Part4.真犯人は既にいる
事件が起こったとされるのは七月七日のこと、旅館である男が殺された。
被害者は六月十六日に亡くなった社長にとって、ライバル企業の社長。容疑者のひとりだったが、こうして死体として発見された。
私我あやめは七月十日に現場へ到着した。
彼女は自分が無実であることを、裏見に証明し始める。
まず、事件当日の私我あやめにはアリバイがある。
七月七日、私我あやめはとある会社の金庫からお金が消えた事件について調査してくれと依頼が来ていた。
私我あやめはその日はずっと誰かといたため、アリバイがある。
そもそも私我探偵事務所から旅館まで徒歩では一日かかる。往復だとすれば二日はかかる。
犯行を行うには怪しすぎるブランクが空くことになる。
つまり、私我あやめは今回の犯人ではない、ということになる。
事件が起こったとされるのは七月七日午後八時頃。
時刻は施設から配布される携帯端末で確認できた。
夜になり、暗くなっていたということもあり、旅館を出る人の姿はなかった。だがしかし、裏見は今日事件が起こるかもしれないと警戒し、周囲を徘徊していた。
結果、彼は遭遇してしまった。
再びあの池で、彼は見た。
被害者の背後からナイフを突き刺すある人物の姿を。
服装は白いスーツ、髪は赤く、三つ編みにしている。手袋をしており、指紋はまず検出されない。
「二度も私が現れた、ということですか」
裏見の証言は嘘ではない。
証拠はないが、裏見は確かに私我の姿を確認している。
「面白い事件ですね。どうしても私に濡れ衣を着せさせたい人物が私の装いをして、犯人に仕立て上げようとしている」
彼女は裏見をチラリと見るが、嘘をついている際に無意識に出る癖は見られない。
裏見は事実を述べている。
ーーつまり、今回の事件の犯人は私我あやめである。
♤♤♤♤
その日の夜、裏見は旅館の館長を務めているある男のもとまで向かった。
科学的な設備が多く整っていることもあり、一応有名な科学者である。
頭には脳波を計測する被り物をし、目には黄金色のサングラスをつけ、白衣の下は海パン一枚と防弾チョッキだけ。
「
「でもさっきあやめちゃんに話はしたよ」
「いえ、これは俺の独断です」
一瞬あやめちゃんという軽々しい言葉にビクッと体を震わせたものの、すぐに冷静さを取り戻し、答えた。
菜園館長はしばらく携帯端末を見て悩んでいたものの、ピこんと音が鳴ると、
「なるほど。ではあなたの質問を聞いてあげますか」
表情を変えてそう答えた。
「菜園館長、この旅館、時間を停止させることは可能ですか?」
思いがけない質問に、菜園館長は腹を押さえて高笑いをする。
「無理に決まってるでしょ」
「ですよね」
私我あやめが犯人だとすれば、アリバイが完全なものだ。
私我が作ったアリバイを崩さなければ、私我が犯人であると証明できない。
彼女を一度は信用したものの、信じきれない。
「菜園館長、私我あやめのアリバイをご存知ですか?」
「知っていたとしたら、知りたいかい?」
「はい」
菜園館長は再び携帯端末に目を向け、しばらくして「分かった。伝えよう」と答えた。
裏見は菜園館長が私我あやめと連絡を取っているのかと考えたが、菜園館長は携帯端末に触れず、視線を送っているだけ。
「彼女は七月一日から七日にかけて、警察と共闘して
「ああ。確か時効や証拠不十分などで捕まえられなかった容疑者に、自分が行った犯罪の罪を被せるという人物ですよね。彼の天才的な冤罪技術は、私我あやめの推理力と同等の能力があるとか」
「その通りです。しかし他罪治は名探偵私我あやめによって捕まり、他罪との死闘を繰り広げた彼女は長い休息を取ろうとしていた。だが事件の連絡が入り、彼女は十日、この旅館へ戻ってきた、ということだ」
「やはりアリバイは完璧か」
裏見は私我あやめを信じている。
