第5話 城下町に繰り出そう
獣人達が去った後、ドレスをクローゼットに詰めるついでに隠れ場所を探そうと思ったのだが……。
「快適な暮らしってなんだろう……」
クローゼットには数枚のドレスが用意されていた。明らかに人間仕様のサイズなので、わざわざ用意してくれたのだろう。
ドレッサーの引き出しにも宝飾品がいくつか用意されていた。我が家からいつか換金しようと思って持ってきた物よりも良い品だ。付いている宝石は小ぶりだが、デザインの品が良い。大きな石をゴロゴロと付けて比べ合いしている我が国とは大違いだ。
だがこれほどの品を平然とドレッサーに仕舞う感覚は理解出来ない。不用意に触った後でいちゃもんを付けられても困る。何も見なかったことにして引き出しを閉める。
クローゼットのドレスも同じだ。ビストニアの動きを窺う意味でもしばらくは持ってきたドレスを着回すことにしよう。調薬セットなどはトラベルバッグの中に入れたままにしつつ、すぐに取り出せる位置に配置して。
ーーなんて、来た頃は本気で警戒していたものだ。
三ヶ月と続かなかったが。
今は部屋で堂々と調薬をし、数日に一度は城下町に抜け出す余裕さえある。
「風向きが変わってきた。夕方から夜に変わる頃に一雨来るって感じかな」
外に出るのは風向きが城下町に向いている日だけ。
強い風が吹いている日はダメだ。煽られてしまう。かといって風のない日に風魔法で抜けだそうとすれば、耳の良い獣人が不審な音に気づいてしまう。
今日くらいの軽く風が吹いている日がちょうど良い。
煮込んだ薬を濾して瓶に詰める。五日前に買ってきた丸底瓶には全て回復薬が入っている。平たい薬ケースには昨日作った擦り傷用の傷薬と化膿止め、解毒剤がそれぞれ三つずつ入っている。
こちらはまだ余裕があるが、そろそろ売りに行きたいものである。
それにこの部屋での調薬もすっかり慣れ、生産ペースも上がってきている。この辺りで瓶を保管するための薬箱ももう一つ増やしていきたいところだ。
それに詰め込めるだけの瓶と材料の補充を考えると今日の収入は全部なくなる。
そろそろ防寒具も買っておかないと、と思っていた。
私が城下町に繰り出す際に着ている服は平民の聖女仲間に餞別としてもらったものだ。私の結婚が決まった際、その場にあったものを譲ってくれた。
全部で三着。汚れても良いように着古したものだけど……と申し訳なさそうだったが、城下町に馴染むにはピッタリで愛用させてもらっている。サイズ直しや当て布の跡はまさに王都に薬を卸しに来る村娘の風貌であった。
これからも服には困らないと思っていたのだが、さすがに寒さ対策はしなければならない。ビストニアの冬は短いが、一気に冷え込むのだ。
その期間は外に出ないというのも手だが、寒い時期になると市場に特別な温かスイーツが並ぶと耳にした。聞いてしまったからには食べる以外の選択肢はない。
何かあった時のためにもコートは必要だろうと、古着屋さんでいくつか目を付けておいたのだ。人間用はなかった。私が着られそうなのはどれも獣人の子ども用。買った後で尻尾穴を塞がなければならない。裁縫セットはあるが、当て布も見繕って……。
そう考えると今回の出費はかなりのものになる。今までコツコツと貯めてきた逃走資金改め食べ歩き金も切り崩すことになる。
だが今回の出費は今後のため。生産数を増やせば出費も増える。そう自分に言い聞かせて調薬セットとマットを片付ける。代わりに隠密ローブを取り出した。城下町に繰り出す際の必須アイテムである。
お忍び服に着替えてからマジックバッグを肩から下げる。隠密ローブを頭からすっぽりと被れば姿は見えなくなった。
錬金アイテムを託してくれたジェシカもまさか小遣い稼ぎでの外出に使うとは思わなかっただろう。私もそんなこと予想していなかった。
ただ、人質と言いながらあまりにも監視が緩いもので、三ヶ月が経った頃にこれは抜け出せるのでは? と試してみたら案外上手くいけたのだ。
夕食の時間の少し前に帰ってくればバレない。メイド達はメイド長を恐れて必要以上の接触はしてこないし、シルヴァ王子の姿は遠くから眺める程度。
窓から出てすぐの所に風魔法で厚めの板のようなものを作っていると、第三王子の姿が見えた。今は手合わせが終わって休憩しているようだ。
首からタオルを下げている。何を思ったのか、私の部屋の窓を見上げて小さく口を動かしている。何か言っているところまでは分かるのだが、この距離からでは声は聞こえない。だが予想はつく。
人質と結婚させられた恨み節。
結婚前から知ってはいたが、王子のお顔立ちはたいそう整っており、銀の毛並みはさらっさら。窓から見る彼はいつだって輝いて見えた。
女性人気も高く、国民や使用人達からの支持も厚い。第三王子とはいえ、仲の悪い国から寄越された聖女と結婚するような人ではない。名家のお嬢さんか重鎮の娘辺りを妻にするのが妥当である。
メイド長が筆頭となって私に嫌がらせをするのも納得である。
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