一章 ミステリ的な展開が見える
私の名前は蔵本智叡(ちえ)。ちょうどいい感じの17歳だ。
「叡智」をひっくり返して智叡だが、つまり逆とも言えてしまうしその系統なら「知恵」でよかったんじゃないかと思う。
口頭で説明できない、というかできても相手が書けない。
というかたぶん親も書けない。そんなバカな。
え、これ私が進めていいのよね?
何あの序章の気持ち悪い語りは。しかも説明不足。
なんか私が料理対決の真理を知ってるみたいに聞こえるけど料理なんか知らん。
まったくそういう話ではない。
私の特性はこれが作られた世界であると認識していること。
認識してて多少メタ読みできるというだけで未来がわかったりする訳ではない。
実際のっけから外したし。
いや序章はサクッと能力で解決するエピソードであれよ!何もいいところなかったじゃん!
後攻が料理準備するタイミングってどうなってるんですか。
店がヤバいので急遽つけ麺を始めることを提案、ひとまず真新しさと伸びない麺アピールでだましだまし食いつないでいる。
これが私のインテリジェンス。
それはともかく、
親戚が急に行けなくなったという南の島探索ツアーへ代わりに行くことになった。
欠員が出たらまずいものではないがキャンセルするのももったいないとのことで、私が興味を持ちそうと思われたのかもしれない。
現在本土と島を結ぶチャーター船に乗り込んでいる。
数人いる客は皆同じ目的地だろう。
島に一応の宿泊施設はあるものの常に人が住んでる訳ではないらしい。
こういう機会にだけピンポイントで利用されるというところか。
なぜそんな場所に人が訪れるかというと――
「一人で来たの?」
若い男に話しかけられた。
「ええ。あなたも?」
「うん。宝があると素直に信じちゃいないけど冒険だけで楽しいからね」
島の名は舞象島。江戸時代にイギリスの支配を逃れて流れ着いたインド人たちが象の神を祀ったことに由来するらしい。
正直この時点で無理があるというか、にわかに信じがたい話なのだが(東南アジアじゃダメだったのか)
インド人の持ち込んだ宝が眠っているという伝説に至ってはもはやファンタジーだ。
「私もほぼ冷やかしだな。そこまで夢持って生きてないわ」
「若いのに冷めてるんだなあ」
今度はメガネの女が入ってきた。
「恋人どうし?」
「いえ初対面です」とりあえず私が答える。
「あなたはガチ勢なんですか」
「まあね。私は記事さえ書ければいいから誰が発見しても構わないんだけど」
そう言って名刺を差し出す。
河野天音…フリーのルポライターらしい。
「舞象って珍しい名前だと思わない?」
「インド人なら年中踊ってるんじゃないですか」
「それは偏見だよ。
お宝が埋蔵されてるマイゾウに当てた字ってのが業界の共通認識よ」
「業界って」
メガネ女が目くばせする。
確かに船内にはトレジャーをハントすることに長けてそうな人の姿がちらほら。
「呪いもあるんですよね」男も会話に加わる。
「まあ宝にはだいたい呪いがつきまとうものだからね、ラッピングみたいなものよ」
ずいぶん軽い調子で言うなあ。
まあガンジーの国だから、何かあっても謝れば許してくれる気がしないでもない。
「ところで」私は気になっていたことを口にしてみた。
「あのおじいさんもハンターなんでしょうか」
島に着いても一日日向ぼっこしてそうな高齢者の姿がぽつんと船内に。
「スタッフって感じでもないですよね」
「別に老人がギラギラしてたっていいじゃないか、高齢化社会だもの」
今度はおじさんが入ってきた。話好きな人が多いな。
おじさんは他のメンバーより多少身体能力が劣りそうだ。
「何か失礼なことを考えているな」
「気のせいですよ」
「それはともかくだ、
宝に釣られた奴らが呪いにやられた物騒な島だよ?
