第7話 タイムリミット付きの買い物

「今日は薬草を取り扱う店が多く出てるといいな~」


 るんるんで店を眺める。今日は野菜を売る店が多め。夕方が近いからか、すでに店じまいをしているところもちらほら。薬草を取り扱う店もあったが、それ以上に目を引く店があった。


「すみません。これってゴーニャンの実ですか?」

「よく分かったね。お嬢ちゃん、薬師かい?」

「親戚が薬師をやっていまして。三カップ分ください」

「あいよ」


 ゴーニャンの実とは年間降水量300mm以下の地域でしか生産出来ない幻の果物である。砂漠気候の地域、もしくはかなり雨量が少ない地域で雨に触れさせずに育てる必要がある。


 与える水分量を限定することで、ほっぺたが蕩けるほどの甘さとなる。私も一度だけ食べたことがあるが、果物の中では段違いの甘さであった。


 ジュースにして数日置くと発酵して、酒のような飲み心地になる。独特の甘さと酸っぱさが混ざり合ったような味になるので、ジュースは好みが分かれる。


 私は好きな味だったが、王子とそのお付きの男性陣の口には合わなかった。


 だがこのゴーニャンの実の特徴はそれだけではない。新鮮なうちは赤いのだが、空気に触れると徐々に皮が黒く染まっていく。


 目の前にあるものは後者かつ萎んでいる。いわゆるドライフルーツというものなのだが、全くもって食欲がそそられない。


 実際、この状態でそのまま食べるのはオススメしない。美味しくないわけではなく、かなりの糖度が凝縮されているので口の中が大パニックになるのだ。


 なので薬の材料としてのみ、薬師の間で広く知れ渡っている。

 だがおやつ作りに使うか紅茶を煮出す際に一緒に入れると美味しく頂くことが出来る。頂き物のドライフルーツは薬の材料としてもおやつの材料としても印象が強く残っている。


 思い出したらゴーニャンの実のケーキが食べたくなってきた。底の深いフライパンと他の材料を買って帰ろう。それから薬を作る際に使っている火の魔石の在庫がなくなりそうなのでそろそろ買って……。


 計画を立てるだけでよだれが垂れそうだ。


「それにしてもよくこんなに大量に仕入れられましたね」

「先月の大雨でやられる前に収穫して、急いでドライフルーツにしたんだと。入荷した時なんてこの十倍以上あったんだぜ」

「そんなに!?」

「おかげで普段は寄らないこの国で商売出来てるって訳だ」

「へぇ。じゃあ私はタイミング良かったんですね」

「そういうことだ」


 大雨は予想していたが、これほどとは思わなかった。あの国の輸入品の八割が食品だ。中でもゴーニャンの実を筆頭とした果実数種類がかなりの割合を占めている。


 あの国にも私のように食に特化した聖女がおり、天気を読むことに長けている。だが読み違えて打撃を受けるくらいならと、ありったけの分を収穫してしまったのだろう。


 短期間で一気に輸出すれば相当買いたたかれると思うが、そこは私の専門外である消費者として少しお安く入手出来たことを素直に喜ぼう。


 ゴーニャンの実が入った紙袋を受け取り、お金を払う。すでに後ろには薬師らしい男が立っていた。邪魔にならないようにその場を立ち去り、薬草を並べている店をいくつか回る。


 前回来た時よりも全体的に価格が上がっている。葉数が少なかったり、虫食いがあったりと質の悪さが目立つ。並んでいる薬草の種類から察するに、こちらは西側の地域から来た商人のようだ。


 なら大体の被害は予想が出来ていた。気温が高い日が続いたため、虫が例年より繁殖したと思われる。葉の状態から見て、繁殖したのはわりとスタンダードな毛虫。薬学の聖女の薬草園にも紛れていた。薬草なので下手に薬を使えば薬の質に関わる。手で一匹ずつ取る必要がある。


 ある意味この虫食いは虫除けを使わなかった印でもある。

 また値段が高いのも、半年前に雨が振ってから一気に気温が下がったから。並んでいる薬草はどれも寒暖差に弱い。


 採取出来る量自体がかなり少なかったための値段の高騰と思われる。私が想定していた被害を考えればこのくらいが妥当だ。


「赤い紐の薬草と青い紐と紫の紐の薬草を五束ずつ。それから麻袋に入った実をそれぞれ三カップずつください」

「あいよ」


 毎日市場の確認が出来るのなら高値でここまで買い込むこともないのだが、人質という立場上、そこまで頻繁に抜け出すことは出来ない。この辺りは割り切るしかない。


 そのまま市場を歩き、フライパンとお菓子の材料、火の魔石を購入する。両手は荷物でいっぱいだ。


 大量の材料を抱え、古着屋に急ぐ。

 市場をぐるりと見ていたため、予定よりも時間が押していた。風の流れが切り替わったタイミングで帰らなければ。


 古着屋に駆け込み、目を付けていたコートと同系色の端切れを掴んでレジに持っていく。支払いを済ませたら店を出て、入り組んだ路地を進む。


 時間がある時は薬屋の裏まで戻るのだが、今日は仕方ない。人目だけを気にして適当に道を進んでいく。


 路地を歩けばその土地の治安が分かるものだが、まだ一度も孤児の姿を見ていない。先代の国王が孤児院の設立に力を入れていたのは知っていたが、客として見る景色とそれ以外とではまるで違う。先代亡き後も政策が生きているのは国自体に根付いた証拠だ。


 また店の裏に設置されたゴミ箱からゴミが溢れることはなく、蓋がぴっちりと締まっている。これは治安が良いというよりも鼻が良い獣人が暮らす国らしい特徴か。おかげで路地裏に入ってもゴミの匂いがまとわりつくことがない。


 といっても長居するつもりはないが。

 人がいないのを確認してから手持ちの荷物をマジックバッグに入れ、隠密ローブを被る。行き同様に風魔法で上空へと飛ぶ。


「明日はゴーニャンの実のケーキ~」

 るんるんで漂い、城の門を越える。そして事件が起きた。

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