六、新郎さん
こんな夢を見たのですと私は言いました。
「私は結婚式を間近に控えた新郎さんなのです」
その夢の中で、誰もが私を新郎さんと呼びました。仲の良い友人や肉親ですら、私をカシマとは呼びませんでした。
「へえ。そうですか」
先生は線香花火を五本持ち、同時に火をつけました。
五本まとめて火をつけられた線香花火は、その役割としておおよそ正しくはないであろうと感じるほどごうごうと燃えました。
「回向先生、手、熱くはないのですか」
「熱くなった瞬間そこのバケツへ放ります。花火をするときは水の入ったバケツを用意しろと君も聞いたことがあるでしょう」
「そうですか。では、安心ですね」
「それで、結婚式はどうでしたか」
「できなかったのです」
「新郎なのにですか」
「はい。私は新郎であったのに、結婚式ができなかったのです」
私は確かに新郎さんでした。周りも私をそう呼んでいたし、私も確かに自分は結婚式を間近に控えた新郎であると認識していました。
花嫁を迎えに行き、結婚式を挙げるはずだったのです。
夢の中で私は車の助手席に乗り込み、花嫁の元へ向かっていました。運転手はなぜかひょっとこの面をつけていました。
先生が「あちち」と言ってごうごう燃える線香花火の束をバケツへ放り投げました。
五本の線香花火の尊い命が、本来の役割も果たせず、まとめて失われました。
「夢の中でも車で移動している道中、外で花火があがりました」
「打ち上げ花火ですか」
「はい。とても派手で華やかで」
これが永遠であればいいと思いました。
そう言うと先生はそれを鼻で笑いました。それからまた、線香花火を五本手に取りました。
「なぜですか」
「これが永遠であれば、また戻ってきて花嫁に見せてあげられますから」
「なるほど」
「そうして花嫁の元へ私は行ったのですが」
線香花火でしたと私は言いました。
何がですかと先生は問いを返してきました。
「花嫁が」
「君は線香花火と婚約したのですか」
「夢の中ではそのようでした。けれど、線香花火なのは、別に良かったのです。でも火がついてしまっていて」
およそ人間ひとりくらいの大きさをした線香花火。それが私の花嫁でした。
そしてしなだれたその先端には、人間の頭くらいの大きさのオレンジ色をした玉が煌々と燃えていました。
「彼女の頭は、頭というかそのオレンジの玉はもう今にも落ちそうなのに、私にはどうすることもできないのです」
やがてぱちぱちと火花が散り始め、ぼとりと玉が落ちました。
地面に落ちたそれはじゅうと焦げた音を立て、やがて光すら失われました。
「それは彼女の死であると君は解釈していたのですか」
「いいえ、分かりません。夢の中の花嫁にとってそれが何を意味するのか、私には夢の中でも今でも分かりません」
ただ、着ていた真っ白なタキシードが焦げてしまったから。
なので私は、新郎であるにも関わらず結婚式を開けなかったのです。
それから私は首の短くなった花嫁を連れて先程の打ち上げ花火が見えた場所まで戻りました。
「花火はまだやっていたのですか」
先生は私にそう訊ね、五本持っていた線香花火のうちの一本を私へ手渡しました。
「はい。打ち上げ花火はまだ続いていました。終わることなく、絶えることもなく、華やかな音と光が続いていました。なので、式は挙げられませんでしたが」
この夢はハッピーエンドだったのですと私は先生に言い、続いて手渡されたライターで線香花火に火をつけました。
「ハッピーエンドですか」
「はい。花嫁と永遠の花火を見ましたので」
「そうですか。君のその夢で、夜は明けないのに」
先生はそう言って笑い、四本の線香花火を火をつけることもなくちぎり、紙くずのようにくしゃくしゃにしました。
私の線香花火は大きくオレンジ色の玉をつけ、やがてぱちぱちと火花を散らし、ぼとりと落ち。そして。
光すら失ったのでした。
「……ああ、私の花嫁は、やはりあのとき死んでいたのですね」
「そう思いますか」
「はい。今、私が、この線香花火を『死んだ』と感じましたので」
「悲しそうですね」
「悲しいです。夢とはいえ、私の花嫁でしたから」
「悲しむことは何もないのですよ」
回向先生が空を見上げます。
轟音とともに、すぐ近くで打ち上げ花火が上がりました。目も潰れるような光と、鼻をつく強烈な火薬のにおいがしました。
「君は新郎さんではないのですから」
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