第6話 薬屋
作ったばかりの板に腰を下ろし、風を操りながらふよふよと窓から離れる。ゆっくりと浮上し、門を越えて城下町へと進んでいく。
獣人達は耳が良く、空気の流れが変わったことにも気付きやすい。だから風に逆らわないように、違和感を抱かせないように、ゆっくりゆっくりと。
今日も誰一人として私が城を出たことには気付かない。
城下町のメイン通りを通り過ぎ、一番端っこにある馴染みの薬屋の屋根を見つけた。今日も周りに人の姿はない。小屋裏の茂みで着地する。
ローブを脱ぎ、マジックバッグに仕舞ってから軽く髪を整える。そして薬箱を取り出して肩から提げれば完全に薬を売りに来た村娘の出来上がりだ。
両親も妹も私を冴えない地味顔だと貶していたが、特徴のない顔はどこに行っても馴染みやすい。聖女として各地に出向いた際も変に身構えられることはなかったし、ビストニアでもただの人間の娘としか見られない。
「薬売りに来ました~」
ドアをくぐり、店の奥にいる店主に声をかける。
するとカウンターで寝こけていたウサギの店主の耳がピクピクと動き、バッと顔を上げた。
「嬢ちゃん。待ってたぞ」
「何かありました?」
「前回嬢ちゃんが押しつけていった麻痺毒の薬、全部売れたよ!」
「やっぱり魔獣出たんですね」
前回薬屋に来た際、麻痺毒に効く薬を大量に持ち込んだ。ギィランガ王国では一般的な薬だが、獣人は麻痺耐性がある者も多いとかで、ビストニアではあまり置いていない。この店にも一つか二つ置いてある程度だった。
私の薬の効果を知っている店主も売れない物を大量に買い取りたくないと渋った。なので売れた分だけ次回支払ってくれれば良いと半ば押しつけるように置いてきたのだ。
私は魔獣が出て、薬が必要になると知っていたから。
正確には高確率でそうなることを予想していた。自国なら助言して回避してもらうことが出来るのだが、この国ではそうもいかない。
なので被害が最小限に抑えられるようにと薬屋に大量に卸しておくことにしたという訳だ。
「ああ。それに言ってた通り、ここから一日進んだ先にある橋が落ちた。前の落石も当ててたが、なんで分かるんだ?」
橋も魔物の出現も十五日前の雷雨が関係している。
窓の外を見ていたら雷が落ちるところが見えたので大体の位置と被害想定、その後に起きることを脳内でシミュレートし、薬屋の店主の『雷雨の日、魔獣の遠吠えがあった』という証言を元に高確率で魔物が発生すると判断した。
麻痺毒に対する薬の需要が薄い分、薬に必要な薬草を手に入れるのは骨が折れた。さすがにまだこの国の市場の流れを把握しきれていない。そういうのは産業の聖女の専門だった。
無事に薬草が一定数手に入り、作れるだけ作った麻痺毒の薬が役に立ったようで何よりである。
不思議そうに首を傾げる店主に、困ったような表情を向ける。
口からつらつらと流れるのはお決まりになった言葉。
「私は売ってこいと言われた分を持ってきただけですから」
「薬の効能といい、その薬師には特別な能力でもあるのかねぇ」
親戚が作っているという設定は便利なものである。自分は何も知らないで済ませられる。店主が少し人を信じやすい質というのもあるが、騙すつもりはない。今のところ損もさせていない。
「それで。今日は何をいくつ持ってきた?」
「三つ。他に傷薬と化膿止めが三つずつで、回復薬が十本です」
薬箱から薬を取り出し、カウンターの上の箱に並べる。
薬が入っている瓶もケースもこの店で買った物で、ケースは薬の種類ごとに色を変えてある。いつも同じ薬を持ち込むので店主も慣れたものだ。蓋を空けて品質を確認するが、すぐに小さく頷いた。
「今回も全部買い取らせてもらおう。嬢ちゃんが持ってくる薬はどれも効果が高くて助かる。前の卸し先は今頃困っているだろうな」
「あたしの足じゃあんまり遠くまで行けませんし、ここなら帰りに美味しいもの食べられますから」
薬を作っているのは獣人の親戚で、足の悪くした彼の代わりに私が売りに来ているという設定だ。ビストニアに移り住んだのも最近で、その前はギィランガ王国にいたのだと伝えてある。
私が人間なのは見れば分かることで、出身国を偽ればふとした時に文化の違いが明るみに出る。だから嫌な顔されるかもと思いつつも尋ねられた際に素直に答えた。
彼は小さく眉を顰めたが、薬を作っているのは獣人の親戚だと伝えていたこともあり、良い関係を続けさせてもらっている。
身分については突っ込まれたことはない。ほどほどに真実を混ぜれば案外嘘に気付かれないものだ。
「次回は解毒剤を五つ持ってきてくれ。それから回復薬の増産は出来ないか?」
「実はちょうど検討しているところでして」
「本当か!」
「はい。今日は新しい薬箱といつもよりも瓶とケースを多めにもらえますか?」
「ありがたい話だ。安くしておくからうちに売りに来てくれよな」
店主は上機嫌で在庫を取りに行く。提示された額は確かにいつもよりも安い。瓶とケースもかなり値引きをしてくれたようだ。
店主曰く『どうせうちに卸すんだから』とのこと。私としても折角慣れてきたところなのだ。ここの店裏は空から降りてくるのにちょうどいいし。他の店に持ち込もうとは思わない。ありがたく受け取って店を後にする。
薬箱は肩から提げたまま向かうのは西門付近の市場。
その日ごとに出店料を払って店を出すエリアで、近くの村から薬草や野菜を売りに来た者が多く並んでいる。
ごくごく稀に骨董品や古本など珍しいものを売る店もあり、その手の物を欲しがる貴族や商人に情報を伝える専門の仕事もあるのだとか。
国外からやってきた流れの商人が商売するのもココ。国に申請書類を提出している者以外が決まったエリア外で売買を行うことは法律で禁止されているのだ。
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