第16話 羞恥

「もう、真面目なんですから。そんなところが可愛いですけれど♡」


 乃慧流はとてもウキウキとした様子で結の後を追っていた。もう完全に彼女の脳内は結と結ばれる前提で進んでいるようで──まあ、要はいつもと変わらない乃慧流だ。

 しかし、ふと立ち止まった乃慧流はまたしてもなにか考え込むように顎に手を当てて真面目な顔つきになる。


「いえ、でもこれでは……」


 そんなことを言って急に静かになった乃慧流。結はそれが何を意味しているのかわからず首を傾げていると、彼女はまたしても小さく呟く。結に聞こえるか聞こえないかの瀬戸際の声だった。


「結さんにお願いして無理やりするおセックスに愛はあるのでしょうか?」

「……」

「やはりこういうことは両者の合意の上で行うべきでは?」

「何言ってますの?」


(あなたが言い出したことですよね!?)


 それをあたかも自分はいつも通り真っ当であるかのように振る舞うのだから全く厄介な相手だ。どうやら乃慧流の脳内では、もう2人は合法的に結ばれることになっているらしい。もちろん結が了承したわけではないのだが──


「そうですわね……でしたら、嫌々されても問題ないことをお願いするべきですわ」


 そんな調子の乃慧流だったが、それよりも問題はそんな考えを実行するかもしれない可能性の方にあるだろう。結はじーっと横目に乃慧流を見つめる。するとその視線に気がついた乃慧流と目と目が合った。


「どうかしましたの?」

「いえ……」


(さしあたって、今より悪化することはないでしょうが……)


「結さん。わたくし、お願いを変更することにいたしましたわ」

「……それは何よりです」

「えぇ、あくまで強制的にはよくないという結論に達しました。やはりこの想いは純粋な愛──」

「話が全く終わっていない件はさておき」


 何か面倒な言い回しを始めた乃慧流を遮って、結は会話を続ける。もうグダグダな空気はもう仕方ないのだろう──そんな諦めとともに乃慧流のペースに流されてしまう。そして、乃慧流の口からポンと新たな『お願い』が飛び出してきた。


「結さん、おパンツを見せてくださいな」

「は?」


 結の思考回路が一瞬停止する。聞き間違いだろうか、結は一瞬自分の耳を疑って聞き直すことにした。そして改めて確認する結だったが──


「パンツですわ」

「……なぜ?」


 聞き間違いではなかった。乃慧流の要求は結にとってはあまりにも不可解に聞こえたのだ。乃慧流の考えている意図が全く分からず、首をかしげてしまう結。だがそんな様子も乃慧流にとっては愛しくてたまらないのだから非常に困ったものだった。


「良いではありませんか下着くらい減るものでもないのですから少しくらい見せていただいても!」

「あの、心底軽蔑するのですが……」

「ええ、ええ! そう! 嫌々ながら見せていただいてもそれはそれで唆るので問題ありませんわ! 我ながら完璧な『お願い』ですわね! ……さあ、さあ!」


 目を輝かせてじりじりと結の方に詰め寄ろうとする乃慧流。これ以上の問答は無用、むしろ事態を悪化させかねない。下着を少し見せるだけで済むのなら、それで良しとするしかないだろう。

 そう結論づけた結はため息をつく。


「……はぁ、全く仕方ない人ですわね」


(元はといえば私が言い出したことですし……)


 そう考えてスカートの裾に手をかける。と、乃慧流の目が急に血走ったように見えたのは気の所為だろうか。そんな乃慧流の様子を気に留めることもなく結は両手でスカートを軽く持ち上げつつ尋ねる。


「もうよろしいですか? 」

「結さんお待ちになさって。もっとよく見せてくださいまし!ああそうもっとスカート持ち上げて!」


 結の前にしゃがみ込むようにしながらそう言いつつ、ものすごい勢いでスマホカメラを向けて連写している乃慧流。その見事なまでに切替の早さに呆れを通り越して感心する結だったが──


