第4話 人質の聖女

 婚約破棄の事後報告から一週間後。

 王家が準備してくれた馬車に揺られてビストニア王国へとやってきた。


 過去に王子の付き添いとして何度か訪れたことがある。歓迎されたことなど一度もなかったが、今回もやはり歓迎はされていない。


 馬車のカーテンを閉めていても悪意に満ちた視線がひしひしと伝わる。我が国とビストニア王国は同じ神を信仰している。なので教会関係者では獣人を差別している人はいなかったし、ビストニア王国の獣人達も人間を嫌っている訳ではない。


 自分達の種族を下に見て馬鹿にするギィランガの国の人間が嫌いなのだ。

 悪いのは我が国であり、獣人達の気持ちは分かるので、この居心地の悪さを甘んじて受け入れる。


「城についたらもっと酷いんだろうなぁ……」

 嫁入りさせられるのが他の聖女じゃなくて良かった。一応とはいえ来賓としてこの国を訪れ、この空気感も感じたことがある。以前はもっとマイルドだったけど。


 両国間で何があったのか聞いてくれば良かった。

 そう思ってもすでに時遅し。今回の嫁入りで揉め事がなくなりますように、と願うばかりである。



「それでは私はここで」

「送っていただきありがとうございました」


 城門を通過し、馬車乗り場で降ろされる。従者はいない。御者も門を通過する際に使った信書を渡して早々に去って行くようだ。


 国を出る前からそう言われていたのだろうが、一刻も早く獣人達のいない場所に行きたいといったところか。手綱を握る手が小さく震えている。馬車の中にいた私とは違って悪意も直接受け止めているのだ。可哀想に思えてしまう。


 それに王家の馬車には何度も乗ったことがあるが、目の前の御者とは初対面だった。このためだけに雇われたのか、下っ端に仕事を押しつけたのか。どちらにせよ貧乏くじを引いたものだ。


 去って行く馬車を見送っていると、獣人達が私を取り囲んだ。馬車の中で感じたものとは比べものにならない敵意が肌を突き刺す。


「ギィランガ王国の聖女で間違いないな」

「はい。ギィランガ王国の聖女ラナ=リントスです」

「ついてこい。王がお待ちだ」


 敵意を隠そうともしない彼らだが、荷物を持つ私のペースに合わせてゆっくりと歩いてくれる。


 それに複数人で私を呼びに来たのはてっきり威圧のためかと思ったがそうではなかった。私を取り囲むように歩く彼らは他の獣人からの視線を遮ってくれる。


 そうでもしなければ私に殴りかかる獣人がいるからかもしれないけれど。

 好意だとありがたく受け取ることにする。


 そのまま歩くことしばらく。

 身体の大きな獣人も入れるようにかなり大きく作られた王の間に続くドアをくぐる。入り口付近から左右を固めるように獣人達がずらっと並んでいた。


 ここまで案内してくれた獣人に促され、王と王妃様、そして私の夫となる第三王子のシルヴァ王子が控える玉座のすぐ近くまで足を進める。


「人質の聖女よ、よく来たな」


 王は開口一番、私を『人質』と称した。

 一応嫁ぐという話だったと思うのだが、王子と妹が嘘を吐いたのか、体裁を考えてそう言っていただけなのかが分からない。だが心の準備は出来ている。


 ここまで多くの獣人が集められていることは予想外だったけど。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」

「荷物はそれだけか? 従者は」

「このバッグの中身のみです。従者はおりません」


 私の返答に王だけではなく、王妃様も王子も分かりやすいほどに眉を潜めた。

 ビストニア側からこの状況を良く見れば『弁えている』だが、悪く見れば『そっちが世話をしろと押しつけられた』かな。


 そして今までの関係を考えればギィランガ王国側の意図は後者。王妃様がいる時ならもっと上手く対処したのだろうが、今のギィランガは悪意丸出しである。


「貴公は何度か我が国に来ているとはいえ、取って食われるとは思わなかったのか。ここは獣人の国ぞ」

「? ビストニア王国ならわざわざ人間なんて味が不確定なものを食べずとも、美味しいものが五万とありますでしょう」


 大陸中を探しても人肉を食べる文化を持つ地域はない。特にビストニアほどのグルメ大国ともなればもっと美味しい肉の一つや二つや三つ、四つと知っているはず。殺しはしても食べるなんて真似はしないはずだ。


「貴公の考えは十分理解した。だがこれだけは言っておく。我が国で快適に過ごせるとは思わないように」

「かしこまりました」

「……彼女を部屋に案内しろ。これでも息子の嫁だ。傷は付けるなよ」

「はっ!」


 獣人達の返事で空気が大きく揺れた。私が人質の花嫁であることを周知するために彼らを集めたのか。


 結局王子はひと言も発することはなかった。

 その後、私は先ほど案内してくれた獣人達に連れられて、王の間からかなり離れた一室に案内された。私の部屋は三階の端っこ。過去に客として案内された部屋は一階で、三階に立ち入るのは初めて。廊下を歩きながらチラッとだけ見えた窓の外の景色は素晴らしいものだった。


「こちらがあなたに過ごしていただく部屋となります」


 とにかく全てのサイズが大きい。ベッドなんて身体の小さな女性なら二十人は眠れる。むしろベッドほどのスペースが用意されて、ここがお前の部屋だと言われても受け入れられる。


 今まで宿泊させてもらっていた部屋は全て人間のサイズに合わせて作っていただけだったようだ。


「こんなに立派なお部屋をありがとうございます」

「立派?」


 彼らのリアクションに、これが獣人の国の普通なのかと理解する。もしかしたら普通以下なのかもしれない。


 そういえば王の間にいた獣人は皆、大柄から超大柄な人ばかりだった。

 一口に獣人といっても種族が細かく分かれ、王族は狼族で、目の前の彼らは犬族・猫族・クマ族か。他にも虎や牛、ネズミ、ウサギ、羊、猿の獣人もいたはず。ネズミは身体が小さいイメージなのだが、小柄な獣人は見たことがない。


 小柄な獣人がいれば部屋もそれなりな気がするのだが、身体のサイズに関わらず部屋は皆大きいのだろうか。


 これほど広ければ隠れ場所も多そうだ。

 隠密ローブを被ってやりすごすことも出来そうだとプラスに考えることにした。

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