3・2
仕方なしにアルフォンスの背を追う。
「兄さん!」
「お前、どうしてここに!」
お兄さんが目を見張る。
近くで見ても、やっぱり地味だ。それなりに整った容姿はしているけど、アルフォンスとの差はいかんともしがたい。
「ここはなんなんだ、兄さん。よくないことをしているんじゃないのか?」
心配そうなアルフォンス。
だけどお兄さんは目をすがめた。
「そうか。きのう探っていたネズミというのはアルフォンスか」
すごく陰険な顔だ。全然優しそうに見えない。
これはまずいんじゃない?
アルフォンスの腕を掴むのと、お兄さんが建物を向くのと同時だった。
「ネズミがいるぞーー!!」叫ぶお兄さん。
「逃げるよっ」
走り出そうとしたところで足払いをくらう。アルフォンスともども派手に転倒。起き上がろうとしたところで後頭部を蹴られる。
「ユベール! 兄さん!」
たくさんの足音がして囲まれた。頭がくらくらして視界が定まらない。
「そっちは弟だ。手荒にしないでくれ」と言うお兄さん。
なにそれ。仲間を呼んだのはお兄さんなのに。弟を気遣う気持ちもあるの? よくわからないよ……
◇◇
暗い廊下をアルフォンスに背負われ、前後を悪人に挟まれて進む。お兄さんとは中に入ったときに別れた。
建物内は嗅いだことのない甘ったるい匂いと、排泄物のような不快な臭いが混ざっていて、すごく気持ちが悪い。まだ頭はくらくらするし、吐きそうだ。
でも今吐いたら、アルフォンスが吐瀉物まみれになる。昨日までならざまあみろと間違いなく思ったけど、今日はそんな気持ちにはなれない。
外で囲まれたとき、お兄さんを見上げるとアルフォンスはものすごく悲しそうだった。
「入れ」とどんづまりの部屋に入れられる。
窓を完全に塞いでいるのか外からの光はなく、部屋の隅の床に小さいランプがひとつあるだけ。ほとんど見えない。ただ奥に誰かがいる。なんだかわからないけど、今まで通った廊下よりこの部屋は格段に気持ちが悪いし、それは奥のひとが元のような気がする。
「ラフォンの弟でした」と悪人が言う。「それと背負っているのはダチらしいです」
「ふうん。祓魔師の卵か」
奥から声がした瞬間、ざわりと肌が粟立った。気味が悪いとか不快とかそんな言葉じゃ表せない、声だった。
思わずアルフォンスにぎゅっとしがみつく。
「ボディチェックはしたかな」
性別も声からじゃ判断がつかない。
「もちろん」と悪人。
そう、中に入る前に体中を叩かれチェックされた。ドキリとしたけど、きつく巻いたサラシのおかげで女だとはバレなかった。
「武器は持ってませんでしたよ」
「携帯ペンもか」と声。たぶんここのボスなのだろう。
「ペン?」
「祓魔師の卵なら、ペンがあれば術式で反撃できる」
「そうか!」と声をあげるアルフォンス。
待ってよ。
君はバカなの?
気づいてなかったの?
アルフォンスはクラスで一番、祓魔師の能力がある。術式を使った実地訓練はいつも完璧で、正直惚れ惚れしてしまうレベルだ。
それなのに反撃に使うことを考えていなかったの?
祓魔師の力は対異形のものだから人間に使うことは禁じられてはいるけれど、非常事態においてだけは許される。
これ、祓魔師の基本だよね?
「ペンもありません。持っていたのは弟が金をいくらか。それは取り上げ済みです」
「ならばいい」
ボスがフフッと笑う。
「『勉強はできるし祓魔師の能力もあるが、それだけ。臆病で小心者で実務能力はゼロ。だというのに天賦の才があったばっかりにチヤホヤされている。それがアルフォンス・ラフォンという人間』」
「……なにが言いたい」
「君のお兄さんの言葉だよ」声は嬉しそうだ。「反吐が出るほど、君が嫌いだそうだ」
「お前が兄さんをおかしくしたんだな!」
叫ぶアルフォンス。
「それは違う。ここは疲れた人間を癒やす場所だ」
暗闇の中でボスがゆらりと動いたのがわかった。
「君はわかっていないようだが、コランタンは才能を無駄遣いしている弟にガマンがならないのだよ」
「そ、そんなはずはない」
「能力も美貌もすべて弟が持ち、兄の自分はなにも持っていない。怒りと憎しみではち切れそうになっていた彼をここに招き、ラクになるよう助けてやっている」
「嘘だ!」
アルフォンスの背中からおりる。まだ頭が痛いけど、そんなことを言っている場合じゃない。
「アルフォンス。あいつは悪党だ。君を混乱させようとしているだけだよ」
「……そうだよな」
ボスがまたも笑う。
顔は見えないけど睨みつけてやる。
彼の言葉は本当かもしれない。だとしても、ここは人助けのための場所では絶対にない。
「祓魔師の卵くんよ。直接お兄さんに尋ねてみるかね?」
「ああ!」
「だそうだ」とボス。「連れて行ってあげろ」
ということはボスとはここでいったんお別れだ。
よかった。
彼はとにかく薄気味が悪い。
悪人にうながされて部屋を出る。
ふと、アルフォンスが私の腕を強く掴んでいることに気づいた。
お兄さんが心配でならないんだろう。
私もここがなんなのか不安だけど。
でもアルフォンスはあまり頼りにならなさそうだから、しっかりしなくちゃ。
玄関まで戻り、ホールにある階段をのぼる。不快な臭いが強くなる。
上がりきったところには、あとづけらしい雑なつくりの壁と扉があった。悪人がそこを開ける。ぶわり、と嫌な臭いが押し寄せてきた。
「ほれっ」
後ろにいたヤツに背中を押されて中に入る。やっぱり暗い。けれどランプがいくつも床に置かれて、多少の判別がつく。
ひとはいなくて、大きい白いカーテンがランダムに下がっている。
「兄ちゃんは一番手前」と悪人。
手前のカーテンの向こうということかな?
アルフォンスとふたりでそろそろと近づく。
カーテンにしてはなんだか変な形状をして――
カーテンじゃない!
喉がヒュッと変な音を立てた。
「ユベール?」
こちらを伺ったらしきアルフォンスをあいた手で制す。
白いものは巨大な繭に見える。たくさんの糸が天上や床に伸びていて、目の錯覚なのかそれらが微妙に動いている。
「なんなの、これ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます