2・2

「で? バイトの内容は?」

 パンを食べながらアルフォンスに尋ねる。


「兄がいる。名前はコランタン。俺のひとつ年上で十八歳。王都大学に在学中」

 ちょこっとだけ噂を聞いたことがある。弟に比べて容姿も性格も地味だとか。実際がどうなのかは知らない。会ったことはないから。


「うちの両親は俺たち子供に興味がない。ラフォン家にふさわしい教養や振る舞いを求めるけど、それも家庭教師や執事を通してのこと。兄さんは最近成人したから両親と同じ食卓につくようになったが、それまで俺たち兄弟が両親に会うのは週一回あればいいほうだった」

「それって高位貴族では一般的なの? 異常なの?」

「一般的の限りなく極端よりのはず」

「ふむ。いいよ、続けて」


「俺は小さいころは体が弱くて頻繁に寝込んでいたんだが、そんなとき兄はいつもそばにいてくれた。優しくて賢くて素晴らしい兄なんだ。

 そんな兄がしばらく前から様子がおかしい。最初は少し素っ気ない程度で疲れているのかと思っていたんだが――」

 それからアルフォンスはここ二ヶ月で起きたお兄さんの変化を丁寧に説明した。近頃はアルフォンスを徹底的に避けるし、ひとりで外出して朝まで帰らないこともあるという。


 意外にも意地悪アルフォンスは、お兄さんのことが大好きでかなり尊敬しているみたい。変わってしまったことへの不安や心配がひしひしと伝わってくる。


「――だが両親に訴えても執事に言いなさいとしか言わないし、執事もほかの使用人もそういう年頃なんでしょうと答えて真剣に取り合ってくれない」とアルフォンス。「唯一共感してくれていた兄の従者は半月前に突然退職した。俺に挨拶もなしで、だ。そんなことをするような人間じゃなかった」


 ふむ。つまり現在屋敷にアルフォンスの味方はなし、と。


「昨日は早帰りだっただろ? 屋敷でひとりで勉……寛いでいたら、大学に行っているはずの兄がこっそり帰ってきて、すぐにひとりで出ていくのをみつけた」

「後をつけたの?」

 うなずくアルフォンス。


「兄は下町の民家に入っていった。一見普通なんだが窓すべての鎧戸がしまっていて、わずかに嗅いだことのない匂いが中から漂ってきていた」

「怪しさ満点じゃん!」

「なんとか中を覗こうと、近くにあった空き箱を踏み台にして窓に近寄ったら――あとはユベールが見たとおりだ」


 なるほど。追手の剣幕は相当なものだった。


「かなりまずそうな場所、ってことだ」

「そのとおり」

「通報したら?」

「兄の名誉に関わる」

「そうだけど、危なさそうじゃない」

「だからユベール、お前の出番だろ?」

「イヤだよ、そんなところに潜入するの」

「潜入? まさか。見張るだけだ」

「それだけ?」

「もちろん。正直言うと」アルフォンスは目をそらした。「その……ひとりじゃ怖いんだ」


 ん? ひとり?


「アルフォンスと僕とで見張るの? 僕だけじゃなくて?」

「なんでだよ。俺の兄さんだぞ」


 あれ? 

『貴様が見張って、俺様に結果を報告しろ』という話だと思ったのに、違うんだ。なんていうか。アルフォンスのイメージがちょっと変わった。


 だからって私をいじめてたことは許さないけど。


「実は町をひとりで歩くのも昨日が初めてだった」とアルフォンス。

「よく無事だったね」

「……帰りに悪そうなヤツに絡まれた」

「だよねぇ。いかにもお貴族様な顔丸出しで、高価な服を着てちゃそうなるよ」

「そうか。ユベール、庶民的な服を用意してくれ。代金は払う。あと、お前のうちで着替えたい」

「いいけど。お祖母ちゃんはもう君のことを忘れているから。うまく話につきあってね」

「……いつから、あのような症状なんだ?」

「お祖父ちゃんが死んだとき」 

「……よくふたりで暮らせているな」

「執事がたまに助けてに来てくれてたの。でも年だったから四年前に亡くなって、それからは本当にふたりきり」


 私ってば、なにを素直に答えているんだろ。今まで誰にも話してこなかったのに。

 イヤだな。

 なんだか調子が狂う。



 ◇◇



 昼食後は別々に教室に戻った。公爵令息様の元には使用人がお弁当箱の受け取りに来ていたから。

 大貴族のお坊っちゃまは至れり尽くせりだ。けれど羨ましくはないや。せっかく家族全員生きているのに、殺伐としているんだもん。意味がわからないよ。


 そんなことを考えながら机の間を進んでいたら、足を引っ掛けられた。注意力がなかったせいで派手に転び、またも四つん這いになる。

 上がる嘲笑。


「さすがユベール。畜生の真似もうまい」

「ほら、ワンワン鳴けよ」


 アホらし。

 立ち上がり膝をはたく。


「ユベールをいびるの、俺はやめる」

 背後からそんな声がした。一列向こうの机の間をアルフォンスが歩いていく。

「よく考えたら自分より身分が低いヤツをいじめるのってバカっぽいよな。ラフォン公爵家の人間がすることじゃなかった」


 そうして彼は自席に優雅にすわった。

 嘲笑は止み、生徒たちはユベールが悪いとばかりに私を睨みつけている。


 アルフォンス・ラフォンは学生の中で一番爵位が高い。彼がこう宣言した以上、私を大っぴらにいじめるブームは去るだろう。だけど代わりに、アルフォンスが見ていないところでのいじめが横行するはずだ。


 まったく厄介なことをしてくれた。

 しかもわかっていないのが、よりいっそう腹が立つ。公爵令息様々はのんきでいいわ。




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