Part3.名探偵は全てを知っている

 私我あやめは裏見の推理の全てを否定した。

 未だ自白をしない私我に腹を立てる裏見だが、彼の推理の過ちを正していく。


「面白い。ですが私のアリバイはどうするのですか?」


「どうせ嘘をついているだけだろ。お前は嘘つきの探偵だ」


 裏見の眼は復讐に満ちたように漆黒に染まっている。


「あなたがどう私を罵ろうと構いません。しかし事件の真犯人が捕まらなければあなたの怒りは本当に収まることはない」


「うるさい。いつまでお前は嘘を突き続けるつもりだ」


「では、偽りの事実にあなたは満足できるのですか」


 感情的になる裏見に、私我は冷静に言葉を選び、紡いでいく。


「知らなければ確かに幸せなのかもしれません。ですがあなたは事件の真相を知るべきだ。あなた自身、その理由があるのでしょう」


 私我は少しずつ裏見の心に歩み寄ろうとしていた。

 自分を罪人と疑う彼に対して、救いの手を伸ばそうとする。


「私がこの事件の真相を解き明かしましょう。これは約束。だからあなたがなぜこの事件に執着するのか、そして事件の詳細をもっと詳しく教えていただけますか」


 疑っても疑っても、私我あやめは彼を嫌悪しなかった。

 彼に対して恨みを抱くどころか、救おうとしている。

 そんな彼女だから、裏見の心は突き動かされた。


「俺は……っ」


 それでも、まだ私我あやめが犯人であるかもしれないという可能性は消えない。

 事実、事件に協力すると言って決定的な証拠を揉み消す可能性もあり得るからだ。


 だが、裏見は今直に感じている。

 私我あやめはそのような罪を犯す者ではないと。

 嫌いになってもおかしくない自分をそれでも救おうとしてくれたこと。


「お前は……本当に犯人じゃないのか?」


「私にはアリバイがある。確固たるアリバイがね」


「それでも……それでも俺は、お前を疑った。おま……あなたを疑って、犯人だと決めつけて……」


「構わないさ。探偵をしている以上、恨まれるのも覚悟の上。だが事実が雲隠れする前に私は謎を解き明かしたい。だから裏見、私の手を取らないか」


 葛藤があった。

 心で数千の言葉が邂逅し、悩み、苦しんだ。

 胸が張り裂けそうな罪悪感に押し潰される中、裏見は私我あやめが差し伸ばす手を静かに掴んだ。


「お願いします……お願いします。犯人を、捕まえてください。絶対に俺は、犯人を捕まえたい」


「任せておけ。この私にかかれば、どんな事件であろうと謎を解き明かす。そして必ず犯人には裁きを与える」


 事件が大きく動き始めようとしていた。


 時刻は午後零時、正午だ。

 執事Aは彼女にあることを話した。彼女は「なるほど」と頷く。


 裏見は事件の容疑者を話し始める。

 容疑者は計三人。


 一人は被害者の社長とともに来ていた副社長。

 彼は社長から尻に敷かれていたことが有名で、社長のお世話ばかりをさせられることに苛立ちを覚えていたという。

 殺してもおかしくはない。

 事件が起こったとされる時間には部屋にいたというがアリバイはない。


 二人目は被害者の社長とともに来ていた秘書。

 彼女は社長から何度も言い寄られていたらしく、その度に脅すような事、つまりはクビや減給をほのめかされていた。

 事件が起こったとされる時間には温泉に入っており、他の客も目撃している。


 三人目はライバル社の社長。

 彼は被害者の社長との権利争いで負けた過去があり、その腹いせに何度も嫌がらせをしていたため、今回の犯行に至る可能性が最も高い人物だ。

 だが時間が起こったとされる時間には従業員と揉めていた。多くの従業員が目撃している。


 一旦裏見から離れ、彼女は執事Aを連れて木陰に隠れる。


「執事A、誰が一番犯人に向いていると思う?」


「一人目の副社長ではないでしょうか。唯一アリバイがありませんし、彼が犯人であるのが最も可能性が高い」


「だがそれでは面白味に欠ける。誰が犯人だった際、最も面白いと思う?」


