第4話


 受験生がほぼ全員体調不良、しかも事件性ありとなれば試験は中止して延期せざるを得ない。

 治癒科の学生と併設の治療施設のスタッフ総出で対応に当たったが、一時的な症状だけで、命に関わるようなものではなく、後遺症が残ることもおそらくないということだった。

 問題は誰が何のためにこんなことをしたのかということである。

 王立魔法騎士団は魔法学院の治安警備を任されていたので、そのまま調査をせよとのお達しが出て、問題解決に取り組むことになった。

 全員が具合が悪いわけではなく、元気な者もいることから、元気な者の誰かがライバルを蹴落とすためにやったのではないかということだった。

 魔法抑制剤は液体になっていて、ジュースに混ぜてある。

 それを試験会場に入る前、受付後の控室で全員が順番に飲んでいくのだ。

 もちろん試験監督官が確認し、飲んだ者をチェックシートに記入している。

 魔法騎士団は、犯人はピッチャーに隙を見て毒を入れ、小袋に忍ばせた解毒剤を飲んだのだと考えているらしい。

 「待て、それならば犯人が買った小袋に解毒剤を入れたかもしれないではないか」

 「そうなんだよ。でもそれなら君の「ハッピー雑貨店」で購入した小袋を持っている全員が無事っていうのもちょっと変じゃないかい」

 「学生達全員が共謀して…?」

 「彼ら全員が面識があったわけじゃない。考えられるのは、それをやりたかった学生と協力したまじない師がいるってことじゃないかな」

 「なるほど、つまり犯人が絞り込めないように全員を助けたってことか」

 ううむ、なんとも分の悪い状況である。しかし、

 「それなら、学生は逃れられるかもしれないが、私はバレバレではないか。そんなことをしてなんの得があるというのじゃ」

 「それはまぬけなまじない師の浅はかさなのではないか?」

 突然、話に割って入ったのはドーレーン副団長だ。

 いつの間にか部屋にやってきていたらしい。

 マリールとトムはむっとする。どうもこの男は好きになれない、と二人とも思った。

 「わしの本業はまじない師ではなく、魔法使いじゃ」

 「そうですよ、お師匠様はそんなことしません」

 むきになって、全然反論にならない反論をしてしまった。

 どうにも腑に落ちないことが多すぎるのだが、ドーレーンの態度はもしかすると、なんでもいいから事件を解決したことにしたいのかもしれない。

 試験が中断したというのは、大問題だ。

 試験監督や警備を任された騎士団の責任も問われるのかもしれない。

 それで汚名返上のために、一番怪しい者を捕まえて、早いところ試験の再開をしたいと思っているのではないだろうか。

 マリールはそんな推測をした。

 「ふん、どうせ『小袋の中の錠剤を飲め、頭が冴えるぞ』とでも言ったのだろう」

 「無茶苦茶じゃな」

 理屈は滅茶苦茶だが、このままではマリールが犯人にされてしまいそうだ。

 犯人にされなかったとしても解決しなければ、帰らせてもらえそうもない。

 「そんな怪しげなことを言われて、真に受けて飲むようなまぬけがいますか!」

 トムも頑張って反論する。

 「いるかもしれないだろう!」

 ドーレーンは声が大きいので圧が強い。そしてその圧ですべてを押し倒していきそうだ。

 ずるいなとトムは思った。

 僕も大きくなれば一目おかれたり、いい役職につけたりするんだろうか。そんなことを考え、体が大きく成長しますようにと思った。

 もしかしてお師匠様に言えば、魔法をかけてもらえたりしないだろうか。そんなこともちゃっかり考えた。

 「ふーむ。そんな事をするくらいの者なら、よほど成績が悪いはずじゃ。

  模擬試験の結果を調べるのが良いのではないか?」

 「なるほど、それはいいね。ちょっと調べてもらおう」

 エドワードがその場にいる騎士に伝えると、急いで調べに行った。

 「ちなみに、どれくらい落ちるんですか…?」

 トムがたずねた。

 「毎年違うんだけど、だいたい半分くらいかな」

 「えっそんなに?!」

 「うん。ここを1次志望にしてみんな受けて、落ちた子達は別の公立や、私立の名門校に入るのかな。一応、ここが我が国の最高峰ってことになってるし、ここに入れば王立研究院や魔法省への道がスムーズだから。騎士になる子もいるね」