だが、二度も私我あやめの姿を目撃している裏見は、犯人は私我あやめだという思考から離れられない。
「例えば菜園館長、俺たち一日中眠らされ、一日時間の感覚をずらされていた、という可能性はありませんか」
「それでは私も共犯だな」
「す、すいません」
またしてもアリバイは崩せない。
裏見はあの日のことを思い出そうとしていた。
「そういえば、眠かった」
「もし一日中眠らされていたのなら、眠気など吹き飛んでいるはずじゃないか」
「いや……そんな眠気じゃない。むしろ逆の……」
裏見は思い始めていた。
菜園館長、彼は私我あやめの協力者だと。
菜園館長は先ほど私我あやめのことを"あやめちゃん"と呼んだ。
菜園館長が陽気な性格の可能性もあったが、後にすぐ敬語に変わったことから、あれはうっかり出てしまったものである。
話している間、終始携帯端末を見ていた。私我あやめと通話状態でこちらの話を聞かせた上で、メールなどのやり取りで伝言している。
「菜園館長、先ほどからずっと携帯端末を確認しているようですが、誰かと通話したり、メールしたりしているのではないですか?」
「だとすれば?」
「あなたは共犯者だ。違うというのならウソ発見器で証明してみますか?」
菜園館長はふっと微笑み、裏見を睨む。
一瞬携帯端末に目を移し、答える。
「私は共犯者だ」
「やはり。ではあなたを捕まえる」
「いえいえまだです。私が誰の共犯者で、何の事件に協力し、どのような援助を施したのか。そこが重要点ではないかな?」
菜園館長は強気に出る。
「主犯は私我あやめだ」
「だが彼女にはアリバイがある。全ての人がそのことを証明してくれる。特に他罪治や警察らだ」
裏見にはある懸念があった。
「まさかお前ら……警察組織全体とグルってことかよ」
裏見は冷や汗を流し、蒼白する。
もしそうだとすれば、最初からこの事件の犯人は誰でも良かったことになる。
真犯人以外であれば。
「いいや違う」
菜園館長はあっさりと否定する。
「君が言うことも分からなくはない。だが犯行が起きた七月七日、私我あやめは警察とともに他罪治との頭脳戦を繰り広げた。街中を走り回ったりもしたため、彼女の姿は多くの民間人にも目撃されている」
裏見は焦る。
本当にこの事件の犯人は私我あやめではないのではないか。
そうさえ思えてくる。
彼女は信じてと言った。
彼女は自分が犯人ではない、その上で裏見に協力すると言った。
(そうだ、自分が間違っていた)
裏見は無意識に言い聞かせていた。
私我あやめは今回の犯人ではない。
別に真犯人がおり、菜園館長は私我あやめに罪を着せようとしている。
(だとすれば誰が……)
裏見は思った。
菜園館長は本当に共犯者なのか。本当は主犯者であり、単独犯なのではないか。
自分が真犯人の捜査をしている内に、自分が犯人だとバレてしまう証拠を隠蔽しようとしているのではないかと。
裏見は考える。
自分を救おうとしてくれた彼女か、自分を追い詰めようとしている菜園館長か。
どちらを信じるべきか。
「俺は言葉に惑われやすい。だから、一度は私我あやめを疑い、一度は信じた。そして今、あいつを疑っている。これじゃ、あいつが俺を救おうとしてくれているのに情けないじゃないか。俺は、真犯人を捕まえたいだけ」
裏見は強面で菜園館長を睨みつけ、星の彼方まで届くような声で叫ぶ。
「俺は、
菜園館長はやれやれとため息をつく。
「本当にそれでいいのか? 私我あやめを信じると? そういうことになるが」
「ああ、俺は信じる。俺を救おうとしてくれた彼女に報いるために、お前を捕まえる」
「良いだろう。ならば見つけてみろ。このーー科学の城から」
自作自演の名探偵 総督琉 @soutokuryu
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