【書籍化】追放聖女は獣人の国で楽しく暮らしています ~自作の薬と美味しいご飯で人質生活も快適です!?~(旧タイトル:妹に婚約者を寝取られた聖女は獣人の国でわりと快適に過ごしています)
斯波
第1話 冷遇とは
「もし私が彼女だったら頭がおかしくなるわ」
「メイド長の気持ちも分からなくはないけれど。いくらなんでもあれはねぇ……」
「しっ。こんなことメイド長の耳に届いたら大変だわ」
「でもさすがにあのパンはやりすぎよ……」
「この前のスープだって……。私、運びながら思わず泣きそうになっちゃった」
「飲み物多めに出しておいたけど、あんなに塩気の強いスープなんて私食べられそうにないわ」
「それでもちゃんと完食してくれるのよね……」
「これしか食べ物がないからでしょ。それに残したら今度はどんな嫌がらせが待っているか……」
部屋の外からはメイド達の話し声が聞こえてくる。
嫁いできた当初こそ、私の世話をする度に親の敵のように睨んできた彼女達だが、今は顔を合わせる度に哀れみの視線を向けられている。
部屋に隔離されている私は、それはそれは可哀想な娘であり、嫌がらせの指示を出しているメイド長は極悪非道なのだと。
喉元まで出かかった『優遇されていると思います』という言葉を飲み込む。
独り言でも口に出したらドアの向こう側の彼女達に聞こえてしまう。獣人の彼女達は耳が良いのだ。いや、耳だけではなく五感全てが人間よりも優れている。
彼女達にとって塩分多めのスープは、私にとって少し味が濃いかな程度だし、ひどいパンと呼ばれたそれは数日放置されただけ。
この国ではパンと言えば焼きたてパンを指す。翌日はギリギリで、数日放置されたパサパサのパンは鳥の餌。パンをカチコチにすることなんてあり得ないのだと。
食事中に耳をそばだてて得た知識である。さすがはグルメ大国 ビストニア王国。食に対する意識が高い。
メイド長の渾身の嫌がらせは食事に限らず、側仕えのメイドをつけない・部屋の掃除は数日に一度にするなどがある。
またメイドから直接言われて知ったのだが、私の部屋に用意されているドレスや宝飾品は最小限であるらしい。夫に愛されていないのだから当然だと。
あなたは冷遇されているのだと思い知らせたいのか、頑張って演技をしていることがひしひしと伝わってきた。
だが私からすれば食事は美味しいし、身の回りの用意くらい自分で出来る。社交界に参加することもないのだからドレスや宝飾品などあっても無駄になるだけ。
貴族や王族が率先して購入することで経済を回すために購入したのであれば受け取る。だが無理に買ってもらうようなものでもない。
妹だったらギャーギャー騒ぎそうだが、欲しいものがあれば自分のお金で買えば良いだけ。
冷遇という名のほどよい距離感と、聖女仲間から餞別としてもらった錬金アイテムのおかげで城から抜け出すことが出来るので、少額ならお金を稼ぐことも出来るのである。
「すみませ~ん。食器を下げていただいてもよろしいでしょうか」
考えごとをしながら今日も完食。
綺麗に作った後でわざわざ放置したのであろうシャーベットも非常に美味しかった。シャーベットというよりも、凍らせて溶かす手間をかけたジュース。お付きがいないのでズズズと飲ませてもらった。ドア越しのメイドには私の品のなさが伝わっているのだろうが、今更ではある。
「失礼いたします」
食器を下げてもらい、メイド達が遠ざかったのを確認する。ドアにピタリと耳を付け、足音が聞こえなくなったらオッケー。
窓を開け、空気の通り道を確保。
その後、鍵をかけたトランクからポシェットを取り出す。見た目は平民の子どもがお使いに持たされるような、古着をリメイクしたようなポシェット。
だがただのポシェットと侮るなかれ。これこそが聖女仲間から餞別にもらったマジックバッグである。大規模な商会が持っている荷馬車三台分くらいは入る。容量を重視した結果、時間を止める効果を切り捨てたそう。
それでも外よりも緩やかに時間が流れるため、半年保存が利くものならプラス二ヶ月は保つのだと。それには調薬道具とありったけの材料を詰め込まれている。
嫁ぐ前から歓迎されないことは分かりきっていた。食事に毒を盛られるリスクだって考えていた。この国の医者は正直信頼出来ない。いざという時は薬学の聖女から仕込まれた解毒剤を作ろうと思ってのことだった。
だがぬるくなったスープや二日ほど放置したパンを出すだけでも心を痛める彼らが毒を盛るなんて暴挙をするはずもなく。薬作りは早々に私の小遣い稼ぎの手段となった。
マジックバッグから分厚い布を取り出し、窓の近くの床に引く。これは刺客が送り込まれた時なんかに身体に巻き付けるためのものだった。服の厚みが増せばナイフの通りも悪くなる。致命傷は防げる、と考えていた。
だがこちらも早々に役割を変え、今は高そうなカーペットを汚さないように引いている。窓の近くにしているのは薬の匂いを少しでも部屋に残さないようにするため。嗅覚の優れている彼女達に薬の匂いはきついはずだ。
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