四章 囲碁将棋部だって見えるときゃ見える

ついに決戦の日がやってきた。

野球部と囲碁将棋部による、部室を賭けた戦い。


助っ人持参でよければ力を貸すと高橋に伝えたら話をまとめてきてくれた。

まあまあの布陣を整えることができたと言っていいだろう。


それにしてもこんなどうでもいい試合の審判を引き受けてるのはどんな人なんだ。

二塁塁審とか死ぬほどヒマだよな。

まあどうでもいいけど。


「ほんと蔵本のおかげで助かったよ。これで部室と野球部のメンツを守れる」

「それはよかった」


嬉しそうな高橋。

助っ人で勝って守れるメンツはなかなか安そうだ。


「もう勝った気でいるのか、おめでたいな」


囲碁将棋部の部長が現れた。


「確かに我々の運動能力は高くない。

だがそれを補って余りある頭脳がある。

二手三手先を読み必ずお前たちをチェックメイトしてみせる」


言いたいことを言って部長は去っていった。

チェスもやってるのかな。


「あ、そういえば」


部長が戻ってきた。


「助っ人を認めるとは言ったがあのおっさんはどうなの?完全に大人じゃん」

「いや、ほら、何ならそっちも羽生とか連れてきていいからさ」

「連れてこれるか!」

「じゃあ囲碁だけに『駄目』とか言うつもりなの」

「なに…

お前なかなか教養があるじゃないか。わかった、許可しよう」


再び部長は去っていった。

なんとかなってよかった。

まず野球怪人が約束どおり来てくれてよかった。


「あの、蔵本さん」


今度は野球少年の河村君だ。


「いいんですかオレがピッチャーで」

「うん、普通に考えて君が一番野球が上手い。

っていうかやってるんでしょピッチャー」

「やったことないですよ」

「え」


あれ?


「二刀流って言ってなかった?」

「はい、センターとライトの二刀流です」


センターとライトの二刀流…は普通の外野手だな。

うん。


「でもまあ君が一番適任だろう。

いけるところまで全力で飛ばしてってくれ」

「わかりました」


おそらく肩も強かろう。


いよいよプレイボールだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


河村君の立ち上がりは上々で、初回を三者凡退に切ってとった。


野球部の攻撃、先頭の二刀流男河村がセンター前ヒットで出塁。

すかさず二盗を決めてノーアウト二塁のチャンス。


2番の私がセカンドゴロでランナーを進めると、3番久留米ちゃんがきっちり犠牲フライを上げて1点先取した。

1ヒットで点を取る効率的な攻撃だ。


4番野球怪人マサオカがフォアボールを選び、5番高橋も振り逃げで出塁。

そして6番は秘密兵器、助っ人外国人こと留学生のガルシアだ。


「へえ外国人まで用意したんだ。頼もしいね」


気づくとオコエさんも観戦している。

きっとヒマなのだろう。


「初回からビッグイニングの予感でしょ」

「んー

あの人どこ出身?」

「フィリピン人だよ」

「フィリピンて野球盛んだったっけ」

「それなり」


「ストライクバッターアウト」


ガルシアはフルカウントまで粘ったが、ダメだった。

欲を言えばキューバとかドミニカあたりがほしかった…


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


その後も河村君の剛球が冴え渡り、ずっと得点を許さなかった。


こちらは3回裏一死、一塁ランナー河村君が走って空いた一二塁間を私が抜いて一三塁。

続く久留米ちゃんがスクイズを決めて2点目。


5回裏一死、二塁ランナー河村君を私がファーストゴロで進めて久留米ちゃんが2ランホームラン。

これで0-4に。


7回裏二死一塁、私のライト前ヒットの後久留米ちゃんフォアボールで満塁。

ここで一気に勝負を決めたい。


「ピッチャー交代」


囲碁将棋部も勝負所と踏んだようだ。

モブから別のモブに交代、投球練習を始める。


「えっ。

見て、あれ」


まさか、こんな切り札が…

リリーフに出てきたのは、左のサイドスローだった。

文化部の即席チームに?


