三章 魔法少女代理はじめました

そんなことを考えながらの帰り道、私は珍しい動物を目撃した。

イタチかな?


「こんにちは、どこへ行くの」


柄にもなく小動物に話しかけてしまった。

はずい。


「じゃあお前でいいや。ちょっと手伝ってほしいんだけど」


珍しい動物が話しかけてきた。

珍しいにも程がある。


「えっ、何、こわっ、インコ?」

「インコではなくオコジョだ。お前を魔法少女的なものにしてやろう」

「結構です」


たぶん関わらない方がいい。スルーして帰ろう。


「こんなかわいい動物が困ってるんだぞ。助けようとは思わんのか」

「だって怪しいもん」

「でも、ほら、魔法少女は女の子の憧れだよ?」

「もうそういう歳でもないので」

「3か月だけでいいから」

「新聞の勧誘かよ」

「ホント3か月だけ。レギュラーの子が戻ってくるまでの繋ぎで」


あんまり聞いたことない形だな…


「つまり私じゃなきゃいけない訳じゃないのね」

「世の中大半の人間は替えがきくんだよ」

「じゃあ私が選ばれたのは」

「ちょうどいいところに通りがかっ…

押せば押し切れそうだからだ」

「言い換えた意味がない!ウソでも褒めろよ」


と言いつつ短期間なら記念にやってみるのも悪くないと思ってる自分がいる。

案外ラッキーなめぐり合わせなのかもしれない。


「しかしまあ、そんなに言うなら手伝ってやってもいい」

「よし、お前をマジカルピュアレディ代理に任命する」

「よろしくね。

私は蔵本智叡」

「オコジョのオコエだ」

「オコェ…

オコエさんの姿は私以外にも見えるの」

「見える」

「しゃべってるのは普通に聞こえるの」

「聞こえる。

そんなファンタジーみたいな話はない」

「程度の問題だと思うよ」


うっかり人前で会話しないように気をつけなきゃ。


「で、前任のピュアレディは留学にでも行ったの」

「いや産休をとってる」

「産休?魔法少女が?!

えっ何歳よ」

「15歳だ」

「何も言えねえ!」


テレビだったらクレーム殺到してエラい騒ぎになるぞ。


「まあ多様な主人公像と考えれば悪くない、教育的な内容と言えないこともない。

それにシングルマザーが活躍するのはいいことだろう」

「もうシングルが確定してるのね…」

「ちなみに代理が敵の幹部とかやっつけちゃうとあんまりよろしくないから、なるべく敵を倒しすぎないようにというか、現状維持を心がけてくれ」

「シビアなファンタジーだなあ」

「そうそう、変身するときはこれを使え」


そう言ってオコエさんはいかついベルトを渡してきた。

はいはい、専用のアイテムね。

…ベルト?


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「おい、ちえ。さっそく怪人が近いぞ。

ベルトに反応がある」

「うん?」


Kのランプが点灯している。


「Kは怪人のKだ。反応が弱いのはまだ覚醒してないからだろう」

「怪人のK…」


率直に言ってダサい。


「その怪人をどんどんやっつければいいのね」

「やっつけるというか浄化するんだ。

怪人は寄生した人間の負の感情に反応して身体を乗っ取ってしまう、それを追い払う」

「オーケー。

にしてもこんな近所に敵がいるなんて不思議な気分だわ」

「遠くの世界の出来事だと思ってたのか?

当たり前に見える日常の平和は警察や自衛隊や魔法少女が支えているんだ。1つ勉強になったな」

「さいで」

「あっちだ」


導かれるまま川原にやってきた。今はあまり人の気配がない。

座って休んでいる少年にとりあえず話を聞いてみる。


「やあどうも、野球の練習中?」


足元にバットが転がっている。


「え、はい。

なんだか集中できなくて」

「そうか。小動物でもなでて気分転換するかい」

「シャー!」


なんかわからんけどやめろと言ってる感じはする。


「二刀流を始めたのがまだうまくいかなくて苦労してます」

「なに、挑戦は大きいほど困難にぶち当たるものさ」


うっかりピュアレディを始めてしまった私も他人事ではない。


「とはいえ頑張りすぎては身体を壊す。行き詰まったら休むことも大切だよ」

「そうですね。

でもあんまり家には帰りたくないな」

「家では休まらないの」

「父さんが再婚したんだ。継母は優しい人だけど、やっぱり気を遣うよね」


なるほどステップファミリーか。

魔法少女やってるとこういう教育的な題材に遭遇するんだな。


「いわば父さんは母さんと継母の二刀流なんだよ」

「?」


この場合一刀置いてから次の一刀なんじゃないかな…

え、二刀だった時期があるの?

