第3話 私の居場所
「……かしこまりました」
勝ち誇る王子と妹が去るのを見送ってから、急いで薬学の聖女と産業の聖女の元へと走る。
「私、国から出されることになったの」
「聞いているわ。王子があなたの妹と一緒に来て、婚約破棄を言い出したそうね」
「嫁ぎ先があのビストニア王国だなんて……」
「上手くいけば美味しいご飯にありつけるけど、最悪殺されるわね」
我が国、ギィランガ王国はメシマズとして有名である。揚げ物と生野菜以外致命的。調味料を使うということがほぼない。出汁は取らず、パンは焼き立てなのにガチガチ。
貴族の食事よりも平民の食事の方がほんの少しだけ美味しい。理由は簡単。平民は自国の食事が不味いと自覚して、他国の文化を取り入れるからだ。貴族にはその潔さがない。故にギィランガの食事は不味いまま。
それでも祖母は違った。学生時代、他国に留学していた祖母は自国の食事に我慢が出来なかったのである。なので祖母が生きていた頃は他国出身のシェフを雇っていた。
だが祖母が亡くなってからひと月と経たずに全員解雇してしまった。その後も年々食べ物の質を落としている。
全てはドレスとアクセサリーを買うお金を確保するため。両親と妹がおかしいのではない。むしろ私と祖母がこの国で浮いている。
『食事こそ力なり』
それは愛すべき祖母の言葉である。
美味しくないご飯を食べ続けていた結果、神聖力は徐々に弱まっていった。
だが神聖力が減って困ったことはない。三大聖女は神聖力を必要としない聖女を指す。といってもこの事実を知っているのはほんの一握りの人だが。
薬学の聖女は薬のエキスパートであり、産業の聖女は経済の動きを予想する。そして食の聖女の主な役目は気候の変化を予測し、国内外の食物生産量を予想することにある。そのついでに魔物の動きを予想したり、災害を事前に予想してみせたりもする。
また三大聖女は相互補助関係にあり、世代交代に備えて互いの技術をある程度把握している。
「なんでそんなに平然としているのよ……」
「王子に嫁ぐよりマシ」
「確かに……」
「殺されるかもって言ってもあちら側が所望した以上は派手な殺しはしないだろうから、ある程度パターンは絞れるし。幸い、私には薬学の知識がある」
「それだけじゃ心許ないわ」
「他にも準備しないと。嫁ぐのはいつ?」
「一週間後」
私の言葉に、薬学の聖女が立ち上がった。
すでに産業の聖女の姿はない。おしとやかな見た目をしているが、教会一足が早く力持ちなのだ。
「国を出るのは明後日ってところね。上級聖女を集めましょう」
「先に引き継ぎの書類を……」
「大量のノートさえ置いていってくれればどうにかなるわ」
「ええ」
予想の数値と実際の数値は全て記録に取ってある。だが自分で読み返すように書いていたものなので、結構汚い。冊数だってかなりのものだ。引き継ぎの際は別に資料を作成しようと思っていた。
だが薬学の聖女はもちろんのこと、婚約破棄の話を聞いて集まってきてくれた聖女と神官達はそれを許してはくれなかった。
「神聖力が弱まったら不要だなんて何様よ」
「食がなければ人は飢えるだけ」
「豪遊ばかりしている貴族はいかに食の聖女の仕事が大事か分かっていない」
「殺されることにでもなればビストニア王国もこの国も呪ってやる」
物騒なことを呟く彼女達の前に、ドンッと大きな音を立てて木箱が置かれた。
聖女であり、錬金術師であるジェシカだ。不機嫌そうに息を吐き出す。
「殺されること前提で話さないで。気が滅入る。ラナ、これ持って行きなさい」
「これはポシェットとローブ?」
「あたしがただのポシェットなんて渡すわけないでしょ。錬金アイテムよ。どうせ公爵家はろくな荷物を持たせてくれないんだろうから、大量に荷物が入るマジックバッグと、姿を隠せる隠密ローブ」
「これってかなり高価なんじゃ……」
特に隠密ローブは貴族や金持ちに人気の商品で、生産量を絞ることで高値に釣り上げるのだと話していたはず。マジックバッグだって商人なら喉から手が出るほど欲しい品である。ジェシカはポンッと渡してみせるが、そんな簡単に受け取っていい品ではない。
「餞別よ、餞別。どうせこの先会わないんだから、気負わず受け取りなさいよ」
突き放すような言い方だが、そこにはジェシカの優しさが詰まっている。教会は私の居場所だったのだと再認識し、涙が溢れる。
「ラナの天気を読む能力と風魔法とこの二つを組み合わせば城からだって逃げ出せるでしょ」
「ありがたく使わせてもらうわね」
「すり切れるまで使ってちょうだい。それこそ職人への最大のリスペクトだわ」
その後もみんなで頭を突き合わせて私が持って行く荷物を審議した。
薬学の聖女が薬の材料を大量に譲ってくれ、産業の聖女は書き込みの入った大陸図をくれた。乗り合い馬車が通っている道から商人の馬車が通る道、魔物が多く発生する地域などとにかく細かく記されている。
他の聖女と神官からもらった餞別の品が詰まったマジックバッグを肩から提げ、屋敷に帰る。
両親は妹が王子の妻になると大喜びで、屋敷内は宴会状態。使用人も帰ってきた私とは目も合わせない。部屋にはトラベルバッグが一つだけ置かれており、さっさと荷造りをしろと訴えていた。
あちらで服などを用意してもらえない可能性を考慮して、とにかく服を詰めていく。アクセサリーは換金できそうなものをいくつか。バッグはさほど大きくないので、入りきらなかったものはマジックバッグに詰める。
マジックバッグのありがたさが改めて身に染みる。
荷物を詰める度、この屋敷から自分の形跡を消しているような気持ちになる。
食事も廊下に放置されるだけとなり、私の婚姻が成立した後には姿絵すらなくなるのだろう。
ここまで鍛えてくださった先王と王妃様には申し訳ないが、いっそ清々しささえある。
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