とはいえ野球の申し子正岡子規(の紛い物)、簡単に打ち取られるはずがない。


「はっ」


だが怪人マサオカは、左打ちだった。

背中から外に逃げる球に手も足も出ず、クソボール3つ振ってあっさり終わった。


「ぐぬぬ。人間ごときが生意気な…」


ここまで野球怪人が思いの外役に立ってない。

最初こそフォアボールで出たものの、あとは3三振。

ついでに外国人枠ガルシアも不発。

野球部高橋も案の定不発だ。


逆に予定どおり活躍してるのが河村君。

予想以上なのが久留米ちゃん。

私はそこそこの内容だが、どうやら流し打ちが上手いことがわかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


試合はついに最終回。

4点差は安全圏に見えたが、ここへ来て好投の河村君がついに捕まる。


あと一人というところから三連打で満塁、さらに二者連続押し出しで2-4に。

内野陣がマウンドに集まった。


「もう降板させてください」


さすがにスタミナが限界にきたか。


「これ以上チームに迷惑をかけたくない」


ではどうする。

怪人は正直期待できないし順当に考えれば久留米ちゃんか。

しかしこんなプレッシャーのかかる場面を押しつけるのは気が引ける。


「…高橋、いける?」

「おいおい、俺がいかないで誰がいくんだよ」

「高橋」


その自信はどこから来るんだ。

でもここはやはり野球部の人間が決着をつけるのが筋だな。


「よし、任せた」


最後の一人くらいなら勢いで押し切れるだろう。

…なんだかオコエさんみたいなこと言ってる気がする。


試合再開。


あっという間の三連打であっさり逆転を許した。

本当に役に立たない。


さらにバッターは囲碁将棋部部長。

甘く入った初球をとらえた!


打球はレフト上空、ライン際だ。

ふらふらとさまよって…


「ファール」


ギリギリ切れたー。

三塁塁審は大きな仕事をしたな。

と、感心してばかりいられない。


「タイム!」


再び内野陣をマウンドに集める。


「フェアだったら終わってたぞ高橋」

「さすが囲碁将棋部のインテリジェンスといったところだな」

「九分九厘フィジカルだよ」


ダメだ、打たれる未来しか見えない。


「ちょっとあんた、来て」


マサオカの首根っこを捕まえて輪から離れる。


「あんた野球怪人でしょ。なんかとっておきの超常的パワーとかないの」

「そうだな。微力だが念じることでボールの回転を止めることができる」

「回転を止められるからって何になるのよ。

…ナックルになるじゃねーか!」

「ああ。今もホームランになりそうだったから一か八か回転を殺してみたんだ」

「すごい、お手柄!」


思ったよりすごいかもしれない。


「わかった、この後全部高橋の投げる球無回転にして」

「なるほど、承知した」


急いで輪に戻る。


「ねえ高橋、今まで黙ってたけどあんたにはナックルを投げる才能がある。

だからこの後全部ナックルでいこう」

「ええ~。そんなバカな」

「どうせこのままじゃ打たれるんだから何でも試してみりゃいいのよ!」

「確かに」

「で久留米ちゃんはごめん、必死で止めて」

「わかりましたお姉様、見ててくださいね」


そうだこの子こういうキャラだった。

でもやたら頼もしいのはなぜだ。


試合再開。


2球目は揺れに揺れて空振り。

見事ミットに収まった。信じられん。


あと1球。

次の球も大きく揺れて空振り、ワンバウンドするのを久留米ちゃんが身体に当ててはじいた。ボールは三塁方向へ。

これは振り逃げになる。


やっとボールに追いついた。もう間に合わないか。

素手で拾って低い姿勢のまま一塁へ矢のような送球、アウトだ!

すごい、もう野球部に入った方がいい。


そしてまだ言うべきことがある。


「高橋、ああいうときはピッチャーがホームに入るんだよ。無人になっちゃうでしょ」

「確かに」


なんで野球部員にこんなこと教えなきゃならんのだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


裏の攻撃。

8、9番とあっさり倒れて崖っぷち。


「2アウトからだ。1点くらいすぐ逆転できるぞ!」


高橋が鼓舞する。

いいぞ、何もできないんだから声くらい出していけ。


頼れる男河村君が意表をつくセーフティバントで生きる。

重大な局面で打席が回ってきてしまった。


私は冷静にキャッチャーの位置を見極めスイングをミットに当てる。

打撃妨害で後続に繋いだ。


二死一二塁で久留米ちゃん。

長打で私が還ればサヨナラだ。責任重大の場面が続く。


頼んだぞ妹分。

大丈夫、今日の君は神懸ってる。ホームランも打った。

左のサイドスローからだってきっと打てるはずだ。


…左のサイドスロー?