いや絶対訊けないけど。


「あと継母はやたらオレを宗教に入れようとしてくる」

「!!」


デリケート度が跳ね上がったぞ。子ども番組がここまで踏み込んだらいっそ褒めたい。

しかしもちろん私の手には負えぬ。


「まあなんだ、勧誘するのは自由。でも強制するのはいけない。

強制されたらもう虐待だから警察に行こう。私が一緒に行ってもいい」

「うん、ありがとう。もういっぱいいっぱいで…

う、うおおおおおおお!」

「え、え」


急に少年が衝撃波をまとい始めた。


「離れろ、こいつが怪人だ!」オコエさんが叫ぶ。

「そういうことなのね?」

「すぐ変身するんだ」

「うん。…どうやって?呪文は呪文」

「そんなものはない!ただ『変身』と叫べ」

「味気ない!」


というかコンセプトがブレている。

だがそんなことを気にしている場合ではない。

全神経を集中する。


「変身!」


その瞬間私はまばゆい光に包まれた。

天使たちの歓喜と祝福を全身に感じると、高揚感に満たされるとともにそれっぽい衣装になっていた。

すごい、科学が未解明の領域ってこんなに身近にあるんだ。


「え、この状態で服が破れたら元の服はどうなるの」

「つまらないこと気にしてないで敵に集中しろ」


そうだ敵は。

正面を見るとスキンヘッドで和服のおっさんがどっしり構えていた。


「これが、怪人…」

「現れたなマジカルピュアレディ。ずいぶん早いじゃないか」

「……」


「あの、オコエさん。こっちの担当が変わったこと認識されてないみたいなんですが」

「まあ所詮は怪人だからな。末端まで顔の情報共有がされてないんだろう。

説明するのも面倒だし黙って押し切るぞ」

「了解っ」


なんだかやるせないけれど。


「ではあらためまして、私こそマジカルピュアレディ」

「フン、私は野球怪人マサオカシキューシキ。

地獄の千本ノックの餌食にしてくれるわ」


そう言うや否や怪人は何もない空間からバットとボールを取り出した。

すぐさまノックを痛烈な打球で次々繰り出してくる。


「わっ危ない、やめろ」

「どうした、ただ避けるばかりでは野球は上達せんぞ」


そう言われても逃げる以外に手がない。


「ねえオコエさん、私まだ戦い方教えてもらってないんだけど」

「指示待ち人間だからそうなるんだ。事前に自分の頭で考えて積極的に動け」

「教育的指導は後で!」

「いいかよく聞け。

マジカルピュアレディの能力はイメージを具現化する力だ。戦いに必要なものを心に思い描けばそれは実体をもって現れる」

「イメージね、わかった」


今必要なもの…ボールをさばくためのグローブ。

グローブさえあれば…!


