第2話

 星降堂の奥にある、魔女さんのアトリエ。星降堂の魔法道具のほとんどは、ここで作られる。もちろん他所から仕入れたものもあるけれど、魔女さんは自分が作った道具の方が好きみたい。

 そして、アトリエの奥にあるのが魔法の鏡。星降堂で一番大切な一番の秘密。これは、異世界へと材料集めに行くための鏡だ。

 魔女さんに言われて、僕は探索の準備をする。ボディバッグの中に、懐中電灯代わりの『星屑のカンテラ』と、魔女さんが作ってくれたお弁当。そして、救難信号のために『魔法のマッチ』を詰め込んだ。準備万端だ。


「まず、マークブロの洞窟へと向かい、そこでマーメイドと会うんだ。彼女らは歌が上手だからね。彼女らの涙を使えば、お客様が求める、歌が上手くなる道具は作れると思うよ」


「曖昧な言い方するんですね」


 魔女さんはいつだって、はっきりと言い切ることはしない。これには魔女さんなりの考えがあるようで、短い付き合いの中で何度も聞いた言葉を、魔女さんは言う。


「だって、思い通りに事が運ぶかわからないだろう?」


 魔女さんは、魔女さん独特の「くひゅひゅ」という引き笑いをして僕を見下ろす。綺麗な人なのに変な笑い方するなんてもったいないなと僕は思う。


「そうだ。マーメイドに会ったら、油断してはいけないよ」


 魔女さんは、珍しく顔を引き締めてそう言った。

 何故だろう。マーメイドって人魚のことでしょ? 油断したら何かあるんだろうか。


「マークブロの洞窟に住むマーメイドは、とてもイタズラが好きなんだ。見習い魔法使いの君じゃ、彼女らのイタズラやウソを見破れないかもしれない」


 易しい言葉で説明してくれるけど、なんだか恐ろしいことを言われている気がする。僕は喉を鳴らした。

 人魚姫の人魚しか知らない僕は、マーメイドをかわいくて親しみある人種だと思っていたけど、もしかしたらそうではないのかも。


「さて、準備はいいかい?」


 魔女さんは、鏡に向かって杖を振る。たちまち鏡は僕達の姿を映すのをやめて、別世界の風景を映し出した。そこは、青い宝石が埋まった美しい洞窟。

 僕は鏡に向かって手を伸ばす。鏡の中に、僕の手が入っていく。


「気を付けるんだよ」


 魔女さんは言う。僕は魔女さんを振り返って手を振った。


「行ってきます!」


 鏡の中に足を踏み入れる。

 僕は洞窟の中に降り立った。


「わぁ……」


 そこは、鏡の外から見るよりも、とても綺麗な場所だった。壁にも床にも、青い宝石がいっぱい埋まっていて、まるで万華鏡の中にいるみたいだ。

 空気は湿っぽくて、少しだけ冷たい。だけど嫌な感じは全然ない。それどころかワクワクする。

 後ろを振り返ると、魔法の鏡がそこに浮かんでいた。帰りはここを通って帰る。

 

 僕は星屑のカンテラを掲げ、意気揚々と洞窟の奥へと歩き出す。辺りはそんなに暗くないけど、洞窟探検と言えばカンテラだよね。

 星屑の結晶という、発光する石を詰め込んだカンテラは、辺りを優しいオレンジの光で照らしていた。


 それにしても、湖どころか川も見当たらない洞窟に、マーメイドなんているんだろうか。


 暫く歩いていると、女の人が前から歩いてきた。彼女は月みたいに綺麗な金髪で、宝石みたいに青い透き通った瞳をしていた。


「あら、お客様かしら?」


 女の人にきかれて、僕は頷いた。

 ドギマギしてしまったんだ。魔女さん以外に、綺麗な女の人に会うことなんて滅多にないから。


「人間の男の子なんて珍しいわね。迷子? それとも探し物?」


 僕はコクンと喉を鳴らす。緊張してしまって、うまく声が出ない。


「さ、探し物……」


 おどおどしながら僕が言うと、女の人はにっこりと笑った。


「ここに来るとしたら宝石か、マーメイドの涙が目当てかしら」


「あ、はい。マーメイドの涙を貰いに来たんです」


 女の人はポンと手を叩いた。


「ならちょうどいいわ。私、マーメイドの居場所、知ってるもの。ついてきて」


 女の人は僕の手をとって歩き出した。

 突然の出来事に、僕は流されるまま。マーメイドの涙なんて、そんなに簡単に見つかるものなんだろうか。

 その時僕は、知らない人について行っちゃいけないよって、前お母さんから言われたことを思い出した。僕、もしかしていけないことしてないだろうか。


 僕は女の人に連れられてしばらく歩いた。

 やがて目の前に、小さな池が現れた。

 洞窟の中にある池は、魚なんて住んでない。洞窟の壁には小さな孔がいくつか空いていて、多分そこから水が流れ込んできてるんだろう。洞窟内に、水が流れるチョロチョロという音が反響してた。

 水に指を突っ込んで、それを舐めてみた。しょっぱい。もしかして海水かな。


 池はそれほど深くない。歩いて渡れそうだ。


「この向こうよ」


 女の人は、池の向こうを指さした。

 対岸も洞窟は続いている。僕は、女の人に誘われるまま、洞窟を歩いて渡る。靴をびしょ濡れにしながら。


「この向こうには何があるの? マーメイドの村?」


 僕は尋ねる。

 女の人は答えない。ただ、黙って歩く。


 歩いてるうちに、池の水かさが増していく。

 最初は靴が濡れるだけで済んだのに、渡っているうちに膝が、腰が濡れてきた。僕は不安になって、女の人の横顔を見上げる。

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