第14話:エリート事務次官39歳

 啓蒙である…


 今求められるのは正しい啓蒙である……


 オークとして転生し早数ヶ月、文明開化に努めた私は精肉皮革金属器毛織物まで再現した。この後私が抜けてもソレらの生産は続けられる、そう、生産は続けられるのだ。


 族長さんの装備も完成した。

 ブルー(ワーム)メタルの鎧、毛織物の鎧下、皮革加工場にわいたブラウニーによって制作されたブーツ、そしてオークどもが狩ってきたレッド(ワーム)メタル製の武器で武装された完璧なフルアーマーオーク族長の勇姿を見よ! まさにどこかの宇宙世紀の青い軍神のごとしである。

 こんな族長と闘う人間どもが憐れでならないが、族長の装備に憧れたオークどもがそれぞれ装備を身に着けだしたために問題点が発覚したのだ。


 メンテナンス、あるいは洗濯である。


 試しに毛織物の鎧下をオークに洗濯させてみたが、毛織物を毛に戻す勢いあるいは無駄なパゥワァ〜。

 ゴブリンにやらせてみても似たりよったりな惨憺たる有り様。可能性がありそうなコボルドだったが教え込む手間の割には結果が望めそうもない、そもそもコボルドには多岐にわたる生産行為を丸投げしているのでクリーニング屋をやらせる余裕はない。ゆえに啓蒙である。




「あ゛あ゛あ゛ぁ…………」

 ブリュブリュブリュブリュブリュブリュブリュブリュブリュブリュブリュブリュ……

「ゴッ…ゴボゴボゴボゴボゴブペッ……」

 パジュンパジュンパジュンヂャッヂャッヂャッヂャッヂャッヂャッヂャッヂャッヂャッヂャッヂャッ……


 私は啓蒙のためにオークたちがよく集まる場所を訪れていた。ああ、謎のBGMは気にしないでくれたまえよ。

 腕立て伏せや過負荷付きヒンズースクワットなどの鍛錬に一心不乱なオークたち、この豚畜生どもを啓蒙せねばならない。しかしなぜヒンズー? 元ネタはインドなのだろうか? もしかしてカーマ・スートラ? まあ今はいい…


 パンパンパン!


 私は手を叩いて豚畜生どもの注意を集める。


「整列なさいっ!」


『ブギィィッッ!!』


 いつの間にやらオーク村のカースト上位になっていた私には、なぜか一般オークたちが従うようになっていた。


「静かに付いてきなさい」


『ブギッ!』


 そして私達はとある場所に静かに移動した。




「本当はぁ…❤️ わ、わかっテ…ん、いたわァ❤️ 男に媚び媚びのォ…あアタマもマタも緩いアーパーどもがベターな…アンッ❤️ 生き方だってぇ〜おほっほっお゛お゛っ❤️」


 私はオークどもに身ぶりで『ステイ』と指示を出します。


「ぃお゛っお゛❤️ オンナの時代オンナも仕事オンナもォじりちゅ❤️ 社会しんしゅちゅん゛❤️ ッ…て、安い三文コピーに騙さりぃぇっ❤️ 官吏をお゛っぎわめちゃけどりょっ❤️ きじゅけばぁ…❤️ アラ、フォー……う゛う゛ぅ……ぅう゛……ぅ゛っぅ゛ぅ゛……」


「……………………」


「やざしぐしないでよ゛ぉっ! ぁああ゛あ゛っっ! アーパーどもが…私よりバカで下のバカの分際の無能のバカのくせにぃ…自慢気に孫を見せつけに゛ぃ……う゛っう゛う゛ぅ……ひぃいい゛い゛ぃい゛い゛い゛ぃん……」


「……………………」


「う゛ん…う゛ん……ひぐっ……う゛う゛う゛ぅ……」


「……………………」


 族長さんは女性の耳元でささやくように喋るので肝心なセリフが聞こえません、残念ですねぇ…

 しかし、やはり洗脳系の能力でしょうか? あそこまで仕上がってガチガチに凝り固まった女性は普通は自分の間違いを死んでも認めませんし、そもそも間違い自体を見なかった事、無かった事にしますからね。記憶障害や二重人格を疑うレベルもまれによくあります。


