第2話 最悪な運命

「第一王子に臭いって言われた時はふざけんなって思ったのに、人って変わるものね」


 思い出すのは三年前。まだ自国、ギィランガ王国にいた頃のこと。

 辺境領付近でスタンビートがあり、多くの被害が出た。近くの薬師が用意した薬だけでは足りず、王都教会から聖女達が駆り出されることとなった。


 薬学の聖女が用意したポーションで汚れなどを取り除いてから神聖力を使って傷を塞いでいく。初めから神聖力を使ってしまうと体内に異物が残ってしまう可能性がある。


 だが薬学の聖女が作る薬は特殊で、小さな異物一つ残さないのである。

 効果が高い代わりにレシピが特殊で、彼女以外は誰も作れないという最大の欠点を持ち合わせているが。


 今代の薬学の聖女に限らず、歴代の薬学の聖女がオリジナルのレシピを保っており、いずれも次世代に継承することが難しかったという。


 だがあくまで作れるのは薬学の聖女というだけ。手伝うことは出来るのである。

 私と産業の聖女は彼女の手伝いとして奔走した。三日三晩薬釜の近くにいたのだ。身体中に薬の匂いがついても仕方ないというもの。


 ようやく治療が落ち着いたとの知らせを受け、ゆっくり眠れると思った矢先に王子と出会った。


 当時私の婚約者であった彼は私に「臭い」と言い放ち、聖女や神官から反感を買ったーーと。今となっては懐かしいものである。


 あんな男と彼と生涯を共にすることになれば、それこそ頭がおかしくなってしまっていた。


 だがほんの少し前まで、私が彼と結婚することは確定していた。

 王妃様からの期待を一身に受けているため、逃げ道なんかないと思っていた。



 私の最悪の運命が変わったのは半年前。


 教会でせっせと記録をつけていた私の元に王子と妹がやってきた。王子の腕には妹の腕が絡められており、二人はそういう仲なのは一目瞭然。


 だが今に始まったことではない。王妃様が妊娠を機に公爵領に戻られてから、二人は周りに自分達の関係を見せつけるような行動が増えた。


 王子の婚約者は私だ。恋愛感情どころか好感度はマイナスに振り切っていても、忠告をする義務がある。その度に二人は気味の悪い笑みを浮かべる。私への当てつけのつもりなのだろう。


 この日もそうだと思っていた。深いため息を吐き、手を止める。


「ラナ。話がある」

「見ての通り、今は職務中なのですが」


 周りには他の聖女や神官がいる。明らかに勤務時間内である。

 だが二人は私の言葉に耳を傾ける気がない。


「わざわざ王子が足を運んでくださったのですからありがたく聞きなさい」


 幼少期から甘やかされて育った妹は我が儘な令嬢として社交界でも有名だった。

 最近はそこに輪をかけて偉そうになった。傲慢王子と一緒に過ごす時間が長くなったことで自分も偉くなったと錯覚しているのだろう。


 色々と手は打っているのだが、いかんせん妹と両親にはやらかしている認識がまるでない。効果が得られないまま、教会まで出張ってくるようになってしまった。


 王妃様に無駄な心労をかけたくないが、そろそろ助けを求めるべきか。

 そんなことを考えていると、王子が予想外の言葉を吐いた。


「君との婚約を破棄された」

「はい?」

「これがお姉様と王子の破棄を認める書類よ」


 なぜだ。そんな話、私は聞いていない。


 妹が差し出した書類を受け取り、目を通していく。

 確かに書かれている内容は私と王子の婚約を破棄するものであり、なぜか当家は破棄の代償として妹を差し出すことになっている。


 当家側の破棄と書きながら、私や実家が何をしたのか一切書いていない。

 こんな中途半端な書類を作っておきながら、父のサインと並んで国王陛下のサインがある。


「ありえない……」


 私と王子の婚姻は先王と王妃様によって決められたものだ。

 そして国王陛下はこの二人を何よりも恐れている。王妃様と結婚する前に愛人を孕ませてからというもの、王妃様には頭が上がらないという。


 その時の子どもが目の前にいる第一王子。愛人は出産前に側室になったとはいえ、不義の子というのが大抵の認識だ。


 王位を継承するのは王妃様の子どもである第二王子とはいえ、第一王子が間違いを犯さないとも限らない。


 そこで選ばれたのが六歳で三大聖女に選ばれた私だった。聖女教育と同時進行で王子妃教育を受け、ひたすらに必要な情報を取り込んでいく。


 嫌いな男のために努力を続けなければいけない日々は地獄だが、先王と王妃様は私を正当に評価してくれた。両親は妹ばかりを溺愛して、私のことは見てもくれない。だが二人は努力を認めてくれる。


 また聖女として働くのも好きだった。特に私と同じくらいの年で三大聖女に選ばれた薬学の聖女と産業の聖女と話すのはとても楽しく、彼女達が語る世界は私に多くの刺激を与えてくれた。


 だから今までめげずにやってこれたのだ。



 なのになぜ……。婚約破棄が悲しいのではない。なぜ自分は切り捨てられたのか。どんな失敗をしたのか。


 書類には書かれていない『理由』の部分が知りたかった。


「君は一週間後、ビストニア王国第三王子の元に嫁ぐことになっている」

「聖女なら誰でもいいんですって。野蛮な獣らしい話よね。神聖力が弱ってきているお姉様にぴったりの嫁ぎ先だわ」


 私なら我慢出来ないわ。そう言いながら腹を撫でる妹の姿に全てを理解した。


 王子はかつて国王陛下がしたことと同じことをしたのだ。

 前例があったからか、彼は最高のタイミングでそのカードを見せつけた。


 すでに先王は亡くなっており、王妃様はしばらくは戻られない。国王陛下も側室もかつての当事者であり、私の両親は大喜びで承諾する。


 加えて『食の聖女』は貴族からの信仰が薄い。どうせ同じ家の娘同士を取り替えたとしか考えていないのだろう。


 本来止めるはずの宰相は私のことを嫌っている。彼は昔から第一王子のことを下に見ており、婚約者である私のことも同じような目で見ていた。


 だが他の有力貴族の娘が第二王子の婚約者に決まってからは、私に向ける視線に恨めしさが混ざるようになった。


 王妃様から信頼されているというのも気に入らない点なのだろう。


 ビストニアに嫁がせるように陛下に進言したのはおそらく宰相だ。

 少し前から我が国とビストニア王国が揉めていることは知っていた。我が国の貴族の多くは獣人を毛嫌いしており、獣人の国 ビストニア王国とは過去に何度も揉めている。大抵我が国が悪いのだが、なんだかんだ和解してきた。


 だが今回求めているのは聖女。つまりは人間である。人質としての意味合いもあるのだろう。かなり怒っているのは確かだ。


 宰相も陛下も頭を悩ませたに違いない。

 そしてちょうど良いタイミングで妹の妊娠が発覚した、と。


 三大聖女であり、公爵家の娘で、王子の元婚約者ーー相手への謝罪の品にはぴったりだったのだろう。


 神聖力は年々弱ってきており、家にも王子にも大事にされなかった女ではあるが、聖女は聖女なのだ。もっとも食の聖女としての仕事に神聖力は不要なのだが。

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