そんなとこに乗り込んでこうってんだからただの穏和なじじいのはずがない」
ん~そんなもんかね。
「そういうあなたもただの穏和なおじさんではないってことですか」若い男が加勢する。
「ならば教えてやろう。俺はアスカシン、中年探偵だ」
「探偵だって」
中年探偵は普通の探偵だろう…
「体力バカがいくら集まってもダメだ。最後は頭脳が勝つんだよ。
お嬢ちゃんもそう思うだろ」
「まあ、わりと」
私は運動もそこそこできるクチだ。
「この世は先手必勝の弱肉強食だ、誰がお宝にありついても恨みっこなしだぜ」
どちらかというと体力キャラが言いそうなセリフを残して探偵は去っていった。
後手をとって負けたばかりの身としてはいくらか刺さるものがある。
「ついでに名乗っとくか。僕は○○○○、大学生」
「蔵本智叡よ、よろしくね」
正直いちいち名前を覚えるのは面倒だ。
兄ちゃんは当面「好青年」ということでいいだろう。
そうこうするうち、船は島に着いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
舞象島は呪いなどという言葉のおよそ似合わないのどかな場所に見えた。
スタッフが迎えに来ていてまず宿に案内された。
広間で基本的な説明を受ける。
一応水道電気ガスは使えて、客を招ける態勢はできていると言える。
ただ携帯電話は諦めてくださいとのこと。電話したいときは宿の固定電話を借りる必要がある。
メンバーは先ほどの好青年・ライター・探偵と老人の他、色黒のマッチョとゴーグル男と蛇のタトゥーの女。
料理を出してもらえる予定だから今話しているスタッフとあと調理スタッフくらいはいるだろう。
「全体行動で引率するようなツアーではないので皆さん自由に過ごしていただいて構いません。
特に進入禁止のエリアもございません。
ただし自由行動中のお怪我などについて当方は責任を負いかねます。
冒険される際は十分に注意を払っていただきまして、適宜複数人で行動されるのもよろしいかもしれません」
しかしそんなに危ないもんなんかね。
崖とか洞窟とか水中なんかに手がかりがあったりするのか。
「何か質問はございますか」
「あ、はい。象神の呪いについて教えてください」
ライターのメガネ女が手を上げた。なんだか記者会見みたいだ。
「そういった話が存在することは認識しております。
しかしもちろん想像の域を出ないものですし、公式にお伝えするべきことは何もありません」
「ではあなた個人のご意見としてはどうですか」
う~ん。
ジャーナリストってやっぱりアレなんだなあ。
「科学を超えた現象を想像するのはワクワクします。
とはいえ皆さんが無事であってほしいというのが何よりの願いですね」
これくらいは想定問答だな。
そりゃ無事に過ごしてほしいと思ってるのは本当だろうけどさ。
「他になければひとまず解散ということで」
ということだ。
メンバーが散り出すや否や好青年に話しかけられた。
「蔵本さん」
「うん?」
「もしよかったら一緒に行動しない?多少は探索するでしょ」
「あー…その方が安全みたいな話だったなあ」
たぶん一緒にいて悪い気はしない。ドキドキするイベントに発展するかもしれない。
しかしこんなとこに一人旅に繰り出しちゃうタイプの人とあんまりつき合いたくない…
いや私だって繰り出しちゃってるから他人のことは言えんか。
何にしても気が早いな。とりあえずそのときはそのときだ。
「OK、荷物置いてここで落ち合おうか」
「よろしく」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いったん個室に移動する。
個室があるのはよかったが鍵がない…
冒険野郎しか来ない場所だからこれで十分ってか。
大した防音じゃなさそうだしヤバい奴が入ってきたらすぐ助けを呼ぼう。
本格装備には程遠いけれど一応探索するつもりで簡単な道具は用意してる。
あとは動きやすい格好に着替え――
「キャー!!」
絹を裂くような女の悲鳴。さっそくヤバい奴が現れたのか。
すぐ部屋を出て周りを見ると、斜向かいの部屋の前で探偵があたふたしている。
すぐ人が集まってきた。
「いや、すいません事故です。
部屋を間違えて開けたらちょうどご婦人が着替えの最中で」
「狙ってやったんじゃないの?」
マッチョがからかい半分に詰め寄る。
おっさん万事休すか。
「あのー本当に事故なので大丈夫です。
皆さんどうぞお構いなく」
部屋の中から声がした。
どうやらルポライターの人だ。
本人が言うならこれ以上騒ぐことはないか。
皆それぞれの部屋に戻っていく。探偵もスタッフの人と少しやりとりして去っていった。
…やはり鍵がないのは問題だな。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
注意しつつ着替えて好青年と合流、冒険を始める。
すぐに夕方・夜になるので本格的に動くのは明日以降だ。
まだ山には入らず海岸線から攻める。
ここ舞象島には確認されているだけで12の祠がある。
島の規模感からするとやたら数が多い。
「だからってインドなり宝なりに結びつく何かがある訳じゃないんでしょ。
想像力旺盛だよなあ」
「根拠が薄いのに伝承されてるのは事実だからって見方もあるよ」
「そんなもんかね」
人間は火のないところに煙を立てる生き物だと思うけれど。
「え~っと…」
「佐々木だ」
「佐々木君は冒険が趣味なの?」
「いや~そんなでもないんだけどね」
「うん」
「時間のあるうちに自分の足でいろいろ見て回りたいってのはあるな」
「自分探し的な?」
ベタではあるが個人的には冒険野郎より平凡な学生がいいわ。
「さあね。
ただ親が仕事継げって圧かけてくるからさ」
「何のお仕事なの」
「ほうとう屋」
ほうとう…何だっけ。果物?