「そうですね。やはり三人目でしょうか。完璧なアリバイはありますが、それでも犯行に至るには十分な理由がある、という点から彼が妥当ではないでしょうか?」


「なるほど」


 彼女はしばらく考えた。

 犯人がだれなのか、について考えているのかは不明である。


 考えを整理した彼女は、裏見のもとへと戻る。


「裏見、私はこの事件の犯人について見当がついている。故に今日一日この旅館を見て回ったらしばらく探偵事務所に帰ろうと思う」


「そうですか。では俺も」


「いや、君には残っていてほしい。もし私の予想が当たっていれば、再びここで事件が起こるかもしれない」


「本当ですか!?」


「私の推理は当たっている。だから従ってくれないか」


「分かりました」


 裏見は従順な男になっていた。

 彼女は男には利用価値がある、そう判断していたのかもしれない。


 私我あやめは執事Aとともに旅館内を徘徊する。


「ところで執事っちゃん、じゃなくて執事A、ここは科学技術が以前研究されてたんだよね。じゃあウソ発見器の一つや二つ、あるんじゃない?」


「あるそうですよ」


「ならそれで犯人特定しちゃえば良くね」


「しかしウソ発見器はどれほど高性能であっても、事件の捜査には使用は控えた方が良いと思われます」


「どうして? 高性能なら良くない?」


「まあそうなのでしょうが、やはり機械一つで簡単に判断が下ってしまう。もしバグでも起こせば冤罪などの可能性が出てきます」


「確かにそうか。でもやってみたいよね」


 私我あやめはウソ発見器に興味津々だった。

 一度わき上がった好奇心は収まらず、執事Aを無理矢理説得してウソ発見器の場所まで向かった。

 既にそこには裏見の姿があった。


「裏見もウソ発見器を使いに来たの?」


「はい。ここのウソ発見器は高性能らしいので」


「じゃあ私が犯人じゃないかこれで判断してよ。信用度が一段階上がるでしょ」


「分かりました」


 私我はウソ発見器に手を通す。

 このウソ発見器は高性能で、誤りがあったことは実験段階では一度もない。つまり完全正確で、百発百中。


「あなたはこの事件の犯人ですか?」


「いいえ」


 もちろん私我はそう答える。

 ウソ発見器が下した判定は、私我は嘘をついていない。


「ほらね。私は犯人じゃないよ」


 私我は自慢げに語る。


「じゃあまたね。裏見」


「はい、また会いましょう」


 私我は元気良く裏見に手を振り、その場をあとにする。

 これで私我は完全に犯人候補からは外れた、と裏見の脳内では判定されていた。


 現在、彼女は旅館を散策していた。

 気付けば一日が終わろうとしている。


 旅館の外観は特殊だ。

 旅館は巨大な円形ドーム状になっているが、中に入れば小規模の街のようになっている。

 天井は突き抜けなのか、朝は太陽の光が、夜は月明かりが差し込んでいる。外から見れば天井に突き抜けはないように見える。


「執事A、きっと裏見あの子は気付かないでしょうね。この事件のトリックを」


「私我様は解けたのですか?」


「もちろん。面白い推理が組み立てられたの。これなら彼が犯人でも覆すことはできないわ」


 彼女は旅館近くにあった地下鉄入り口に寄りかかっていた。

 そこの地下鉄は爆破事件により使用を禁止されており、今は使えなくなっている。

 その地下鉄は私我あやめが運営している探偵事務所の隣にある地下鉄まで繋がっている。

 長い間騒音に苦しんできた彼女にとって、地下鉄が廃止されたことはささやかな喜びとなっていた。


「執事A、帰りましょうか」


「はい。ところで私我様、次あの旅館で事件が起こるとしたらいつなのですか?」


「七月七日。その日に事件が起こるでしょう」



 ●●●●



 彼女が宣言してから数日が経過した。

 旅館では七月八日。

 私我あやめの探偵事務所へ一本の電話が入る。


「事件が、殺人事件が起きました」


 彼女の予言通り、殺人事件が起こってしまった。

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