四、再会
こんな夢を見たのですと私は言いました。
「もう二度と会えない友人と、私は再会しました」
私の部屋に、二度と会うことの叶わない友人が居て、私の回転椅子に腰かけ、私の机に頬杖をついているのでした。
「その瞬間に私は、ああこれは夢なのだと気づきました」
「なぜですか」
「私の中で、私がショウゴくんであることより、向日葵屋さんであることより、飛び降り自殺をすることより、ずっとありえないことだったからです」
ところで、先生、と私は呼びかけました。
なんですかと先生は口元を歪めました。
「なぜ先生は墓石に座っているのですか」
「ここに椅子がないからです」
「なぜ先生は卒塔婆を担いでいるのですか」
「叩いたら折れてしまったのでひとまず担いでいます」
「卒塔婆を担いで墓石に座ってはいけないと思います、回向先生」
先生は墓石に腰かけていたその足を、胡座の形に変えました。
「先生に意見するとは生意気ですね。では訊きますが、それはなぜですか」
「死者の尊厳を保つのは生者の義務であるからです。生者である我々がそれを怠れば、生死の境はいよいよ曖昧です。死者と違い、生者は尊厳を守られません。人間の生死を分けるのはその一点であると私は考えています」
「では君の言い分ではこの墓石の下の人間は生きていますね。これから地上へ這い出てくるのですか」
「はい。なので、それを防ぐために先生は墓石から降りて卒塔婆を元に戻さねばならないのです」
「先生は君からの命令に興味がありません。嫌いな話は娯楽として聞きますが、興味のないことは聞けません」
先生は顰め面でそう言いました。
「夢の話をどうぞ続けて」
私は先生へ命令することを諦めました。回向先生は私の話を聞いてくれますが、私の意見にはまったくもって耳を貸さなさい存在であるらしいと理解しました。
ぽつりと墓があります。
その上に先生は座っています。
夏だというのに、盆だというのに、そこには先生しか居らず、ここには私しか居ないのでした。
このぽつりと佇む墓を囲む世界には、先生と私しか居ないのです。
夏だというのに。盆だというのに。
誰もこの下で死んでいる人間を「死んでいる」と扱ってはいない。
「今この土の下から人間が這い出てくることを、先生はありえないとお思いでしょう」
「はい」
「それと同じくらい、友人にはもう会えるわけはなかったのです。なので夢だと気づきました」
「なぜそれほどまでにその友人にはもう会えないのですか」
「友人はすでに死んだからです」
これは夢である認識した瞬間、周囲の物や友人の輪郭が溶けるように揺らぎ始めました。
ゆらゆら、ゆらゆらと。
ゆらゆらゆらと。蜃気楼のように。
ほどけるようにして、世界が崩壊を始めたのでした。ここが夢であるなら、その世界の主である私が所詮は夢であると突きつけてしまうのなら、世界は存在の強度を保てないのだと思いました。
「なので確認し、引き止めました」
これは夢だねと私は友人へ言いました。
友人は何も言わず、ただ微笑み、溶けていきます。
「夢が覚めるまでは一緒に居ようと友人に言い、その手を掴みました」
その感触を私は思い出せません。
夢ですから、存在しないものですから、そもそもそんな感触は感じ得ないものですから。
だからそれは、仕方のないことでした。
「友人の手を引き私は外へ出ました。ぐにゃぐにゃに溶けてほどけかけていましたが、一応は景色の形を保っていました」
鉛筆で書いたように歪んでいましたが、そこは確かに見慣れた住宅街で、地面と、壁と、屋根と、その先にある空の区別はつく程度には世界は形を成していました。
見ていてごらん、空を鯨が泳ぐよ、と私は言いました。その数秒後、ごうごうと音を立てて空を鯨が泳いでいきました。
「先生、それは」
鯨が泳ぐ空を見上げる友人は、その横顔は、子供のまま止まっていました。
私は大人になったというのに。
私は大人になったというのに。
私は、大人に、なったのに。
「それは友人の墓なのです。だからどうか蔑ろにしないでください」
「これは君の友人の墓ではありませんよ」
ほら、と言って、回向先生は墓石から降りました。
そこには見ず知らずの、名前が。
墓石に刻まれたのは友人の名ではなく。
先生が卒塔婆を放りました。からんと虚しい音を立てて、それは地面に転がりました。
「君がそれを夢と自覚できたのは本当にその友人が死んでいたからですか」
「先生のお考えは、違うのですか」
「先生は何も考えてはいません。ただ正解を知っているだけです」
「その正解とは、なんですか」
「君に失われた友人なんていないのですよ」
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