伝家の宝刀?
「こっちの意志も尊重してほしいよな」
「そうねー」
現状は放蕩息子だな。
家業と親の圧がついてくる重めの物件になるかもしれん。
「あれだ」
祠が見えてきた。
「こんな感じなのねー」
といっても相場がわからない。
こういう百葉箱だと言われたらたぶん信じるだろう。
「開けていいのかな」
「大丈夫なはず。といっても、」
佐々木君が戸を開く。
中は――
「空なんだ」
「うん、元々何か入ってたんだろうけど確認できる記録とかないみたい」
なるほど。
多少の予習はしてきたようね。
「何か書いてあったりは」
「それはこれから見ましょう」
ということで360°見回してみたがこれといった発見はなかった。
「アイテム入手して中に置いたら仕掛けが作動するとか」
「意外と夢持ってるじゃん」
「ただのゲーム脳よ」
そこから近くの祠をもう一か所見てこの日は宿に帰った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
食堂で夕食をいただく。他のメンバーの姿もちらほら。
皆単独行動する方針なんだろうか。
佐々木君と一緒にいるところにライターの河野さんがやってきたので声をかける。
「一緒にいかがですか」
「あ、うん。それじゃ失礼して」
それじゃ一応聞いておくか。
「大丈夫でした?さっきの」
「え、ああ。めっちゃ謝られたわ」
「災難でしたね」
「今日は1人で回られたんですか」佐々木君が話に入る。
「うん、写真撮ったりしてきたよ。
明日は誰かに同行させてもらうのもいいかな」
と言って辺りを見回す。
黒マッチョと蛇タトゥー及びゴーグルはそれぞれ食事中で、探偵とおじいさんは見当たらない。
もう出たのかこれから来るのか。
「ところで」
この機会に聞いてみよう。
「呪いの実態はどんな感じなんですか」
「え、知らずに来たの。
まあ人それぞれか」
一応代打の物見遊山だからね。
「過去に不審死が2人、ケガ人と行方不明者多数」
「不審死ったって要は事故死でしょ。切り取り方の問題じゃないですか」
佐々木君も幾分メディアに対する不信感があるのかな。
「信じるかどうかは自由よ。
ただ象神様は人間の眼球を好むそうだから盗られないように注意することを勧めるわ」
「「げっ」」
嫌なことを聞いてしまった。今夜はうつ伏せで寝よう…
「うわー!!」
「ギャー!!」
こんなタイミングで悲鳴が聞こえてギョッとした。2つめの悲鳴は私だ。
「上だな」
「行ってみましょう」
総出で声の元へ向かう。
階段を上ると個室前の廊下でマッチョが怯えている。
「何があったんです」
探偵が問いかける。
「部屋に、バケツが」
バケツ?
