。


 それで追加の道具や食料の輸送中なのですがアレですよ、初めて討伐任務に出た主人公がたまたまユニークモンスターに出会い討伐。あれよあれよと冒険者ランクを上げていくご都合展開がよくありますが…


「アナタの事ですよユニーク人間さん?」


「………………」


 抜き身の広刃の大剣を構えた男が1人、気配を消したまま無言で現れました。

 ちなみにボルタン達にはハンドサインで先に行けと指示を出して先行させています。


「ふむ、ユニーク人間さんは優秀ですね。お仲間はどうしました?」


 脆弱な人間はパーティープレイが基本、単独行動はありえません。


「………………」


「無駄話で時間を潰したほうが、お仲間の生存率が上がると思いますよ?」


「……チッ、キングの首を取りに来たがよ、まさかここまで化け物とは運がねえぜ……。仲間は逃がした、ワイがしんがりや!」


 シリアスっぽく会話してはいますが、絵面はかなりひどいです。

 ハーフプレートに広刃の大剣装備の勇者(鉄砲玉)と対峙するは、ペニスケースに雪よけマントのオークです。いや、全回復してくれる男前の炎の四天王は完全ハダカマントでした。ペニスケース分だけ私の方がマシです!


「キング? 族長さんでしたらこの先に陣取っていますよ?」


 なん…だ、と!? なオサレ漫画風絶望的表情を浮かべて都市国家がある方向に視線を向ける勇者(鉄砲玉)、何か勘違いしていたんですかね?

 しかし人間の冒険者、半グレや893しかいないんでしょうか? よっと♪


「ガッ!」


「はい、ダメです。視線を外してはいけませんね」


 白目をむいて崩れ落ちたユニーク人間さんを見下ろしながらどうしようかとしばし悩む。まあ、一応持って行きますか……


 サク……サク……サク……


 肩にユニーク人間さんをかつぎ、降り積もった雪を踏みしめながら歩きます。


「ワイはスラムの女郎屋で産まれたんや…」


 肩にかついだ簀巻きが唐突に自分語りをはじめました。他者に共感、同情するような優しい心は前世で擦り切れていますので要点だけドライに纏めると…


・勇者(鉄砲玉)はスラムのアイリーン地区にある料理組合で産まれた

・料理組合と名乗っているが、店は茶とお菓子しか出ない娼館密集地である

・実母は性病で死に、ローカル893と女郎達に育てられた

・ローカル893から犯罪行為と法律を、女郎達からは女のコマシ方を学んだ

・スラムから王城ファルカスを見上げ、いつか成り上がって見返してやろうと誓った


 なんなんでしょう? 私の油断を誘う作戦でしょうか? 油断していても鉄砲玉君が私を出し抜ける確率は100万回に1つもないんですが。

 ハッ! これはまさか…ご都合展開!? いいでしょう、乗りますよ!


「ダメですね、下(ゲ)のゲですね」


 私が侮蔑を隠さずに吐き捨てると、すかさず簀巻きがいきり立ちました。


「俺たちスラムの住民は平民どもからさえ見下され蔑まれてきたんだ!

成り上がって、絶対に見返してやると──」


 創作によくある成り上がり、見返し、ザマァ…あれらは


「根本的に間違っているんですよ、アナタたちは」


「何を、言ってる!」


「アナタは成り上がって人間の貴族にでもなり、カネをかせいでデカいツラがしたい、そうですね?」


「言い方は微妙だが……まあ……せやな」


「理解していますか? アナタのその行為、アナタを見下し蔑んでツバを吐きかけてきた連中の価値観や、ソイツらを守る法律やルールを全肯定するおマヌケな行為だと」


「な、何を言って……」


「アナタを見下した王や貴族の末端に加わり、あなた達を虐げあるいは存在を無視してきた国のシステムを肯定し、

アナタたちから搾取し蔑み見下していた巨大資本からわずかばかりのお小遣いを頂戴して

俺は貴族だ金持ちだと自慢げに道化踊りをおどる…」


「それがアナタの成り上がりですか?」


「………………」


 前世で読んだSFでもありましたねえ、手の甲に虫メガネを貼り付けたおっさんがレアメタルの小惑星を売り払い一躍億万長者の仲間入りをするんですが、つまりその未来世界には1人がミリオンダラーになるほどのカネをポンと出せる超巨大資本が存在するんですよね。

