イラツイたのでオークに転生したった ──ついでにスローライフを目指す──

木村木一

第一部

第1話:私の魂は延々と不滅です?

 フト気づくと私は薄暗いブタ小屋にいた。なぜブタ小屋だとわかったのかと言えばうりぼうである。


 背中にしましま模様のあるあのうりぼうだ。うん? ブタ小屋ではなくイノブタ小屋か?


 まあ、そんな場所で数十匹のうりぼうがブヒブヒブヒブヒ思い想いに走り回り、転げまわりあるいは惰眠をむさぼっていた。


 ……おかしいだろう。私は酪農家でも養豚業者でもなかったはずだ。


 反社とトラブルにでもなって、死体をブタ小屋で証拠隠滅というセンもなきにしもあらずだが、トラブった記憶はあんまりない。

 無いか? …うむ、食肉業界系の反社のIさんとはソコソコ良好な関係だったはずだ。

 息子さんがよこしまな取り巻きにいいように転がされて食い物にされているとボヤいていたなぁ…


 あと気になるのは、やたらと私の目線が低い事だろうか? いや、かんが――


 唐突にドアが開いて大がらな人? が屈みながら入ってきた。


 彼は手にした赤く染まったバケツを持ち上げると、木製の細長い、アレだ、細長い餌入れ? 繰り返すが私は酪農家ではないので正式名称はわからないが、横に細長い餌入れにバケツの中身を流し込んだ。


 数十匹のうりぼうが餌入れに殺到するのを私はぼんやりと眺めていた。


 動かない私に気づいた飼育員? が近づいてきて私を軽々と持ち上げた。


 私はそこそこ大がらだったはずだと現実逃避するのはよそう。


 私もまた、うりぼうだったようだ。(知ってた)


 だが問題はそこではない。


 私を軽々と持ち上げ、顔を覗き込んでいたのはブタ人間だったからだ。


 ああ、アレだろう、ファンタジー映画などでよく見るオークという種族に違いない。なんだーこれーなんだーこれーやばいーやばいーやばいーどーなってるんだーいったいどういうことだってば──


 …………いや、自分でやっててウザいわ、ダラダラとカマトトぶるのはよそう。


 今の私の状況は、生前の若い頃やくたばる前の病床でヒマ潰しに読んでいたweb小説、ソレの人外転生バージョンだろうと思われる。

 その手のを何作品か読ませてもらったが、転生転移直後に「なんなんだよ!」「どういうことだ!」「どうなってんだよ!」などとひたすら無駄に騒ぐ作品がいくつかあったのを思い出す。あれこそ冗長というものだウザい。

 土下座神様転生モノとの差別化を計りたかったのだろうが、さすがに2話3話と「なんなんだよ!」を続けられるといい加減気づけよとイライラしたものだ。さっさと受け入れろと…


 そうこうするうちにオークの彼は私を俵様抱っこして餌入れの前にそっと下ろした。食え、という事だろう。


 いいだろう、私は現状を受け入れよう。


 俺は人間を辞めたぞJ◯J◯ーーー!!


 もっさもっさべっちゃもぐっちょとヤケクソぎみにエサを食う私を見た飼育員は、軽くうなづきドアから出て行った。私はエサを食う。


 エサは良く言えば肉のタタキ、悪くいえば所々黒くコゲた生肉。正直あまり美味くないな。味というか食感は豚肉に似ていた。


 ガチリ…と硬質のカケラを噛んだので地面に吐き出す。


 吐き出された金属の輪が、肉汁と私のよだれでぬらりと光った。


『延々ノ愛情ヲ汝』


 輪の内側にそう刻まれていた。見たこともない文字だが理解できた。私は文字が読めるようだ。わしかしこい。

 なんだかチープな翻訳アプリの誤変換な感も無きにしもあらずだが、10代の頃のように、単語の暗記作業を繰り返さなくとも良さげである。

 逝くサイト変換前の原文は『永遠の愛を君に』かそんな感じだろうか?

 この異世界語変換も『延々』と『永遠』を勘違いして記憶してるやつなの? いい加減に汚名挽回してほしい。


 まあいい……さて、地味に切実な問題が実はひとつある。


 私はオークの幼体なのだろうか?


 それともオークの養豚業者に飼育されているブタなのだろうか?


 ハムやベーコンになる運命から逃れるために、私は美豚コンテストで優勝しなければならないのだろうか?


 だが先ほど、私は文字が読めることがわかった。


 種族の記憶的な何がしかで文字知識が継承されているのかもしれない。だとすれば、私はオークである可能性が濃厚だ。(願望)

 まあ、ハムの原材料よりオークであって欲しいというのが本音ではある。

 それに本能か何かで知識の継承がなされるのならば、この世界のオークはなかなか優秀な種族ではないだろうか?(希望的観測)


 オークのポテンシャルについて考えをめぐらせていたが、食後の満腹感と幼体ゆえの睡魔には勝てなかった。


 ブタ小屋のすみには寝わらが敷き詰められている。私は寝わらに潜り込んで意識を手放した。




 そして夜が明けた…


 吾輩は暫定オークである…名前はマダナイ


 一晩たって落ち着いたので改めて考える。オカシイな、私はいつ死んで畜生道に落ちたのだろうか?

