Part2.探偵は嘘を見破る
七月二日。
一夜明け、私我あやめはベッドの上で目を覚ます。
私我は昨日の曖昧な記憶を必死に回想していた。
「旅館、そうか。確か私は犯人と疑われているんだったな」
優しい笑みがため息とともに浮かび上がる。
その目は優しい乙女のようで、罪とは無縁の瞳である。
既に執事Aは起きており、裏見もまた起きていた。
「私我さん、おはようございます」
「おはよう執事っちゃん」
「執事Aとお呼びください」
「そうだったそうだった。ほんと執事っちゃんはそう呼ばれるのが好きだよね。誰か特別な人にでも名付けてもらったのかな?」
寝言を言うような口調で、目を擦りながら執事をからかう。
執事は私我を見ながら、「はい。大切なお方から頂いた、大切な名前です」と返した。
私我は聞いていなかったのか、それとも聞いていた上で無視をしたのか、私我は再び布団に入る。
「二度寝はお止めください」
「今日は眠いの。午後になったら起こしてよ」
想像とは全く違う私我の姿に、裏見は困り果てていた。
「おい私我、俺の推理が聞きたくねえのか? それとも図星を突かれたくなくて逃げたいのか?」
「分かったよ。聞けばいいんでしょ」
仕方なく上体を起こしながらも、布団を体に纏っている。
「私我、いつまでふざけている」
「ふざけてるのはそっちでしょ。乙女の着替えを堂々と覗こうだなんて、裏見は女の敵だよね」
裏見は何も言い返せず、仕方なく部屋を出る。
執事Aは私我に一礼をし、部屋をすたすたと去っていく。
「ふう、これで一人になったよ。やっと二度寝を……って、起きなきゃ起きなきゃ」
降り注ぐ眠気を気合いで追い払い、両頬を手でパチンと叩いて目を覚まさせる。
近くにある机に置いてあった白スーツを手に取り、「派手だなぁ」と嫌がりながら着替える。
最後に白い手袋を装備し、準備万端。
「おっと、三つ編みにするのを忘れるところだったよ」
と思い、髪を結おうと触れると、既に髪は三つ編みになっていた。
「きっと執事っちゃんがやってくれたんだな。やっぱ優しいな。あの人は」
執事へ感謝の気持ちを抱いた。
伸びをし、準備運動もばっちり終える。
「さてと、今回の事件もバシッと解決いたしましょっぅ」
腕まくりをし、気合い十分さを誰もいない室内に見せびらかす。
捲っている袖部分がシワにならないかと気になり、無言で袖を戻す、
「よし。謎解き行っちゃいますか」
気合い満タンで私我が扉を開け、執事Aと裏見の前に立つ。
先ほどまで元気いっぱいに騒ぐ私我だったが、スーツを身につけ、いざ事件へ取りかかろうとすると、眼はキリッと振る舞いを変えた。
先ほどまでの彼女は名探偵というには不似合いであったが、今の彼女は名探偵と言われても十人に一人は信じるだろう。
正直、昨夜の振る舞いに比べればまだまだ名探偵とはいえない。
「裏見は事件の詳細を知っているよね。教えてくれる?」
「なぜですか?」
「だって私、あまり詳しくは知らないもの」
ぶりっ子のような口振りで言った。
可愛いと思うーーはずもなく、裏見は呆れを込めた口調で、
「分かりました。では事件の詳細とともにトリックを話しましょう」
「ええ、是非」
裏見はまず池で事件の詳細を話した。
「今回殺害された男は大企業の社長だった。彼は大金を手にしているためか、人を小馬鹿にする性格で有名だった。よく人から恨まれ、命に危機に陥ることだって何度もあった」
「今回の事件も起こるべくして起こったのだな」
「ええそうでしょう。しかし生憎、今回の事件は憎まれ上手な彼を利用した享楽殺人者の道楽ですよ」
「それが私というわけですか」
「はい。まず被害者は六月十日にこの旅館に泊まりに来た。そして六月十六日に殺害された。おかげで旅館に泊まっていた我々は六月二十一日まで泊まらせられた」
裏見はチラリと私我を一見する。
依然動揺は見られず、平然としている。
裏見の眼には、私我の自信を壊してやろうとする意思を感じる。
「では質問だ。あなたは六月十六日、どこで何をしていた?」
「この探偵事務所である事件の捜査を依頼されていました」
「どのような依頼ですか?」
「警察署のパトカーが盗まれたらしいのです。警察では捜査は難航しているので、見つけてほしいと」
「証人はいますか?」
「証人なら警察全体でしてくれるでしょう。それに盗まれたパトカーも数日後には見つけ出した。証拠というには十分すぎると思うよ」
執事Aも頷いている。
「今はそういうことにしておきましょう」
と言い、裏見は事件の経緯へ話を戻す。
「凶器は刃物、背中から一突きにされ、凶器は遺体に刺さったままであった。凶器からは指紋は検出されなかった」
「犯人を特定するのは難しいですね」
「いえ、そうでもないんです。被害者は背後から背中を一突きにされ、絶命した。この池で」
三人は池へ視線を移す。
池には鯉の姿はなく、空っぽだ。
「やっぱ事件が起きてから鯉ちゃんがいなくなっちゃったんだな。あーあ、大好きだったのに」
私我は鯉の消失に悲しみを抱いていた。
鯉への愛情は本物だ。
現に、池にいたであろう鯉を想像だけで補っている。
もし犯人だとすればふざけている行動に、事件の犯人を私我であると確信している裏見からすればガチギレ案件である。
「被害者は動物を見るという行為はしない。社長は特に魚類が嫌いなそうなんです」
「珍しいですね」
「嫌いな鯉がいるこの池に被害者は来るでしょうか。よっぽどの弱みを握られていた人物に呼び出され、渋々ここへ来たということでしょう」
「それは憶測かな?」
「はい。しかし呼び出されたことは確かでしょう。そして私は目撃している。池で何者かが被害者と話をしているところを」
「その者の容姿は?」
「白いスーツと三つ編みにした赤い髪、手袋をはめた女性だった」
「まるで私のようですね」
「証拠は目撃した、という事実だけで十分でしょう」
「なるほど。やはりそうでしたか」
私我あやめは笑みを浮かべる。
もし事実であれば、自分が犯人であるという証拠が握られていることになる。
だが私我あやめは動じない。
まるで自分は犯人ではないかのように。
「他に証拠は?」
「ない。だがこの目で見た事実だけは変わらない。俺はお前の犯行を見ている」
「もしそれが事実なのだとしたら、つまらないミステリーになりそうですね。目撃者もいる、それがあなたで、私は派手な格好で殺人を犯した」
整理しながら、その顛末に思わず笑ってしまう。
「だとすれば私は相当な道化のようですね」
「まだ自分の犯行を認めないつもりですか? あなたはもう自首するべきだ。でなければあなたを警察に突き出す」
「それはやめた方がいいですよ」
私我あやめは真っ直ぐに裏見を見つめる。
「ではこの事件の素人である私から一つ言っておこう」
私我は事件の詳細を知らない前提を前置きしつつ、確固たる確信を持ちながら答えた、
「あなたは推理は間違っている」
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