第2話:村長の娘

 畜生道三日目にして、私は二足歩行生物に進化した。


 ヒマ潰しに練りに練った電気感覚を身体全体にめぐらせ、筋肉の補助をするイメージで二足歩行を達成した。

 身体強化魔法(仮)である。

 いやむしろ暗殺一家の御曹子のアレが近いかもしれぬが…


 私はひょこひょこと歩く、壁づたいに。直立するうりぼうをイメージしてほしい、重心が微妙なのだ。あと顔が怖い。


 おそらくだが私はオークだ、作品によっては邪神に創造されたバトルクリーチャー説もあるオークだ。


 生産性と即戦力を期待された被造物であるからには、産まれてすぐ立ち上がる草食動物並の成長性は必然と言えるだろう。

 シマウマは産まれて1時間で走るそうだしな。サバンナよりもヤバい魔物が跋扈する世界ならなおさらだろう。


 よちよちと壁伝いに歩いた私はぞんざいな造りのドアに取り付いた。


 木製のドアは、田舎の厠のドアのような木の棒を左右にスライドさせる簡易なカギが備わっており、私は木のツマミを横にスライドしてドアを開けた。


 初めて目にする風景は予想通りの廃村だった。


 所々壊された家屋や、焼け落ちた残骸が目に入る。となりは割と大きめの厩舎か?


 立ちすくむ私の尻を何かがノックした。


 まずい、兄弟の一頭が私に着いてきたようで、ドアの外に出てブヒブヒ鳴いている。


 他の兄弟たちまで外に出てはまずいと、私は慌ててドアを閉めた。結果、ドアの外にうりぼうが一頭取り残されてしまう。


 まだ二足歩行に至らない、おそらくは私の兄弟であるうりぼう。


 じっとうりぼうを見る、うん? 昨日の炎の兄弟か?


「ブヒッブフゥッ!」


 ううむ、わからん……


 まあいい、兄弟よ…兄弟か?


 私は推定兄弟の前足の下に手を入れるとおもむろに持ち上げて見た。うむ、兄弟で正解だった。


 私は兄弟を引き連れて廃村を歩く。大人のオークはなぜか出払っているようで見当たらないのをいい事に廃村を散策する。


 畑か食料倉庫でもあれば恩の字と村を徘徊するも畑は荒れ放題で放置されており、豚畜生どもの程度が知れた。


 知識を魂で継承する文化的な種族の可能性は絶望的である。(知ってた)


 途中、荒らされていない堆肥小屋を発見したので兄弟を連れて中に入った。


 兄弟がフゴフゴ言いながら着いてきたので私は手近にあった棒で堆肥の山を崩した。崩された堆肥からゾロリと一匹のヘビが逃げ出して来る。

 発酵途中の堆肥は温かいので冷血動物の蛇などがねぐらにする事がたまにあるのだ。え? 今は変温動物? くだらない言葉狩りですね…


 這い出した蛇は兄弟が頭からバリバリ齧って食らっていた。すくすく育つのだぞ兄弟。


 そういえば私も小腹がすいたな、何かないかと探す私の目に映ったのは朽ちた倒木…少年時代に封印された昆虫ハンターの血がざわつく。


 私は倒木の前に立つとおもむろに貫手を水平に叩き込み、そのまま朽木を上下に裂いた。


 兄弟は倒木から逃走した体長数十センチ

のムカデをフガフガ貪っている、毒は旨味が濃いと聞いた事があるが我が兄弟は中々の食通のようだ。


 だが兄弟よ、本命はソレではないぞ。


 私は土に還りそうな木屑の中で蠢く大ぶりなカブトムシの幼虫っぽいモノを2匹、両手に掴んだ。体長はおそらく30センチぐらいか? でかいな…。

 一匹を兄弟に渡し、もう一匹に無造作にかぶりつく…考えるな、感じろ!


 あらびきウインナーの皮にも似たプチっとした歯ごたえ、噛みしめると同時に口腔内に拡がるクリーミーでまろやかな生命の旨味とややオガクズっぽいフレーバー。


 アタリだ!


 プチプチもぐもぐ美味しい。

 

 プチプチもぐもぐ美味しい。

 

 プチプチもぐもぐ美味しい。


 私が兄弟とカブトムシの幼虫を仲良くプチプチッていると、遠くから喧騒が聞こえて来た。大人のオークたちが帰ってきたようだ。


 この廃村の状態を見るにオークとは狩猟・略奪を生業とし、農耕や生産からは無縁の種族らしい。帰還した大人オークたちは狩りにでも出かけていたのだろう。


 手には鹵獲した錆びた剣や槍、薪割り用の斧やピッチフォーク、そして腰は腰ミノのその勇姿よ。


 どこに出しても恥ずかしいBANZOKU……独自の文化は腰ミノのみか。

 なんとかチグリス・ユーフラテス文明ぐらいには追いつきたいものだ。


 そんなオークの群れがゾロゾロと村に帰って来る。


 その中の、濁った抹茶色のオークが私と兄弟に気づいて近寄って来てひと言。


「あれ?」


 はじめてのオーク語会話だが、なぜか意味は理解出来た、出来てしまった。


「どうやって出たんだ?」


 独自言語かどうかは分からないが、言葉はあるのに文化は腰ミノだけとはどうなのか…


 私は抱えていた大きなカブトムシの幼虫を1匹、そのオークに差し出した。


 オークは戸惑いながら受け取りぶちりとかぶりつく。


「あ、うめぇ」


「美味いが、お前ら小屋…あ、お前、立ってるな。うーーん…それに、うーーん、ばーさーーん!」


 オークが叫ぶと、ボロ布をまとい耳や腕や足に骨や牙でできた粗末なアクセサリーを身につけ、勾玉と牙を連ねたネックレスをジャラジャラと鳴らした老婆オークがやって来た。オークシャーマンか?


