自作自演の名探偵

総督琉

Part1.名探偵は嘘つきである

 私は子供の頃から、罪を犯すことに慣れていた。

 最初に行った罪は衝動的だった。今となっては愚かな行動と卑下しますが、罪の恐怖と罪悪感を感じ、それでも覆らないほどの好奇心が抱いたのを覚えています。

 罪とは日常の営みの一環に等しく分類されるものであり、いかに罪を芸術的に飾るかを考えていた。


 罪は悪いもの?


 一概にそうとは言いきれません。

 ただ、信念がなく、知恵を失った衝動的な罪ほど興味を抱かないものはない。

 私ならそれを悪と呼ぶ。

 私は悪が嫌いだ。

 無性に関り合いたくなる、陥れたくなる。

 私の罪で花を咲かせてあげたいと、心から思うことが何度もある。


 私は私の罪を愛している。

 これまで何度も美しい作品を作り上げた。

 だが、未だ最高傑作と呼べるべきものを作れてはいない。


 では作ろう。

 私が認めるまで、罪を重ねていこう。

 こうして私は、罪を犯し続ける。


 結論、私は罪人だ。



 ●●●●



 私立探偵私我しがあやめ。

 事件解決数トップ10に入る名探偵で、彼女が取り扱った事件で未解決は一つもない。

 ただ、探偵として生きる上で、気をつけなければいけないことがある。

 あらゆる事件において、その可能性は潜在する。

 だが彼女はそれを恐れることはない。

 なぜならーー



 血を連想させる赤い髪を後ろで三つ編みに結び、瞳も真っ赤に染まり、紅茶の入ったティーカップを片手にソファーでくつろぐ姿があった。


「私我さん、お客様がお見えになっていますよ」


 私我あやめの補助サポートを務める男は、扉の向こうに待つ客人の気配に気付き、大広間でソファーに腰掛け、紅茶を嗜んでいる私我へ言葉をかける。

 私我は片目を開き、男の方へ視線を向ける。


「私が"さん"で客が"様"か。随分と位の高い人物がお見えになっているのだな」


「いえ、そういうわけでは……」


 皮肉のこもった言葉に男は動揺を見せる。

 長年仕え、尊敬している相手とだけあって、男としては相当な精神的ダメージを受けたに違いない。

 男の悔しさを察した私我は、


「いいから連れてこい。私は今、謎に餓えているところなんだ。分かるだろ?」


 と、痛ましさから助け船を出した。


「はい、もちろんです」


 男は恐縮で両手が太ももに接着剤で付けられたかのように縮こまっていた。

 その様子に笑みを浮かべながら、扉の方へ向かう男を眺める。


(さて、今日はどんな客が来るだろうか。最近は未解決の事件が多いからな。地下鉄爆破に警察車両の盗難、そして旅館で起こった大企業の社長が殺害された事件などなど。それらに関係する人物が来るか? だとすれば大物がここへ来て、大金が手に入るかもな)


