五、猫屋敷
こんな夢を見たのですと私は言いました。
「家に猫が居るのです。猫が猫が、猫が、それはもう猫が居るのです」
猫ですかと回向先生は言いました。
先生の足元を白猫が通り過ぎました。
「ものすごい数の、猫が。私の部屋に居るのです」
「君は好きですか、猫」
「二者択一で答えねばならないのなら、好きだと思います。その程度の『好き』です」
先生はいかがですかと問う。
「先生は鳥が好きですね」
そう答えて先生は眉間に皺を寄せて笑う、いつものちぐはぐな表情を浮かべました。
その足元を白黒のブチの柄をした猫が通り過ぎてゆきました。
「それで、猫でごった返してどうしたのです」
「撫でました。せっかく、猫が居るので」
「そうですか」
「それで部屋を出たのですが、廊下にも猫が居るのです。足の踏み場もないくらい」
猫が。
猫、猫が。
波打つように。猫が、毛並みをふわふわさせて廊下に居るのです。様々な柄の様々な大きさの猫が。
猫が、我が物顔で私の家を闊歩しておりました。
「足の踏み場もないので、私は摺り足で猫を掻き分けながら歩いたわけです」
「猫踏んじゃわなかった、ですね」
「はい。猫踏んづけちゃったら引っかかれますから」
先生は眉間に皺を寄せたまま、喉の奥でくっくっと小さな笑い声を上げました。
「足首にふわふわして少し痒かったのです」
ふわふわした猫を掻き分けて廊下を進むうち、猫は互いの境目をなくしただふわふわしているだけの海になりました。
ふわふわの海は私の足首を撫でては過ぎてゆきます。猫だったそれの様々な模様はマーブルの絵画に似て、私はそれを少し綺麗と思ったのでした。
「回向先生は結局、猫はお好きなのですか」
波打ち際に立つ先生へ問いかけます。
黒猫が通り過ぎます。
遠くから見るとひどく淀んだ色をした波が、先生の足首にかかりそうでかかりません。
先生は海を背景に足元を通る猫へ視線を落としました。
「さあどうでしょう。先生は猫への好き嫌いを考えたことがありません」
「今、考えてみてはいかがですか」
「先生は考えません。知っているだけです」
「何をですか」
「君は鳥頭ですね。先生が知っているのは正解であると言ったはずです」
「ごめんなさい」
「いいえ。先生は鳥が好きなので」
なので君が鳥頭でも問題はないのですと先生は言いました。
それが問題の解決になったのかは定かではありませんが、先生は私の不出来を許したのだと理解しました。
「そうしてふわふわの海の浅瀬を歩き続けて、私は玄関までたどり着きました。玄関も靴箱も猫の海でした」
「外の様子はどうでしたか」
「私はその夢の中で、外に出ませんでした。なので分かりません」
「玄関まで行ったのにですか」
「はい。外に出ようと思って玄関まで行きましが、扉を開けば猫達が零れてしまうと思ったので」
なので諦めましたと私は言いました。
「そうですか」
海。
ふわふわしていない、液体で構成された波が先生の足首の寸前までやって来ては引いていきます。
その手前を猫が通ります。
「猫が零れると君に不都合があるのですか」
「分かりません。なぜそんなことを思ったのでしょう」
「分からなくて当然です」
「そうなのですか」
「はい。猫は本来溶けないので」
ぱしゃんと音がしました。
先生が一歩後ろへ歩き、波を踏んだのでした。
飛沫の一粒がちょうど先生の足元を通った茶トラの猫へかかり、驚いた様子で猫は駆け出してどこかへ消えました。
「それに、君は猫屋敷の主ではないのですから」
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