第3話
程なく馬車は王立魔法学院に到着した。
敷地内には大小様々な建物がある。
大きな門扉を抜け、真っ白で青いとんがり屋根の棟があちこちにくっついている、一番目立つ建物の正面玄関で馬車は止まった。
「さあ、出ろ」
と言われて外に出ると、なんとトムがいる。
「お、お師匠様~~!」
マリ―ルを呼ぶトムの顔は泣きそうな情けない顔をしている。
「お、おぬしまで連れてこられたのか?」
びっくりしていると、トムはうんうんと何度も頷く。
「なんかもうわけが分かりません、母さんと妹が泣いちゃうし、ご近所さんはすごい目で見てくるし…」
どうやら、弟子まで探し出して連れてきたらしい。
あの質素でお上とは無縁のコミュニティに、この騎士達の登場はさぞ目立ったと思う。
きっと関係ない者までおびえさせたに違いない。
「トムは関係ないじゃろう」
と、副団長をにらみつけたが無視されてしまった。
周りを数人の騎士達に囲まれたまま歩くよう促され、建物内に入り、しばらく廊下を進んだ突き当りの部屋へ案内された。
部屋には誰もおらず、ここで待てと言われ、入口に騎士と魔法使いを残し副団長たちは去って行った。
応接セットといい、壁の絵画といい、絨毯といい、装飾品が豪華なので偉い人の部屋なのではないだろうか。
トムは何度も、何事なのかと不安を口にする。
「僕たち、このまま捕まっちゃうんでしょうか」
「さすがに何の検証もなく捕まるとは思いたくないがの」
王国、貴族、特権階級の者達と自分やトムでは、信用度に明らかな差がある。
いくら真実を主張したところできちんと取り合ってもらえるかは、担当する者の性格により、運次第である。
「でもでも、こんなところまで罪の疑いって言われて連れてこられましたよ!」
「まったく、そのせいで昼寝を邪魔されて眠いのじゃ」
「あの副団長って人、不正がどうこうって言うけど、もうほとんどやったんだろって感じで決めつけてますし!」
「そうじゃな、まずはその罪というのがどういうことなのか、聞いてみないことにはな」
いきなり牢屋に入れられたわけではなく、こんな部屋に連れてこられたということは、少しは話を聞く気はあるのだろう。
「母さんがいじめられてなければいいけど…なんか周りの人がすごい顔でこっちを見てたんですよ。不正どうこうより、あの地域で揉め事を起こすことの方がやばいんですよ!」
トムはすっかりパニくっている。
トムの住んでいる町の住人は、地位やお金とは無縁で、様々な過去を持っている者がいるので、王国の治安維持関係とは関わりたくないと考えてる者が多いようだ。
とはいえ、自分に関係がないと分かれば安心して放っておくだろう。
「おぬしがもう連れてこられているし、触らぬ神に祟りなしとばかりに無関心を決めているのではないか?噂話は尾ひれ背びれにてんこ盛りかもしれんがの」
「まあ…それならまだいいですけど」
「いざとなれば、うちの店舗に来てもらってもよいぞ」
「そ、そんなことは出来ません!」
ひとまず、母と妹の身の危険が無く、緊急時の逃げ場所も確保出来たと分かって落ち着いたようだった。
そんな話をしていると、ガチャっと扉が開き、見たことのない騎士風の男が軽やかに入ってきた。
騎士の恰好はしているが、先程の副団長とは違って細くて中性的な見た目の人物だった。
「やあ、わざわざ来てもらってすまないね」
爽やかな笑顔で話かけられ、しかもその言い方の軽さにマリ―ルとトムは面食らう。
声や話し方までドーレーンとは正反対だ。威圧感がない。
トムはすっかり安心してしまったが、マリールはやや警戒した。
「おぬしといい、先程こちらまで”案内していただいた”ドーレーン副団長殿といい、名乗るという行為をお忘れのようじゃ。騎士団というのは礼節を重んじるのではなかったかの」
嫌味を言うと、男は面白そうな顔をして彫刻のように整った顔をマリールへ向け、
「おっと。
これは私としたことが失礼した。
私は王立魔法騎士団の団長を任されている者で、エドワード・フェインだ。どうぞよろしく」
流れるような動作で手を差し出され、気が付いた時には二人とも握手をしていた。
ソファへ促されたので座ると、扉が開いて学院の事務員のような男性が紅茶を持ってきた。
ここへ連れて来られた時の、物々しい感じは何だったんだと言いたくなるほど、ただの客人のようにもてなされて気が抜ける。
「我々は、罪を犯したと思われたようじゃが、これはいったいどういうことか聞かせてもらいたいのじゃ」
「えっ罪?話を聞かせてもらいたいとここまで来てもらったはずだが…」
「今すぐ牢屋に放り込む勢いで無理やり連れてこられたのじゃ」
トムも大きく、うんうんと力強くうなずく。
「ええ、そうか。うん、まあちょっと困ったことが起こってね。調べていったら君達にちょっと聞かないといけない事が出来たんだけど…。それをドーン…ドーレーン副団長に頼んだら、行き違いが起こったみたいだな…はは」
笑いごとじゃないぞとマリールとトムは思った。
どうやらこの団長のエドワードはただ連れてくるように言ったらしいが、まだ罪人と決まったわけでもないのに、ドーレーン副団長が勇み足でマリールとトムを大騒ぎで攫ってきたということらしい。
「うん、実は、ここ王立魔法学院の今日の入学試験で、受験者達が具合を悪くしてね」
「ふむ。それは不幸なことじゃが、達と言ったか?」
「そうなんだよ。ほとんどの者が嘔吐と下痢の症状を訴えていてね、こんなに一斉に同じ病気になるのはおかしい。そこで魔法の可能性と、食中毒、または薬の混入などを疑ってみたわけなんだが」
「魔法は除外されるな」
「そのとおり」
マリールとエドワードが話を進めると、トムが
「えっなんでですか?」
と言った。それはな、とマリールが答える。
「魔法を学ぶ王立魔法学院じゃが、午前中の筆記試験は魔法のカンニング行為やカンペ行為を防ぐために試験会場が魔法禁止になるのじゃ。さらに受験生は全員、一時的な魔法抑制剤を飲むことが義務付けられている」
「そう、念には念をってね。世の中にはとんでもない魔力を持つ子がいるから、二重に防止策を張っているんだ」
エドワードが補足する。
「だから、わしの受験用グッズのまじないには魔法効果はないのじゃ」
「なるほど、そういうことだったんですね」
じゃあ本当にあの変な踊りって要らないんだな、絶対やらないぞ、とトムは心に決めた。
「そして、食中毒の可能性だけど…。彼らが共通して口にしたものって、魔法抑制剤のドリンクしかないんだ。だけど全員が具合が悪いわけじゃない」
「たまたま、お腹の強い子がおったのかの」
「ははは。まあそれならそれで良いことなんだけど。
元気な子は全員、君のお店のまじない小袋を持っていたんだ」
なるほど、と二人は今回の呼び出しと、ドーレーンの態度の理由を理解した。
「ふむ…、つまりおぬしたちは、私の売った小袋を疑っているわけじゃな」
「まあ、申し訳ないけどそういうことになるね」
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