「申告敬遠で」


しまった敬遠されたー!!

サヨナラのランナーを二塁に進めてしまうもの気にせず敬遠。

怖くないバッターは誰か実によく理解している。


7回に続き満塁でマサオカ。

頑張れ、野球怪人の意地を見せろ。人間なんかに負けるな。

一二塁で敬遠なんてこんな屈辱的なことはないぞ。


正直野球部がどうなろうと私の知ったことではないし盛り上がりにも満足しているが、このまま終わったらこいつを連れてきたあげく4番に推した私の責任問題になってしまう。

だから1回くらい打ってくれ!ヒーローになるんだ。


あーダメっぽい。ガチガチに緊張してるじゃん。

あの背中から逃げてく球が全然打てない。

簡単に2つ空振り。


3球目も同じ軌道で…と思ったら、球が揺れ出した。

これはまさか…


空振り、しかしキャッチャー捕れずに後逸。

回転を止めてナックルを投げさせたな。これは起死回生の妙手。

いや無我夢中でたまたま発動したっぽいな。ピッチャーと同じくらい驚いてるもん。


「走れ!振り逃げだ!」


ハッとしてマサオカは一塁へ、ピッチャーはホームへ走り出す。

三塁ランナーが還った、同点だ!


いやバッターが生きないとこの得点は通らない。

間に合うか?

キャッチャーが一塁へ放る。足が遅い。終わった…


そのときまたしても、ボールが、揺れた。

惰性で三塁を回っていた私はファーストの落球を確信し全力で駆け出す。


ファーストがボールをはじく、転がっていく。

バックホームすらさせず一気にホームを駆け抜けた。


逆転・サヨナラ・2ラン・振り逃げの完成だ。


「やったー!」


高橋が叫ぶ。

野球部の皆さんおめでとう。

実に劇的で、鮮やかで、締まらない幕切れとなった。


まあ私としてもいい野球回になった。

しかもサヨナラのホームを踏むなんて出来すぎだろう。


「河村君ごめん。君の勝ち投手を横取りしてしまった」

「いえ、オレの出したランナーですし、勝てたことが何よりです」


どうでもいいことを気にする高橋と模範生すぎる河村君。

この子がちゃんと幸せになれるようにお姉さんは微力を尽くすぞ、と心に誓った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


しばし皆で勝利の余韻に浸っていると囲碁将棋部の部長に話しかけられた。


「1つ確認したいことがある」

「うん?どうかした」

「試合のダイジェストを確認したんだが、どうも辻褄が合わない」

「つじつま?」


何を言ってるんだ。


「初回の野球部の攻撃は6番で終わったな。

で、2番を打つ君の第2打席が3回の一死一塁だ。

理論上これはあり得ないんだよ」


最短だと2回789番が三者凡退、3回2番目のバッターが私か。

ああ、確かにこれは無理だな。


「つまりこの間で誰かが打順を追い越されたものと考えられる」


…いや、たぶんダイジェストが雑に書かれただけだと思うぞ。

しかしそんなメタ的なことを言う訳にはいかないし。


「確か野球のルールでは、打順を間違えられたバッターはアウトになるんじゃなかったか」


おっとまずいな。話があらぬ方向に。


「待ってください」


河村君が入ってきた。


「仮に間違えていたとして、指摘してアウトにできるのは次のバッターに投球するまでです。

投げた後ではもう何もできない。公認野球規則6.03bの『打順の誤り』に書かれています」


おお~そうなのか。


「そうか、一応確認しておくが…

野暮なことを言ったな」


部長は去った。

この少年、一体どこまで有能なんだ。

いざってときに身を助けるのはメタ読みじゃなく野球知識ということだな。


「よし、野球部の勝利を祝して、ここで私から一句」


怪人が何か言い出した。


「よっ、サヨナラ男」「ヒゲ坊主っ」

「まかせなさい」


……。


「古池や古いイケアじゃないですよ」


……。


古池やは芭蕉だよな。

こいつはもう始末していいかな。

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