 その超巨大資本からすれば1人の億万長者など手のひらの上の道化猿。というか、そんな終末期資本主義社会はリッチの鈴木さんが住んでいたディストピアより劣悪な社会になっていそうですが、あのSFが出版された時代はまだ資本主義に未来がありましたからねえ……


「……ワイにどうしろと言うんや」


「まだ見ぬ新しいシステムをでっち上げるか、ゲーム盤を叩き割るぐらいの気概が欲しかったですね」


 ええ、異世界転生して「経済無双だぁ〜! ウェェェイ!」とかやってるなろーしゅを見ると心底ウンザリしたものです。前世では末期資本主義社会の底辺の排水口のフタの裏の水アカのクソ雑魚ナメクジが転生したら経済無双ですかワロスワロスwww

 せめて誰も見ない未来の国を少年には探し求めてもらいたかったですよ。


 ぐちゃりぐちゃりと雪解け水でぬかるんだ林道を歩いていると、前方の森の切れ目に大型のテントとオークゴブリンコボルドなどの集団が見えて来ました。

 テントは、モンゴルのパオを再現した……かったのですが構造がわからず、小学校の運動会の来賓席なアレに仕上がっています。いいんですよ! オークにテントなど必要ありませんから!


 テントに近づくにつれなぜか霧が濃くなってきました。霧のロンドンの…などと言えればオサレだったのですが、私の一番ひどい霧経験は四国の屋島、1メートル先も見えない前世の屋島の状況にニタリクジラです。ですが今生の私はオーク、ここはオークアイの出番ですね。


 さすがは光の反射を必要としないオークアイ、色彩以外は完璧です。


 うん? 族長っぽいシルエットを発見。だが様子が変です。族長さん、ふた回りほど成長した上に手が2対4本に増えています。『ぺかー』したんでしょうか?

 あと先行させたゴブリンやコボルドたちも違和感があります。あ、わかりました。ゴブリンやコボルドは腰みの装備になっていますなぜに?


 浅い水田なみの泥濘に足を取られながらテントにたどり着くと、ギリメカラ(仮名)のペニスケースだけを装備した族長さんがしょんぼりしています。この表情は初めて見ますが何かあったのでしょうか?


「族長さん、お土産です。族長さんへの刺客のようで都市攻略に使えるかもと持ってきま──」


 口上の途中ですが族長さんが背後、つまり都市の方を指し示します。

 なんでしょうか、私はお土産をその場に投げ捨てて族長さんの横を抜け、霧の厚い層を抜けてソレを確認しました。


「アイエエエ!? キラウエア火山!?  キラウエア火山ナンデ!?」

 

 そこには地平線まで続くマグマの海が拡がっていました。

 上流からの川の流れがマグマに合流し沸騰、もうもうと水蒸気が立ち昇っています。きりたちのぼるあきのゆうぐれの原因は水蒸気でした。

 川の流れはマグマの海のヘリにそって何処かへ流れていく…前に蒸発していきます。このマグマさん、温度高杉! まさか火を焼き尽くすマグマ?!


「これ、下流は全滅では? ……族長さん?」


「う、ウム」


「このあたりに人間の都市国家というか、城塞都市があったんですよね?」


「ウム…」


 私は族長さんに相対し、両手を腰の横に配置し手のひらを前に向け、上体とアタマをかしげました。

(訳:人間の都市国家、どこなのォ?)


 族長さんは斜め下に視線を落とすと顔を手のひらで覆います。

(訳:俺にもいろいろあったのだ…)


「……………………」


「……………………」


 私、【side:◯◯】って大嫌いだったんですよ。同じ話を何度も読ませるなとよくイラツイタものですが…

 無性に読みたいですね【side:族長】。

 初めてですよ、こんなにsideを読みたいと思ったのは……

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