八、Nさん


 こんな夢を見たのですと私は言いました。

「私は白い部屋に軟禁されていて、Nと呼ばれています。別の部屋には同じく軟禁されているらしい人達が居て、みんなアルファベットで呼ばれているのです」

 白い部屋には白いベッドが置いてあり、施錠された白い扉があり、天井近くの壁には白いスピーカーがついていました。

 そのスピーカーから「Nさん、ドアの前へ」と声がして、それに従うとドアに付属した小窓から食事をもらうことができました。

「その食事が、白米と具のないシチューなのです」

「そうですか」

 先生はかき氷に緑色のシロップをかけながら相づちを打ちました。

「やたらに白にこだわる夢ですね」

「はい。色が白とその陰影しかなくて、私は夢の中できっとここは清潔なのだろうと安心していました」

「軟禁されているのにですか」

「はい。私は不快だとか不安だとか、そういった感情は覚えていませんでした」

 回向先生は赤色のシロップを手に取り、先ほどかけた緑色の上からどぼどぼとかけ始めました。

「清潔は安心ですか」

「少なくとも夢の中の私はそう感じていました。それで、私の次の次の次のQと呼ばれる人の番になったのですが」

 私は白米にかかったシチューを食べながら、アルファベットの人間が順番に呼ばれるのを聞いておりました。

 しかし、「Qさんドアの前へ」から進まない。

 Qさん、ドアの前へ。

 Qさん、ドアの前へ。

 Qさん、ドアの前へ。

 進まない。ただそればかりが繰り返されます。それは即ち、Qさんが何度呼びかけてもドアの前へ行かないことを意味すると私は察しました。

「それを聞いて君はどう思いましたか」

「Qさん以降の人が永遠にご飯をもらえないのではないかと心配しました」

「そうですか。それで、どうなりました」

 そのあと何度かQさんへの呼びかけが続き、やがて数秒の沈黙が生まれ、その後スピーカーから聞こえる声は言いました。

 以後、Qさんは省略といたします。

 Rさん、扉の前へ。

「Qさん以降もご飯がもらえて良かったですね」

「はい、それは良かったのですが」

「ですが、ですか。何か不都合でも?」

「思い返せば私の前には、Dと、Gと、Hと、Jさんしか居なかったのです。みんな呼びかけに応じなかったせいで省略されるようになってしまったのでしょうか」

 もし、清潔で安心と感じるこの場で反抗心を芽生えさせたら。あるいは、従う意思があっても動けなくなるような要因があったのなら。

 それで不安を覚えたのですと語る私を見ながら、回向先生は黄色のシロップを逆さにして注ぐようにかき氷へかけました。

「先生、回向先生。かき氷の色がえらいことになっています」

「問題ありません、味は一緒です」

 先生はそう応じて私へ三本のシロップを手渡しました。

 私は自らのまだ白いかき氷を見て、それで。

「白を汚すことは恐ろしいですね」

 そう言いました。

「白が綺麗なものと思い込むのは簡単ですね」

 先生はそう返してきました。

 そうしてシロップでべしゃべしゃになったかき氷をスプーンで掬うのでした。

「私は思い違いをしていたのでしょうか。あの白い部屋が清潔で安全であると思い込んで、愚かでした」

「そうであったとしても君には何ひとつ問題はありませんよ」

「なぜですか」

「いい加減分かりそうなものですがね。鳥頭で察しの悪い君の名前はNではないからですよ」


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