七、葬列
こんな夢を見たのですと私は言いました。
「私の葬列が執り行われているのです」
回向先生は畳の上で仰向けに寝転がっています。ここから見えるのは先生の顎と、投げ出された四肢と、首元から流れて垂れる黒いネクタイでした。
「こう、棺を担いで、みんなで列をなしているのです。みんなでひょっとこの面をかぶって歩いてゆくのです」
「君はひょっとこの面が好きなのですか。繰り返される同じ話は、先生は嫌いです」
「確かに登場は二度目ですが、ひょっとこは好きでも嫌いでもありません。ただ、顔を隠すものの象徴として、私の中に根づいているのかもしれないだけです」
「そうですか。個人の判別をつけたくないとき、君は無意識下でその人にひょっとこをかぶせるのですね」
先生は寝返りを打つように身を転がし、傍らに転がっているたくさんのお面の中からひとつをひょいと持ち上げました。
「これは何に見えますか」
「狐のお面に見えます」
「これは」
「般若」
「これは」
「おかめ」
「これ」
「犬」
「これ」
「地方のゆるキャラ。……回向先生、何をなさっているのですか」
「これだけ面があってもひょっとこがない」
先生は手にしたお面を放り投げ、まただらりと畳に腕を投げ出しました。
「先生は匿名になれませんね」
「先生は、匿名になりたいのですか」
「いいえ、ちっとも」
それで葬列はどんなあんばいでしたかと先生は私に問いました。
「気分のいいものではありませんでした」
「なぜですか」
「みんなひょっとこだったからです」
私の棺を持ちみんなはひょっとこの面をつけていました。
棺の小窓から覗く私だけが目を閉じ顔を晒していました。
「自分だけが顔を晒す不平等性に気分を害しているのですか、君は」
「いいえ、私は、みんなが私を弔うことに匿名性を求めていることが不愉快でした」
「みんなが君を恥と思っていると?」
「そう感じました」
みんな私を弔っていると周囲に知られたくはないのでしょう。私のようなものを弔っていると知られれば、嘲笑の対象となり仲間はずれにされるのでしょう。
だからみんな、ひょっとこをかぶるのです。
「なのに葬列は執り行うのですね」
「死者は尊厳が守られないなら生者と大差ありませんから」
「その話も二度目ですね」
「はい。なので、みんな私が生き返っては困るのです」
だから匿名の武装をして私を弔うのです。弔うことで私を殺すのです。
「妙に怒りますね」
「私は、私以外に私を恥とされるのは、嫌です」
「そうですか」
「回向先生は、これからどなたかの葬儀へ行くのですか」
「帰ってきたところです」
「どなたの葬儀だったのですか」
先生は体を起こし、視線を落として畳に細長い指を這わせました。
「夏祭りです」
お面が散らばる畳と、そこに這う回向先生の指と、猫背に胡座をかく先生の首から垂れる黒いネクタイ。
「これらは夏祭りへの弔辞の欠片です」
「お面がですか」
「ええ、はい」
先生は這わせていた指を狐面までやって、どうでもいいゴミを扱うように指先で弾きました。
「言語外の弔辞の欠片です。先生には不要なものです」
「先生、先生は」
「はい」
「その葬儀でひょっとこをつけましたか」
「いいえ」
「私の葬儀でも、ひょっとこをつけずにいてくれますか」
「君は、そんなことは気にしなくていいのです」
先生はまたいつもどおり、顰め面のまま笑いました。
「君は死んでいないのですから」
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