 余談ですが、なろうなどでよく見る有能な働くヒロイン(キリッ)の末路はだいたいコレになります。いいですか? 他人のアラを大声で糾弾し、ブレーキの壊れたミキサー車のようにガサガサ自分から(やる必要のない)仕事を見つけ精神論をがなりたてながら働く……これは『有能』ではありません。


 ブラック企業の経営者から見れば『便利』な人材ではありますのでブラック企業は声のでかいパワハラモラハラおっさんと、上記のブレーキの壊れたミキサー車おつぼねを必ず雇います。便利ですからね──あ、


「私を…み、見てぇ❤️ やさしくしてぇ❤️ 私をぉ…ンッ❤️ あまえしゃせてぇっ❤️ わ、たしんおっ…みちぇえっっ❤️ つくすからぁあ゛っ❤️ 族長しゃまにぃ…つくすからぁっっ!❤️ あ、あ゛あ゛あ゛あ゛っんごほお゛お゛っっ!❤️ んおおっアッ❤️」


 こえぇ……族長こえぇ……私はこの時心底族長さんに恐怖を覚えました。鳥肌が立ってますよ、ブタなのに! エロギアスなのっ!? エロギアスなのっ!?


 私はオークどもにハンドサインで『撤収』と伝え、静かにその場を離れました。移動先は村の広場です。


「…………わかりましたか?」


『ブ、ブギッ?』


「アナタたちが目指すべきはあの『漢』です!」


『っ!』


 次に私は繁しょ…トレーニングルームを指差します。


「どうすればいいか、わかりますね?」


『ブ、ブギィ……』


「わからない事は、オババか族長のお嫁さんたちにたずねなさい。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥ですよ」


『ブギィィッッ!!』


「解散!」


 オークたちは蜘蛛の子を散らすように駆け出して行きました。上手くいくといいんですがねぇ……


「上手くいきますかねマダナイ様?」


 濁った抹茶色のオークが広場に残っていました。そういえば私がうりぼう小屋を出て最初に会話したオークですね、彼。


「おや、アナタは私が初めて小屋を出た時に会ったオークですね、名前をうかがっても?」


「サグっていいます。カナブンの幼虫ご馳走さまでした」


 ネームドですか、明確な知性がありますものねぇ…


「アレ、カブトムシの幼虫だと思っていたんですよ」


「ハハ、このあたりのモノは大体でかいですからね

しかしいいんですか? ばーさんに丸投げして、怒られても知りませんよ」


 オババや族長のお嫁さんたちに丸投げしましたねえ…


「年寄は仕事を与えないとボケますからね、私はオババさんのために涙をのんで仕事をふりわけたんですよ

それに、アナタがクチをわらなければバレませんし」


「こわいこわい、かんべんしてくださいよ」


 このオーク、あり得ないぐらい人間味?がありますね、普通のオークはこんなにしゃべりません。簡単な会話は『ブギッ!』みたいな高速豚言語ですますのがオーク流です。


「上手く行くか……ですが、微妙ですね。族長さん、マジカルドリルとかむしろ洗脳スキルとか愛やら淫やらの神の加護とか持ってそうなレアケースですし」


「どんなクソ面倒くさいメスや重すぎるメスも一瞬にして信徒に堕とす神技を族長様、持ってますからねえ〜」


 そう、ステータスオープンこそ無いのですが、この世界にはスキルやギフトや加護やらの概念はあるんですよ。

 なんとなく漠然と「アイツ、持ってるなー」とか「奴は◯◯の神に愛されているな」などと評価されるようです。

 

「サグさんも手伝ってあげてくださいね」


「ははー、かしこまりました〜」


 よし、啓蒙活動終了!


「私はもう少し役に立つ道具でも考えてみますよ、では」


「楽しみにしていますよ〜」


 とは言ったものの、季節は秋。すぐに冬がやってくるでしょう。それまでに食料の備蓄を……備蓄を? ま、まさか?


「サグさんお待ちなさい!」


「いきなりなんです?!」


「つかぬ事をおうかがいしますが、オークに食料備蓄の発想? 概念? はありますか?」


 サグは小癪にもニタリと笑みを浮かべて答えた。


「あると思いますか?」…と。


 ……………………よし、啓蒙活動再開!


