第8話:鍛冶屋の息子
精肉担当オーク、命名マルコを配下にした私は、塩漬け肉やジャーキーの制作を球体オークに丸投げし、皮なめしに挑んだ。
「ケンゴブさん、塩は、たくさんあるんですよね?」
「たくさんあります」
ふむ、なら…姫路靼ですね。
この時から、私の地味な文明再建の戦いが始まった。
私は噛み噛みなめしをすでに会得しているコボルドチームに打診した。
噛み噛みなめしとは、皮の裏側を暇なときにカミカミカミカミして、余分な脂肪やタンパク質を除去するエスキモーなどの皮革なめし技である。
なめしをすでに知っているコボルドならば話は早いだろうと引き込む事にしたのだ。
「コボルドさん、皮なめしを手伝っていただけませんか?」…と私から打診されたコボルドは即座に賛同した。
皮なめし、人が有効利用できる皮を加工するすべは何通りもある。
先に述べた噛み噛みなめし、タンニンなめし、脳みそこすりつけなめし、鳥糞汁ザブザブなめし、クロムなめしなんてのもあったらしいが、どうするんだ? そもそも私は鉱物学者ではないのでクロムがわからない。
ああ、皮を燻してからタンニンなめしをするのが日本ではポピュラーだったか?
しかしながら、私が革細工職人のKちゃんから聞かされたのは、塩と菜種油と天日干しの紫外線でなめす姫路靼という加工技術だった。
さあ、思い出しなさい私! ………………うーーーん…まず、皮を川に漬けるんだったか? たしか3日前後。
苔が生えるような川にさらし、苔のバクテリアだの分解作用だので毛根を、毛根を腐らせ皮をハゲにする。漬けすぎると皮自体が腐り始めるので要監視だ。
毛根が腐りズルッと毛が抜け、ズルッと毛が抜けてハゲるようになると引き上げてハゲ残ったみすぼらしい残り毛を剃毛して、つるっパゲにしてから10%ぐらいの塩水につけるんだったかな? いや塩もみはソフトレザーを作る方だな。まずはハードレザーだ。
マダラハゲの皮を剃毛、マルハゲにした後天日干しして、かちかちハゲ†ハードレザー†ハゲが完成する……はず。このハグェエエッーーッ!!
結論から言えば試みは上手く行き、1週間ほどでハードレザーは完成した。
良かった、前世世界の化学法則とこの世界の化学法則に互換性があったらしい。
海外SFファンタジーだと異世界では銃の火薬が爆発せず、なぜか異世界のべんがらを炸薬に使用する話があったなぁ…
余談だが当初予定していたソフトレザーの姫路靼は3ヶ月ぐらいかかるので、だいたいの作り方をコボルドに伝えて放置だ。
あ、ソフトレザーは弱毒性のなたね油が必要だったか? なたね油なぁ…
とりま私は完成したカチカチハードレザーを手に意気揚々と族長の小屋をめざす。プレゼンだ。
「だ、だめだよぉ❤️ ボク、男にゃのにぁあっ❤️ んっ…おっおっぉっ❤️ んぁあっ❤️ お、女の子になっちゃうぅっっ❤️ ふぅん…ぁっ…ぁっ…ぁっ…ああっ!❤️ にゃ、なりますゅっ!❤️ 族長しゃまのお嫁さんにぃっ❤️ ボクもなりましゅうぅっっ!!❤️ ボクんぉっ❤️ お嫁さんに、してぇっ!❤️ ん゛っ、アーーーーーーーーーー!❤️」
「ああ…坊や……立派よ❤️」
…………オヤコド……うん、プレゼンは明日にしよう。
私は出来たてのハードレザーを手に、トボトボと精肉担当球体オークのマルコを訪ねた。
「マルコさん、いますか?」
「これはマダナイ先生、どうしました?」
私がカチカチハードレザーをマルコに見せると事もあろうにきゃつは
「レザージャーキーですか! パリパリで美味しそうですね!」とのたまった。ゆるさぬ…
ところで自動変換できるからと言ってきゃつを彼奴彼奴彼奴彼奴変換するのはやめてもらいたいものだ。
ばかもーーん! きゃつがきゃっつだーーーっ! と警部に怒鳴られてしまうぞ。
それはさておき、そのあとのマルコへの聴き取り調査により私の想定が甘かった事が露見する。マルコは若干人見知り? 豚見知り? の気があるものの他のオークとは一線を画す知能の持ち主なのだ。
「マルコさん、コレでオーク達の防具を作ろうと考えているんですが、アナタの意見を聞きたいのですよ」と尋ねると
「……ふむ、ナルホド、では、その皮の端をいただけますか?」と何やら思案しつつ応え
私が許可をだすとマルコは人差し指をピンと立てて
「フンッ!」
直後、カチカチハードレザーはマルコの人差し指によって障子紙のように穴を穿たれたのだった。
え? マルコが南○聖拳を…………
以下、マルコとの問答のまとめである。
(問1)ハードレザーの防具、無意味?