「ちょっと、写真はダメですわよ……」


 乃慧流を睨みつけながら牽制しようとする結。もちろんそんなことで引き下がる乃慧流ではない。


「自分で楽しむ以外の目的では使用しませんので!」

「そういう問題では……」

「ふふふ……結さん今日は大人なおパンツなんですのね」

「……」


 確かに今日の結は黒いレースがあしらわれた大人っぽいものを着用していた。それは、以前乃慧流にウサギのキャラクターがプリントされた子どもっぽい下着を揶揄われたためなのだが、そこまでまじまじと見つめるのだろうかというくらいの勢いで食い入るように見つめている乃慧流のせいで、なんだか羞恥心まで湧いてくるようで結は頬を赤く染める。


「それは……あなたが揶揄うから……」

「あらあら、結さんは本っ当に可愛いんですのね! わたくしに言われたことを気にして大人っぽい下着を用意してきていたなんて、どこまで素直なんですの!」

「自惚れもいいところですわね……っと、ひゃっ!? 何するんですか!?」


 結は思わず声がひっくり返りながらそう言ってスカートをパッと下ろして手で押さえる。何かと思えば、乃慧流がスカートの裾を掴んだからである。

 慌てて助けを求めようと周囲を見渡すが、放課後にしては時間が遅く、部活終わりにしては時間が早いその微妙な時間帯だからだろうか、運の悪いことに辺りには人影が見えない。


「結さん……結さんが可愛すぎてわたくし、もう完全に『そういう気分』になってしまいましたわ! ……しましょう?」

「な、何を言っているんですの……」

「何ってそれは……! おセ──」

「言わなくていいですわ!」


 結は軽蔑と動揺の混じった目を向け、スカートを奪い返そうとする。すると乃慧流がそんな結の手をバシッと強く掴み、そのまま勢い良く引っ張った。必然的に引っ張られる形で結は地面に手をつき、四つん這いのような格好にされてしまう。しかし、それがさらにまずい状況だったようで──


(しまっ……! この体勢は……!)


 お嬢様である結が今まで経験したことのないような、そんな恥ずかしい格好にさせ満足したのか、乃慧流はスカートから手を離す。しかし、そのまま結を解放するつもりはないようだった。


「まあ! おパンツが丸見えですわよ?」

「──っ!」


 結は自分の頬が急激に熱を帯びてくるのを感じていた。だが、それも無理はない。

 今の結の格好はまるで乃慧流の前に無防備なお尻を突き出すかのようなものだったのだ。


「この……ばっ──!」

「いいですわねその涙目! ゾクゾクしますわ! とっても恥ずかしいのに強がる結さんもとっても素敵ですわよぉ!」


 そう言って恍惚の笑みを浮かべる乃慧流に背筋がぞっとする。すでに恥ずかしすぎて顔を上げられない結だったが、相手はそんなこともお構い無しである。そして、乃慧流の頭がスカートの中へと入ってくる。何をしようとしているのかはすぐに分かったが、もうどうすることもできなくて── そしてスカートの中に入っている乃慧流の手がもぞもぞと動いたかと思ったら、容赦なくパンツの端に指をかけてずり下ろす。それを直す暇もなく今度は尻肉を掴まれ──そのまますべるように表面を撫でる。乃慧流の手がなぞりあげる。いきなりのことで声を抑えようがなかった結は「きゃっ──!?」と悲鳴のような声をあげるが、その声で逆に勢いづいたように乃慧流は容赦の無い攻撃を繰り出す。


(やめ……やめて! 確かに女同士ですが、これは明らかに一線を越えて──)


 乃慧流の手は止まらない。結には、その指の感覚をさらに鋭敏にするローションにでも塗られたのではないかと思ってしまうくらいの繊細な感覚に、ほとんど身動きができない。否応なしに羞恥を掻き立てられ、もう頭が沸騰してしまいそうだった。


「やめて……っ! お願いですから──んん! んむぅぅ!」


 そんな結を置き去りにするように乃慧流は激しさを増していき──結が限界を迎えかけたところで、それは唐突に終わった。

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