「バケツがどうしたんです」
「カラスがバケツの水に…」
「確認していいですか」
さすが探偵、行動力がある。
「失礼、私も」
スタッフが先陣を切る。
あまり皆で野次馬するものでもないか。
いやカラスくらいならいいか。
部屋の真ん中にくたびれたバケツが鎮座している。
「カラスが浸かってますね。3羽ほど」
「カラスくらいで何よ、大げさな男ね」ヘビ女が毒づく。
「でもイタズラにしちゃ念を感じるぜ」探偵が拾った紙を見せる。
「あんたの私物ってことはないだろ」
紙にはプリントした文字で一行、
『ショクザイノジカンデス』
とある。
「あれ、カラスって食えるの?」
佐々木君がすごいことを言ってる。
今私の中であなたの評価が急降下しています。
「罪を贖う方のショクザイだろう。なかなかキナ臭いじゃないか」
「ま、まさかあいつが――」「オカダぁ!」
マッチョが何か口走るのをゴーグルが制する。
「臆病な奴は家に籠もってな。
何しに来たんだよお前」
「……」
あらためてオカダ氏の部屋を確認、他に異常は見られなかったがスタッフは部屋の交換を提案した。
「ひとまず本部に連絡を取ります。
局地的な嵐が発生しているようですので皆さん部屋に戻られたら窓を閉めておいてください」
そこで一度解散となった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
食欲をなくすほどのことではないので食堂に戻って残りを片づける。
こういうときこそしっかり食べることが大事だ。
「この島って住人はいないのよね。滞在できる小屋とかあるのかな」
佐々木君に問いかける。
河野さんは顔色悪く出て行ったが彼は残ってくれている。
「僕の知る限りはない。真冬じゃないからずっと外にいることは可能だけど、どのタイミングで上陸したんだって話にはなるな」
「なるほど」
ここで「内部犯だよね」とはっきり口にしない程度には私は人間ができている。
それに私たちと同じ船に隠れてやって来た不審者という可能性もゼロではない。
「ところであがなうってどういう意味」
そしてこの人はダメっぽい。
まあ贖う単体で説明しろと言われると案外悩むけれど。
スタッフの姿が見えた。
「あの、どうなりました」
「それが電話の調子が悪いのか繋がらなくて…いろいろいじってみてるところです」
これは、いよいよ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いったん部屋に戻り、忘れないうちに窓を閉める。
ゆっくり座って、深呼吸。
深呼吸。
深呼吸。
……。
これ人死ぬよね!!
絶対死ぬじゃん!
何なら複数人いくでしょ!
最後まで悪い予感のとおりに着々と積み上げられたなあ。
路線変更はありませんでした。本当にありがとうございます。
この後順当に冒険野郎勢が死んで、島から出られなくなって、探偵が解決するのでしょう。
めでたしめでたし。
…でいいのだろうか。
いや撮れ高的なこと言ったらそうなんだろうけど、私にとってはここが生きる世界な訳で、
人が死ぬのを黙って待ってる訳にはいかないよね。
ということで、あしからず。
「まだ誰も殺してない殺人犯を、取り押さえよう」
やるぞー。
ではどこから攻めるか。
まだ事件が起きてないため圧倒的に証拠が少ない。
凶器を用意しているなら1つの足掛かりになり得るが、冒険ツアーという性質上ナイフやロープを持ってても問い詰めることができない。
決め手がない以上、探偵や放蕩息子に協力を頼むのも難しい。
決め手はなくとも、私にはメタ読みがある。
順当に考えれば犯人は――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あなたですね、ルポライターの河野さん」
「何の話をしてるの」
昼間探偵のおっさんが着替えに鉢合わせた。
あれは茶番イベントと見せかけて犯行のヒントをつかむシーンというのが相場だ。
そこで気づかなくても後々生きてくる。
その細い線一本で勝負に出る私のメンタルの強さよ。
「テンプレートなやりとりは無用です。私の目的は犯人逮捕ではない。
カラス騒ぎ程度じゃ大した罪にもならないでしょ」
「……」
「あなたはこれから人を殺す。認めようが認めまいが私はあなたをマークして事件が起こるのを防ぎます。
つまり認めても認めなくても大差はありません」
「何それ気持ち悪い」
「罪に問えないし問う気もないので認めてくれた方がスムーズで手っ取り早いですが」
「そうなるの。
じゃあ仮定で、私が犯人予備軍だとしましょう」
「ありがとうございます」
「それで?」
理解のある人で助かる。
「いや一般論で恐縮なんですけど。
私は善良な一般市民なんで、人が被害者や加害者になる状況はなるべく回避したいと思う訳です。
思いとどまっていただくことはできませんか」
「世の中には生きる価値のない人間がいる」
「大切な人を殺されたんですね」
「…人殺しにも存在価値があると?」
「私にはわかりません」
その問いは少々荷が重い。
「法に則って然るべき裁きを受けさせることはできないのですか」
「何のために?」
「はい?」
「それは社会秩序を維持するための行為に過ぎない。
当事者にとっては何の意味もない」
「そう言われると何も言えないですよ」
「悪いわね」
「じゃあせめて島にいる間は待ってもらえます?」
「えっ」
じゃあ次善の策で。
「目の前で人が死ぬと寝覚めが悪いのでよそでやってください」
「え~っ!