すると私の左手にミズノのグローブが出現した。

特にメーカーは指定しなかったんだけど、無意識の影響かしら。


「これで形勢逆転だ!お前の打球などすべてキャッチしてやる」

「捕れるものなら捕ってみろ!」


ノックはさらに勢いを増す。


「ぎゃっ」

「あ痛っ」

「うがっ」


全然キャッチできない…ショートバウンドってどう合わせればいいの。

こんな売れないピン芸人みたいな名前のやつにボコボコにされるなんて、屈辱だわ。


「下手だなー。

グローブあってもお前がヘタクソじゃどうもならんぞ」

「わかっとるわい」


小動物がヤジってくる。


「柿くへば捕球下手なりこの球児、ってか」

「うるさいっ」


怪人は調子に乗って俳句まで詠み出した。

そういえば俳人だった。


とにかくこのままではジリ貧。もっと強力なイメージが必要だ。

出でよ、守備の名手、守備の名手…


すると私の目の前に川相選手が出現した。


「あとは任せろ」


そう言って守備の体勢に構える。

さすが川相、すべての打球を難なく処理していく。

さすが川相である。


「ナイスプレー」


「くっ、なかなかやるようだな。

ではこれならどうだ」


今度はバットを使わずボールを次々放り投げてくる怪人。

あんな速い球をぶつけられたら悶絶必至だ。


「ふっ、大したことはないな」


川相は颯爽とバットを取り出し、すべてバントで受け止める。


「勢いを殺すことこそバントの神髄」


さすが川相である。


「でも受けてるだけじゃいつまでも倒せないよ」


美技を理解しない動物が何か言ってくる。

しかしその通りではあるな。


何か攻撃に転じる一手を。

相手は野球そのものだ。

つまり倒すにはサッカーしかない。出でよ、サッカーの神、サッカーの神様…


すると私の目の前にペレが出現した。

神というか王様だが問題ないだろう。


「あとは任せろ」


流暢な日本語でそう言うとペレは怪人の元へ歩いていって話し始めた。


「おいお前、野球ふぜいが粋がるな。フットボールの方が偉い」

「なんだ貴様」

「野球なんて北米でしか人気ないじゃん。

しかも本場のアメリカ合衆国ではアメフトに押されてるんですが。ぷぷっ」

「ガーン」


すごい、しゃべりだけで怪人にダメージを与えた。

あんまり印象はよくないけども。


「だがサッカーなんてロン毛のチャラい若者がやるスポーツ…」

「違うな。ロン毛は好きなスポーツを選ぶことができる一方、お前のようなスキンヘッドは野球しか選べないのだ!」

「ガガーン!」


怪人はもう虫の息だ。

サッカー選手にも坊主いたような気がするけども。


だいぶ弱ったのか怪人が少年から分離した。

なるほどこういうシステムか。


「今だ、トドメをさせ」


オコエさんが吠えると、ペレの足元にサッカーボールが出現した。軽く蹴り上げてシュート態勢に入る。

てっきりトドメは私がやるもんだと思ってたわ。失敬失敬。


「待て、最後に俳句、辞世の句を詠ませてくれ」

「問答無用シュート!」


ペレの右足がボールを捉える。

ちょっと待って!

出でよ、キーパー…


すると怪人の手前に川口が出現した。

だいぶカオスな空間になったな。


「やらせん」


シュートを真正面で受け止める川口。

両腕の中でボールはしばらく回転を続け、やがて止まった。


「王様のボールを受けられて光栄ですよ」


よかった、なんとか間に合ったようだ。


「何をやってる!」

「まあまあ」


おこのオコエさんを制して私は怪人に歩み寄る。


「なぜ、私を助けた」

「あなた野球が好きなのよね。

ちょっと助っ人頼まれてくれないかしら」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「まったくメチャクチャだ。怪人をスポーツに誘うなんて前代未聞だぞ」


帰り道、オコエさんの説教を受ける羽目になった。


「あいつがいれば野球回がやれるの。

メンバーに正岡子規いたらドリームチームじゃん」

「ただの子規っぽい怪人だけどな」

「野球少年の協力も取りつけたし、流れは来てるって」


彼の名は河村君、ボーイズリーグのチームに所属する中学生らしい。

年下とはいえガチ勢なので戦力としてかなりあてにできる。


「それにしても変身の言葉あれだけ?

関係ない場面でうっかり『変身』、て言ったら発動しちゃうんじゃない」

「うん、気をつけた方がいい。

ぶっちゃけ今強めに言ったのも危なかったし、メールの『返信』とかでもちょっと危ない」

「改善してよー。

すぐ暴発する銃持ち歩いてる気分だわ」


それ含め今後の身の振り方をいろいろ考えなきゃいかんなあ。


「でも英雄召喚できるのはすごいね。まるで霊を下ろすシャーマンだよシャーマン」

「川相も川口も生きてるけどな」


いろいろじゃない、まず真っ先に考えるべき問題があった。


「ところでオコエさんって野良オコ?家オコ?」

「そんなネコみたいに…

誇り高いオコジョが人間に飼われるなどということはない。

だがこんなかわいい動物がいたら飯と宿を提供するのが人の道というものだろう」

「飼われる気満々じゃない。

じゃあしょうがない、ちょっと店寄ってくから近くで待ってて」

「どうした」

「親に話を通す」


家の近くに店舗を借りている。

用があるときは直接訪ねるのが習慣だ。

考えてみたら別に電話で済むのだが、今日はペット案件だから直がいいだろう。


ラーメン屋の戸を開ける。


「いらっしゃいませ」


…知らない女の子だ。


「あ、いや客じゃなくて」

「おう、ちえどうした」


カウンターから父が顔を出す。

とりあえず話を済ませよう。


「友だちからペット預かったんだけど3か月ほどうちで飼っていい?」

「いいぞ。何の動物だ」

「オコジョ」

「オコジョ、って何だっけ」

「イタチの仲間だよ」

「イタチ、って何だっけ」

「……」


我が家はだいたいこんな感じだ。

まあ何の動物か聞く前にいいぞと言ってしまう大らかさを美点と考えよう。


「で、あの子は何」

「ああ、バイト雇ったんだ。

特に募集してなかったけどテレビで見て素敵だと思ったなんて言うから、もう雇うしかないだろ」


ウソでしょ、あれを気に入った人がいるの?

いや放送チェックしてないけど。


「大丈夫なの、こんな流行ってない店で」

「あんまり大丈夫ではないが若いお嬢さんがいれば活気が出るし、客が釣られて来るかもしれん。

何なら同伴して来てくれるかもしれん」

「風営法に気をつけてよ」


というか若いお嬢さんなら私がいるじゃないか。

いや、私は店に出たくない。譲る。


「えっ何歳なの」

「16歳ですよ!」


女の子が話に入ってきた。


「この方がちえさんですね」

「おう」


もう家族を把握してるのか。懐に入るのが早いな。


「はじめまして久留米です。ここで働かせていただいてます。

お姉様と呼んでもいいですか」


めっちゃグイグイくる。

ちょっとだるいかもしれない。


「え~っと、あなた野球はできる?」

「特に得意というほどでは。

あ、でも肩はまあまあ強いですよ」

「じゃあ許す。キャッチャーやってくれ」


ということで妹分ができました。

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