 文明ポイントに3点加算。


 オーク文明に貢献したアクセサリー婆さんへの褒美に、私はカブトムシの幼虫を1匹差し出した。


「おや、ありがとよ。しかし、なんだね、早熟な子だねぇ…プチンッ」


「兄弟」おお、私も喋れた。


 私はどこからか新たな蛇を捕まえてむさぼっている兄弟を指し示した。蛇の味が気に入ったらしい。だがイラブ汁、お前だけは絶対にゆるさない。


「なるほどねぇ、アンタたちはもう子豚小屋に戻らなくていいよ。すきにしな」


 ひとり立ち…という事だろうか? 早すぎないか? 

 いや世間的には赤子無双やら幼女賢者や胎児無双すら氾濫しているこの業界、とんがったなろーしゅなら出産と同時にオカンをPKしてレベルアップする修羅の巷、動けるブタがひとり立ちするのは順当と言えよう。


 私が思案していると婆さんが補足する。


「空いてる所に適当に住みな。狩りに参加すれば分け前はもらえる。

1人で勝手に狩りをしてもいいし、なにか手伝って食い物を分けてもらうもよしだ。

たくさん狩って余ったら食糧庫に置いておきな、誰かが食らうさ」


 とりあえずは衣食住の確保が先決か。しかし、オーク幼稚園やらオーク魔法小学校やらドキドキオーク学園はなさそうである。

 いや、集団保育的なものはあるらしいが、私たちには必要ないと婆さんに言われる。


 私は兄弟に向き合う。


「兄弟、いっしょに来るか?」


「ブフンッ!」


 兄弟は頷くと私を鼻で軽く押した。


「行くぞ兄弟」


「ブフンッ!」


 私たちは婆さんと別れて村を見て回る事にした。


 少し大きめの家屋…かなり身体の大きい黒いオークが繁殖中。


 あのオークがこの部族のオサなのだろう。なぜ部族のオサだと分かったのかと言うと…


「んほおおおおおおっ!❤️ なりましゅ、族長しゃまの゛お゛っ❤️ お嫁さんになりましゅ❤️ ぉ…んごぉおおあっ!❤️ ぎひぃっっ!❤️」


「ブヒ?」


「しー、弟か妹を製造中だ、静かにな」


「ブッ!」


 私と兄弟はムシロの風呂敷からカブトムシの幼虫を取り出して、プチプチ食べながらしばし見学していた。


 カブトムシの幼虫の頭は、最初に食いちぎって捨てないと舌に噛み付いてきて少し痛い。


 しかし、オーク語と人類語が共通だとわかったのは幸運だった。今さら語学学習は勘弁してもらいたいからな。


 次に訪れたのは神殿だか教会だかの宗教施設。


 中の調度品はほとんどが壊されたのか殺風景な廃墟で、床には所々黒いしみ、ご本尊? の石像に至っては完全に砕かれて砂利になっていた。


「あまりご利益の無い神様だったのだろうな」


「フッ」


 私たちはその後も村を回った。


 村の集会所……一般オークたちの繁殖部屋になっていた。


「あ゛ーあ゛ぁあ〜〜…」


「ん゛ぎっぎっぎっ……ごぽっごぽごぽ……」


 繁殖部屋には特段見るものは無かった。無かったとも…


 次に訪れた食糧庫は食い残しと無造作に放置されたお肉たちが地味に変色し始めており、オーク食文化への期待はできそうも無いことがわかる。


 肉の山の奥に目当ての壺を確認してその場を後にした。


 そうして何か所か巡った後に私は村外れでソコを見つけた。


「おお、兄弟! 村の鍛冶屋だぞ!」


「ブフ?」


 私は期待しつつ鍛冶屋に入る。炉、フイゴ、鉄の金床、ヤットコ、ハンマー…。


 燃料は……石炭…いや、コークスかぁ……


 オーク以外の文明はそれなりに進んでいるようだ。


 まずい、鍛治道具が放置されているということは、オークがこの村を迅速に制圧した証左に他ならない。


 いずれ討伐隊が来る事は必至、このままでは奴隷商人にマスケット銃で征服される首狩り族ポジションである。

 なんとか炮烙をぶん投げた騎馬民族レベルには文明を進めなければならない。

 そこそこ技術力を上げておけば、豚どもは圧倒的フィジカルでなんとかするだろう。そうなれば念願のスローライフだ。私の目標は定まった。


 だがまずは、安定した食い物である。私は食糧庫に戻り目をつけていた塩の壺をひとつ頂戴した。


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