 たしか還暦前ぐらいまでは人間だった記憶があり、その世界ではオークは物語りの中にしか存在しなかったのだがなぁ…


 まあ死んでしまったのなら仕方ない、あきらめてオーク生を楽しむとしようか。

 前世では機能不全家庭にそだ…勝手に育たざるを得ん状況で、そんな家族らは私より先に鬼籍に入り後顧の憂いは何もない。家のでかい墓石は熊本の坊主が勝手に売り払い着服し、墓仕舞いもオートですんでいる。

 前世には未練も何も無い、何も無かったからな。うむ、なーーんにも無かった。あ、私の遺産がカルト傀儡政府に奪われるのだけは許せないな、ぜひ自称遠縁の親戚や自称内縁の妻たちには頑張ってもらいたい。

 ああ、父方の墓石を勝手に売って飲んだ東京のクソ伯父もまだ生きていたはずだな、きばれや悪党。弁護士のT先生には相続欠格を突いてくれと頼んでおいたがな、ぺっ!


 私はここで心機一転、憧れていたスローライフを模索しようと思う。地球の事などもう知らぬわ!


 ハア、まずは状況の確認だ。


 さてさて、まず、飼育員の背の高さとこのうりぼう小屋のドアのサイズが一致していない事が問題だ。

 おそらくは他種族の廃村、あるいは廃村にした集落ではないかと予想される。

 廃村ならまだいい、しかし廃村にした集落だと少しまずい。それが人間種の村ならなおさらだ。


 人間は邪悪で排他的で恨みを忘れない人畜であるからな。


 この集落をオークが奪ったのならば、必ず報復行動を取るはずだ。

 その可能性はかなり高いだろう。

 なぜなら…私の周りを数十匹のうりぼうが走り回っているから、つまりベビーラッシュだからである。わかるな?


 不味すぎる、早く大きく、強くならねば人の町の屋台で売られるオーク串に再転生する事になるだろう。

 というか、あいつらよく人型生物を解体して食えるな。オークなどアタマを落としたら力士の首なし死体だろうが!


 うむ、鍛えねば、強くなることを当面の課題としよう。


 だがうりぼうに出来ることは少ない。


 エサを食い、運動し、寝る。あと出来ることは…ファンタジー定番の、魔法か?


 私は部屋のすみの寝わらの上に陣取り瞑想する。


 定番の魔力…内に潜むナニカ……


 身体をめぐる魔力……


 瞑想か、若い頃ZENや玄道や原始仏教にハマり、そこそこまで行った事がある。

 何? 現実逃避? ハッ、サトリでも開かねば2~3回は首でブランコしかねないドブドロ人生、文句を言われる筋合いなどありませんよ。


 まあそれで、禅僧などがのたまう『法悦』とでもカテゴライズされる状態、境地。私は確かにソコに至ったことはあるのだ。

 特殊な呼吸法や瞑想、自己暗示などにより不随意筋などを操作、そこから副交感神経などを賦活化させアドレナリンやらエンドルフィンなどを無理やり絞り出し悦に浸る。それが法悦の正体。


 ようは自己脳内麻薬ジャンキーだ。やったねエコだぜ!


 魔法の無い面白みの無い世界でもそこまでは至れたのだ、この不可思議な世界でならさらに先を目指せるかもしれぬ。


 瞑想…私は道を歩む……魂の、狩人の道を歩む


 瞑想…私は潜る…私のより深いところへ


 瞑想…降りてゆく…オークの集合無意識…


 マテ…これはシャーマニズム…戦士あるいは狩人の旅では…あ


 おい兄弟邪魔をしてくれるなよ、顔をなめるんじゃない、甘噛みをやめなさい。


 私はサトリを目指すブッダを惑わしたマーラのごとき兄弟の妨害に屈する事なく、修行を続けた。


 結論から言えば、推定魔力っぽい何かの感覚を私はつかんだ。


 熱でもパワーでもないソレは、あーアレだ、ビリビリブルブルくる電気風呂の様な感覚だった。サウナに入りたい。


 雷属性(仮定)の魔力を鍛えていると、兄弟たちが集まってくる。魔力?に惹かれるのだろうか?


 私はうりぼうたちのブタまんじゅうに埋もれながら体内の電気感覚を研ぎ澄ます。


 めぐれ…めぐれ…推定魔力……まわれ…まわれ…魔力(仮)


 私が魔力操作? を繰り返していると、隣で寝ていた兄弟が「ブヒッ」っとマネを始めたようだ。


 電気…電気…う、うん? 隣が暑い、むしろ熱い!?


 マテ兄弟、真横で魔力(炎)を練るのは勘弁してもらえないかね?

 熱い…しかし、この兄弟魔法の才能があるのではないだろうか? 今の季節がよくわからないが、冬になったら兄弟の世話になる事は間違いない。


 今のうちに兄弟も鍛えておこう。たのむぞ生体ストーブブラザー。



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