 肉だけ食う? いやいやビタミン不足になりますよ。エスキモーや昔のマサイ族のようにアザラシの生肉や牛の生き血を摂取しなければ栄養失調になりますね。

 衰弱した人間にいきなり生肉や生き血はハードルが高い、まずいですね村人リサイクル計画がビタミン不足で頓挫しかねません。

 ドライフルーツ、乾燥野菜…あああ゛、忙しくて畑やってなかったーーー! アレ? 私のスローライフはどこへ行ったの?!

 

「サグさん、付いてきて下さい」


「ア、ハイ」


 食肉加工場兼第2食料庫。ここはピンク色オークのマルコのナワバリですが、現在マルコは獣人村に出向中。マルコの手下のオークやコボルドが塩漬け肉やら塩漬けワーム肉やら塩油漬け魚アンチョビ風(new!)などを製造管理しています。

 油は野生の菜の花っぽい植物を見つけ、搾りました……オークどもの握力で。

 搾油機? ナチュラルボーン重機のオークには必要ありませんでしたよ。

 菜種油っぽい油は皮なめしにも貢献し、ソフトレザーの開発にも役立ちました。


「カメレさん、食料の備蓄はどうなっていますか?」


 カメレさんはマルコの手下のオークで、目と目の間の距離が特徴的な覚えやすい顔つきのオークです。体色は鮮やかなグリーン。まんまアレです。


「……ないです」


「………………ぱーどぅん?」


 尋問の結果、獣人村への食料支援および出向組の兵糧になっていたとのこと。あれ? オークに兵站の概念があるの?? 指示したのは族長さんですかね?

 さておき獣人村ですか……ヤツがいましたね! 働いてもらいましょうか。


「カクカク・シカジカですよメリーさん、カメレさんやゴブリンコボルドたちとドングリや果実や秋の味覚を採取してください。私は干し柿と山芋が好物です」


「ア、ハイ☆彡」


 文化的にはオークよりマシな獣人がいて本当に助かりますね。さて、後は追加のお肉ですが……サクサクいきますよ?


「サグさん、これを」


「………………はい?」


「仕方ないので私も付き合います。さっさと装備なさい」


 私はサグさんに革紐を2本通したカトブレパス(仮)のツノを手渡しました。

 

「…………いったいどうしろと?」


 私は見本をみせるために腰みのをスルリと脱ぎ捨て、中空にしたカトブレパス(仮)のツノを自慢のドリルにフュージョン、ツノの根本から通した2本の革紐を腰のうしろでくくりました。


 そう、アマゾンやニューギニア、インドネシアなどに住む一部の民族に伝わる正装、ペニスケースです。正装です!

 人間が装着する場合はツノの先端にヒモを通して腰のうしろでくくりおっ立てた状態をキープしますが、オークならツノの根本からヒモを通して固定するだけで常時おっ立てた状態を維持できます。若いって素晴らしい。


 私とサグさんの2人は1本角を屹立させながらオーク村を練り歩きました。たまに挨拶としてツノとツノをカツンと打ち合わせたりもしました。新しい文明の光です。


「フルアーマーもいいですが、普段着はやはりペニスケースですねサグさん」


「インテリハ ミンナ ペニスケースヲアイヨウシテイマス(棒読み)」


「普段使いはペニスケース、これが出来るオークのトレンドですよ」


「ワタシハ ペニスケースヲツカッテ カノジョガデキマシタ ジダイハ ペニスケースデス(棒読み)」


「牛を丸ごと食肉加工場に卸せばツノは加工してもらえるようですね、やはりペニスケースですね」


「セカイハペニスケースヲモトメテイマス バシャニノリオクレルナー(棒読み)」


 この前世のマスゴミ流ステマ、作戦名『風雪のルフ』は見事に大成功し、私はオークどものメディアリテラシーの無さに絶望しました。ダメだこの豚ども早くなんとかし──


(まあ、リーダー格の2匹がデマを流しているのでやむなしですねぇ…)


 こうして肉問題は一気に解決しましたが、日本人並の騙されやすさを露呈したオークをどう啓蒙すべきかという深刻な課題があらわになる残念な結果になりました。

 世界が変わろうとも、実際の流行前に『今、◯◯が大流行!』などと報道し、そのデマに乗せられた愚民の妄動による後追い消費的大流行なハルキ商売は効果があるようですね。


 そうそう、此度の騒動は怪我の功名的な副次効果が発生したのですが、ソレはまたの機会に……

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