(回答)オークは、並みの人間の攻撃は外皮ではじきます。並み以上の人間には傷つけられはしますがすぐに回復します。
オークの回復力はバンパイアやトロールや一部のライカンスロープにはおよびませんがデメリットらしいデメリットもなく強力です。
ゆえに皮鎧は無意味、生半可な金属鎧も邪魔な重量でしかありません。
ヌタ場での泥浴びが衛生管理と娯楽を兼ねているので衣服も無用の長物、腰みので十分です。
(問2)ならば武器は?
(回答)一般的なオークたちは雰囲気で人間の武器を持っているだけ、実際は殴ったほうが早いです。
人間の鉄剣程度だとオークの膂力にたえられません。折れます。
チョップで鉄鎧ぐらい真っ二つにできるので、オークより丈夫な魔物の大腿骨ぐらいでなければ武器たりえません。
一般オークですら弓矢より早く移動できますので、飛び道具を使う利点があまりありません。
木のてっぺんとか普通に飛び上がれます。木のてっぺんから落ちてもちょっと痛いだけです。
(問3)オークって強いの?
(回答)個として隔絶した強さを誇る種族には劣りますが、群れを作る種族の中では間違いなく上位勢に食い込んでいます。
豚畜生、優遇種族だったよ…むしろ古典派のフルチンNINJAだったよ…
中途半端な装備よりも全裸推奨だったよ…
「ああ、ですがゴブリンやコボルドたちなら皮鎧は喜ばれるかもしれません」
「ハア…皮革部門はゴブリンとコボルド専用になりそうですね。
とりあえずアナタの精肉部門と、コボルドに任せた皮革部門はなんとかなりそうで幸いです」
「人間が残したスモークベーコンのレシピを発見しましたので期待しててください! 時代はスモークですよ先生!」
自力で燻製肉までたどりついたのか、コヤツ…できる! …ん? ベーコン??
「肉を燻す木のチップを変えると色々な風味が楽しめますよ」
「さすがは先生です!」
塩はケンゴブさんが集めていますから足りなくなることは無いでしょうが、塩分の過剰摂取が心配ですね。
美味しい塩ラーメン屋さんに毎日通っていた知り合いの社長、腎臓クラッシュさせて緊急入院してましたしねぇ…
とはいえ保存料もありませんし、塩漬け1択なのは仕方ないですか。
「塩漬け肉やハムやベーコンが出来れば冬の保存食にもなります。たのみましたよ」
「ブヒッ!」
はりきるマルコと別れ、私は皮革加工小屋に向かうことにした。ボルタンはポニーと厩舎なので今日はひとりだ。
厩舎で思い出したが厩舎のとなりのうりぼう小屋、あそこで目覚めた時、私の周囲には数十匹のうりぼうがいた。
あの場所で前世? を思い出しはしたが、うりぼう小屋に残った兄弟たちはどうなったのだろうか?
「そういえばマルコさん?」
「はい?」
「うりぼう小屋の兄弟たちはどうなりました?」
「8匹がオークになりましたよ」
うん? なんで8匹? 数十匹うりぼういたよな?
「病死でもしましたか?」
「ああ、8匹がオークで、17匹が魔猪、残りがブタです
オークと魔猪のオスはキャンプ入りしました。魔猪のメスはボルタンさんと厩舎にいますね」
う、うん? メンデルが微妙に仕事してない?? 半数がオークになるんじゃないの? 劣性遺伝子? 魔猪が中間雑種だとしても計算が合わなくないか? いや中間雑種はむしろオーク??
いやまとう、異世界に遺伝子が存在するとは限らないし、ヘタをすると二重螺旋ではなく3重螺旋構造かも知れぬ。
どこかの世界線で竜と魔と人をかけあわせた超戦士を──ん? キャンプ?
「キャンプ?」
「ええ、産まれて間もないオークや魔猪の訓練施設ですね」
私とボルタンは育児放棄されていますが?
「お二人にキャンプは必要ありませんよ」
ま、まあ、私は私ですし、ボルタンは最初から普通に火を吹いていましたし、今更基礎訓練は必要ありませんか。
しかしキャンプですか、スパルタみたいな教育機関なんですかね? むしろブタの、オークの穴?
オークの穴で鍛えるともれなく全裸NINJAオークに…
「オヤブン! 助けて下さい!」
オークの穴について考えていると、モブゴブリンを引き連れたケンゴブが駆け込んで来ました。事件ですね。
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