星降堂の魔女の弟子[パイロット版]
LeeArgent
第1話
ベーコンがじゅうじゅう焼ける音が聞こえる。香ばしい匂いがキッチンに漂って、僕はお腹をぐぅっと鳴らす。
食パンはトースターの穴に差し込んで、ダイヤルを回す。魔石が光って、パンを焼き始める。
寝起きのごはんは僕の仕事。最初は料理ができなかったけど、お師匠様の魔女さんに教えて貰って、少しならできるようになってきた。
僕のお師匠様は、まだ布団の中らしい。僕は、ベーコンエッグをお皿に盛り付けてから、魔女さんを起こしに行く。
「魔女さーん。夜ですよー」
僕は階段の下から声をかける。魔女さんからの返事はない。
階段を忍足で上る。キシキシと音が鳴る。
二階の廊下、一番奥の突き当たり。そこが魔女さんの部屋。僕はゆっくりとドアノブを捻ってドアを開けた。
ふわふわのベッド、白くて柔らかい布団。それに包まれて、魔女さんは眠ってる。白い肌に黒い髪。とても綺麗な寝顔で、僕はちょっとだけ見とれた。
いやいや、そんなことしてる場合じゃなくて!
「魔女さん、夜ですよー!」
僕は、僕専用の杖を振る。きらりと杖が光った。
僕の魔法は、魔女さんから布団を引き剥がした。途端に、魔女さんの枕元にあった目覚まし時計が煩いくらいに鳴る。
魔女さんは顔をしかめて、うっすら目を開けた。
「んぇ……夜……?」
魔女さんは、黒い左目と赤い右目をぱちくりさせて、目覚まし時計に手をかざす。魔女さんの魔法で、目覚まし時計はすぐに鳴り止んだ。
「ふあ……おはよう、もう夜?」
魔女さんは、両手を突き上げてグッと伸びをする。そして、竜の飾りがついた杖を一振り。杖から光がパッと溢れて、魔女さんの身なりを整えた。
寝癖だらけの長い髪は、サラサラの真っ直ぐな黒髪に。
真っ白い肌は、ほんのりピンクの化粧をし。
魔女さんの制服である真っ黒なワンピースを着て。
頭には魔女らしいトンガリ帽子。
僕は、魔女さんのその魔法が大好きで、綺麗になる魔女さんにちょっとだけドキッとしてる。
この魔法見たさに、魔女さんを起こしに来ていると言っても間違いじゃなかった。
「ごはんはできているかい?」
「はい、できてます」
「ご苦労。空はいい弟子だよ」
魔女さんは、僕の茶色い髪をくしゃくしゃに撫でてくれた。
ここは、魔法のお店『星降堂』。夜に開くお店だから、魔女さんと僕は夜に目を覚ます。
このお店では、色んな魔法の道具を置いているんだ。
例えば『望みの水鏡』。夜露と月の光を集めて作った魔法のグラス。それに水を注ぎ入れて水面を覗いたら、自分が今一番欲しいものが見えてくる。
例えば『赤い花束の写真立て』。アネモネっていう花を飾ったそれに、離れ離れになった恋人の写真を飾ると、その人とお話することができる。
例えば『虹鳥の羽根の巣』。とても大きな虹鳥の羽根を使って作った、巣のオブジェ。使い方はよくわからないけど、愛情を感じたい人にぴったりなんだって。
他にもいっぱい、不思議でキラキラした雑貨が所狭しと並べられていて、まるで銀河の中にいるみたい。
そんなお店だから、星降堂という名前。魔女さんが先代から受け継いだ時に、そう聞かされたらしい。
そして、このお店にはもう一つ秘密がある。
おっと。誰か来た。
「いらっしゃいませー!」
僕は、やってきたお客様に向かって挨拶した。
お客様は、鳥獣人の男の人だった。顔には嘴、腕は羽で覆われている。
お客様は、お店の中に入るとキョロキョロした。まるで、何かをさがしているみたいだ。目当ての品物があるんだろうか。
「いらっしゃいませー。何をお探しですか?」
店番をしていた僕は、お客様に近付きながら声をかける。お客様は僕を見てびっくりしたみたいだ。
「え、人間の子供?」
その言い方、失礼じゃない? 僕は何だか気分が悪くなってしまって、お客様をじいっと睨んでしまった。
「空、お客様にそんな顔をしてはいけないよ」
魔女さんは、カウンターの奥から売り場へとやってきて、僕にそう注意をする。僕はあわてて表情を笑顔に変えた。
「そうそう。お客様をむかえるには笑顔でないと」
魔女さんは僕にそう言って、次にお客様へ顔を向けた。
「いらっしゃい。何かお探しかな?」
魔女さんの声は柔らかいものだったけど、僕は知ってる。
魔女さんは、お客様の心を見透かしたような目をするんだ。それはとても優しくて、でもちょっとだけ、刺さるかのように鋭い。
お客様も、それを感じ取っていたみたいだ。お客様はたじろいで、咳払いしてから魔女さんに尋ねる。
「うちの娘の歌が上手くなるような道具はないでしょうか?」
なるほど。
このお客様は鳥獣人だ。この世界には獣人が多く住む。鳥獣人であれば、歌が上手であればあるほど、みんなから愛されやすいんだってさ。
「歌が上手くないのかい?」
「はい。それどころか下手で。そのせいか引っ込み思案で、友達もあまりいないみたいで。
だから、歌が上手になれば、周りからも愛されると思ったんです」
魔女さんは、お客様の話を聞いて考え込んでいる。
このお店には、歌を上手にする道具は売っていない。もし売るとしたら、オーダーメイドになってしまう。
「オーダーメイドになるけど、いいかい?」
お客様は笑顔を浮かべた。
「はい。是非お願いします!」
「なら、お客様の羽根を貰えるかな。
お客様は目を丸くした。
「お金ではないんですか?」
「お金なんていう価値が不確かなもの、私は受け取れないのさ」
星降堂では、例外を除き、お金でのやり取りをしない。出店する世界が変わればお金も変わるし、お金でやり取りできない世界もある。だから、魔法道具の材料になりそうなものをお金の代わりにするんだ。
お客様は不思議そうな顔をしながら、言われた箇所の羽根を抜く。そうして、合計七枚の羽根を受け取ると、魔女さんはにっこり笑ってこう言った。
「では、一週間後にまた」
「よろしくお願いします」
お客様は頭を下げる。
その時、お客様の姿がぐにゃりと歪んで、光の塵になって消えた。お客様が退店したんだ。
僕は……現代日本出身の僕は、相変わらず異世界人の接客に慣れないでいた。
異世界のお客様は、僕を見て時々びっくりする。人間という種族にびっくりすることもあるし、子供ということにびっくりすることも。僕はそれが嫌で仕方ない。
「空、異世界人は嫌いかい?」
顔を上げると、魔女さんの顔がある。黒い目と、赤い目。なんだか、心を読まれているみたいでドキリとした。
僕は、魔女さんにすっかり惹かれているんだ。だから、どんな嫌なことがあっても、魔女さんの弟子でいることは辞めないつもりだ。
「いえ、そんなことないです」
「そうかい。なら、一つ頼まれてくれないか?」
魔女さんは、赤い目をパチリと閉じてウィンクする。僕は何を頼まれるんだろうと思いながら首を傾げた。
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