何それ、よそならいいんかい!」
河野さんが吹き出した。
「そりゃよくはないですけど、しょうがないじゃないですか。
一生見張ってる訳にもいかないし」
「確かにねー」
「そもそも絶対この島で完結させようって肚でもないでしょ」
「ん。
なぜそう思うの」
「わざわざハードルを上げたからです。
殺すだけだったらあんなパフォーマンスして警戒させるより不意打ちでいった方が確実です」
「そうね」
「お前はこういう理由で死ぬんだ、と自覚させたい。もっと言うとシンプルに恐怖を与えたい」
「連続殺人をやる場合2人目以降は恐怖を感じられるだけの猶予がある。
でも1人目から揺さぶろうと思ったらプロローグを作る必要がある」
「もっとしっかり揺さぶってもよかったんじゃないですか」
「一応メッセージは届いたでしょ」
違いない。
やましいことってのは心の引き出しの浅いところに入ってるものなのかな。
「既にターゲットの行動圏は把握済みなんですね。
つまりこれは劇場型犯罪に近い」
「同情する気が失せた?」
「わかりません。
ただもし島で始めたら一気にやり切らないと途中で足がついちゃうかもしれませんよ。探偵いるし」
「なるべく事件は回避したいのよね?」
「何かあっても警察にはしゃべらないので私のことは殺さないでくださいね」
「説得を諦めたな…
まあ分が悪いのはわかったわ。ここではおとなしくしててあげる」
「恐れ入ります」
これにて一件落着か。
「それにしても、どうして私のことがわかったの」
「賢いからです」
「ふーん。
あー用意したトリック無駄になっちゃったな」
「メルカリとかで売ってみたらどうですか」
「未使用品です、ってか。
やかましいわ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌日。
昨晩からの雨で出られず部屋で様子を見ていると予想外の来客があった。
「こんにちは、少々よろしいかな」
じじい!
「何でしょう」
「昨日の話を聞いてしまってな」
「昨日のというと――」
「事件を未然に防いだ件じゃ」
うわー。
「あ、何か話していかれる感じですか」
「うん」
「じゃどうぞ」
この際聞こう。
おじいさんを部屋に招き入れた。
「お部屋隣でしたっけ」
「うん」
「壁が薄かったかなあ」
「まあ結構一生懸命聞き耳を立てた節はある」
「胸を張って言わないでくださいよ」
しかし別に私が聞かれて困る話はなかったな。
「本当にお手柄じゃった。わしからもあらためてお礼を言いたい」
「いやー先延ばししただけなんで、後でどうなるかはわからないですよ」
「それだけでもありがたい」
「はあ恐縮です」
それを言いに来た訳ではあるまい。
「賢いお嬢さんのことじゃ、わしがなぜこの島にやって来たのか気づいているのではないか」
と言われると正直予測はついてるけど、メタ読みで解いてもしょうがないから触れずに帰ろうと思ってたんだよなあ。
向こうから来ちゃった以上もういいか。
「何かしら宝のヒントを持ってる人ですよね」
「すばらしい、やはりわしの目に狂いはなかった」
だってそれしかないもんね。
「実はわしは島に流れ着いたインド人の末裔なんじゃ」
「マジですか」
「代々ご先祖様の遺した宝を見守ってきた。
しかし近年事故が起こったりしてとても危ない。
というか全然誰も宝に辿り着かないじゃん、ずっと待ってるのいいかげん疲れたのよ。
だから事件解決のお礼ということで、あなたにあげます」
「私情がダダ漏れだ…」
なぜだろう、あんまり嬉しい気持ちが湧いてこない。
「私なんかがもらっていいんですかね。
こう…博物館とか、国に寄贈するという手も」
「いや、是非ともお嬢さんにもらってほしいんじゃ」
「……」
こうして私は、伝説の宝であるカレーのレシピを受け取ったのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
それは元々宝という訳ではなかった。
一族の人間には今も伝えられ続けている。
ただ当時逃亡してきた者たちにはとても大切なもので、もし自分たちが滅亡してしまってもレシピは残るように書き留め、簡単には見つからない場所に隠した。
何かを隠したという事実とずっと発見されない歴史が作用し合って話が大きくなってしまったものらしい。
私は壁に描かれた現物を確認した。(埋蔵されてない!)
そんな大層な装飾等はなく、当然読めないので子どもの落書きだと言われたら信じるレベルだ。
河野さんにインタビューしてもらって宝がカレーのレシピだったことと書かれた場所を私が見つけたことだけ公表することにした。
提供者の意向に沿う形はおそらくそのあたりだろう。
しかし料理をしない私が持っていてもしょうがない、レシピは父の友人のヨシ坊にあげた。
そば屋でカレーもやってるらしいから多少は役に立つんじゃないか。
知らんけど。
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