 エドワードの説明にマリールが補足を付け足した

 「貴族の子女はたいていここを受けるようじゃな。魔法が使える者に限るが」

 15分ほどして戻ってきた騎士によると、試験に落ちそうな者は、ハッピー雑貨店の小袋は購入していないことが分かった。

 試験時間に余裕を持って、開店前に並ぶ真面目さは、試験結果にも現れているのかもしれない。

 「ひとまず安心じゃな。そんな策を弄さずとも受かる者ばかりであれば、我々の疑いも晴れるというものじゃ」

 「うーん。そうなると今回の騒動はいったい何がしたかったんだろうね」

 エドワードは首をかしげる。

 「もしかしたら、疑いをかけることが目的じゃったのかの」

 マリールは気持ちに余裕が出たので、お茶菓子の焼き菓子へ手を伸ばした。

 気が付かなかったが、紅茶と一緒に運ばれてきていたらしい。

 焼き色が美しく、バターやクリームがふんだんに使われていて、いつも食べているものとは全然味が違った。

 あまりにも美味しいのでトムにも勧めると、目をキラキラさせて食べている。

 「わざと成績の良い者へ疑いを向けさせて、試験から引きずりおろそうという事か?ずいぶんややこしいことをするもんだな」

 腕組みをしながら、マリールとトムを抜け目なく観察していた副団長だったが、大喜びでお菓子を食べる2人に呆れていた。

 「そうじゃな。そういえば元気だった者達は全員成績上位の者なのか?」

 「いや、そうでもないね。君のお店に行ったのは23名。上もいれば合格ギリギリラインの者もいる」

 先ほど受け取った資料を見ながらエドワードが答える。

 「今年の受験者は102名だから、23名が落ちたところで、定員の40名に確実に入れるわけでもないしなあ」

 お菓子を食べ終え、しばらく考え込んでいたマリールが顔を上げた。

 「受験生達と監督官達はまだおるのか?」

 「うん。まだ全員残ってもらっているよ」

 「ではそこへ案内してもらおう」

 「お師匠様、何をするんですか?」

 「行ってのお楽しみじゃ。あ、その前に貸してもらいたいものがある」

 普段やる気のない師匠が、こんなに喜々としているのは珍しい。

 さっきまでの絶望的な気持ちに比べれば、状況も良くなっているし、師匠も楽しそうである。


 

 受験生と監督官は1つの教室へ集められていた。

 100人は入る大講堂が試験会場だった。

 マリールとトムが連れてこられた偉い人の部屋から出て階段を出て2階へ上がったところにある。

 受験生達は試験を受けていた席に座り、監督官は空いてる席に座ったり、壁に寄りかかったり、床に座ったりしている。

 大講堂はすり鉢状の形になっており、教壇が一番低く、一番後ろの席が高くなっている。

 そして窓は中庭に面しており、中庭の樹木や芝や花が見える。

 マリールは、教壇の位置に進み、すり鉢状に傾斜のついた席を見渡す。

 手をすっと胸の高さに上げると、マリールの足元に小さな風と光が舞い、そこから黒い犬が現れた。

 「なっ!」

 教室がざわつく。魔法禁止の結界があるはずなのに、これはどういうことかと驚いている。

 ドーレーンが慌ててマリールを止めようとするのを、エドワードが静かに制した。

 マリールは犬の頭をなで、手元の小瓶の匂いをかがせる。

 この小瓶はついさっき、エドワードに頼んで借りた物だ。

 「よし、ゆけ」

 その瞬間、素早く犬が走り出し、講堂中に風が吹いた。

 魔法の犬が縦横無尽に走り回ると、キラキラとした小さな紙吹雪のような光が舞って空気が七色に変化する。

 「わぁ」

 まるで光のショーのようで、とても綺麗なのでトムは大喜びで見ていた。

 すると、1人の監督官の前で犬が止まった。

 半開きの窓に寄りかかって立っていた男だった。

 犬は、その監督官の腰の辺りをしきりに嗅いでいる。

 「その者じゃな」

 と、言われた途端、男は開いていた窓を乗り越え、中庭に飛び降りた。

 ドサドサガサガサと植木に落ちた音がする。

 「!」

 エドワードとマリールが窓に駆け寄ると、中庭を走っていく男の姿が見えた。

 「なんだあいつは!」

 「捕まえるのじゃ!話を聞かねばならん!」

 そう言うと、2人も窓から飛び出していった。

 「えええ、お師匠様ここ2階ですよー!」

 似たようなことをドーレーンも言って、こっちの2人は大急ぎで階段を駆け下りた。

 走っていくと、男を取り押さえているエドワードとマリールがいた。

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