 淡い期待を抱き、依頼人を待つ。


 時刻は午後零時、正午だ。

 彼女は腹を空かせていた。

 昼食をまだ取っておらず、朝から最近起こっている事件の資料に目を通すばかりで朝食も忘れていた。


 昼食を食べたいという意志が脳裏を疾走する中、男は客人を後ろに連れて戻ってきた。


 客人は男だ。

 年齢は二十代中盤あたり。

 二十代中盤の平均的身長と体重を兼ね備えている平凡な男だ。

 だが目はやけに私我あやめを睨みつけているようにも見える。


 彼女は男が向ける視線に一切動じることなく、平然とした様子で客人へ挨拶程度の会釈を行う。

 客人は一礼をした後、彼女の対面にあるソファーへ促され、腰かけた。


「名前は?」


裏見うらみです」


「私への用件は何かな?」


「先日の旅館での事件をご存知でしょうか?」


「ああ、覚えているとも」


「ーーでしょうね」


 まだ途中だった彼女の返事に被せ、裏見は確固たる確信を持って言った。


「どういうことかな?」


「話は簡単です。あなたがあの事件の犯人なんですから」


 衝撃的な発言だ。

 彼女はその台詞に動じることなく、紅茶を一杯口にし、穏やかな口調で言う。


「お聞かせ願おうか。君の名推理を」


「いいんですか? 俺を殺さなければあなたは一生地下牢で生活することになりますよ」


「それも一興。私はそれまでだった、というだけの話だ」


「随分な自信ですね。しかしあなたはもう


「面白いことを言うな」


「今から再びあの旅館へ行きませんか? あなたの確固たる自信とともに、あなたが隠した罪でさえも暴いてみせましょう」


 彼女は男も提案を承諾した。

 自分は罪を犯していないから、という自信なのか、はたまた自分が犯した罪を暴けるはずもないから、という自信なのか。

 いずれにせよ、彼女は常に俯瞰していた。

 圧倒的な余裕を浮かべ、彼女は男と真っ向から戦いを受けようとしている。


「執事A、今すぐプライベートジェットの手配を頼む。ついでにこの事件に合うワインを頼もうか」


「承知致しました。私我様」



 ●●●●



 六月十六日、事件は起きた。

 旅館に泊まっていた大企業の社長が、何者かに背中を一突きされ、死亡した。

 警察は他殺と考え、捜査にあたったが、結局犯人については何も掴むことができなかった。


 警察の信用度は地に落ちた。

 既にその事件の前にも地下鉄が爆破される事件があり、さらに警察署から車両が一台盗まれる事件まで発生している。

 これらは全てここ一ヶ月で起こったこと。

 人々は恐怖に陥り、事件の犯人はこの状況に笑みを浮かべていることだろう。


 だがある男、裏見は捜査線上に一切浮かび上がってこなかった、私我あやめ、という人物に目をつけた。

 そして今、私我あやめと裏見は事件が起こった旅館へ戻ってきた。


 事件が起こってから約二週間が経った。

 七月一日、既に旅館は運営を再開しており、一般客が泊まりに来ていたこともあって、裏見と私我は同じ部屋に泊まるしか選択がなかった。


 旅館の名前は『第二の地球』。

 建設当初、旅館ではなく科学技術館にする予定だったが、建設中に事件が起き、後に買収した人物が旅館とした。

 旅館には科学技術の痕跡が残っており、肩凝りが完治するマッサージチェア、肌をツルツルのスベスベにする温泉、プロ卓球選手並みの機械と卓球で対戦できる場所などがある。

 そのため、宿泊代は高額だが、大企業の社長や著名人などが多く泊まりに来る。

 唯一の難点といえば、この旅館ではなくスマホやパソコンなどといった機器が持ち込み不可であるという点だ。

 しかしその欠点を補うように、旅館側から専用の端末が支給される。それがあれば時間や気候などを知ることができ、施設を使用することもできる。


 唯一残っていたダブルルームを一部屋借り、裏見、私我、執事Aは同室になった。


「わざわざ泊まる必要はあったのか? まさか私と相部屋になり、口説こうとは思っていないよな」


「冗談は好きじゃない」


「君は恐いな。まるで余裕がないみたいだ」


「うるさい……っ」


 怒りを交えた声が轟く。

 彼女は悪気は感じていないようで、浮かべる微笑は崩さない。


「まあいい。すぐにあなたを地下牢にぶちこんでやりますから」


「君はいつの時代設定で話をしているんだ。本当に理解が難しいな。現代人とやらは」


「あなたもそうでしょう」


「そう思うかい? 君が本当に私のことを知っているのなら、私に対してそのような問いかけは誤りであると思わないのか?」


 裏見は彼女の発言に理解できず、困惑していた。

 これ以上会話をすれば自分の精神が崩壊してします、そう思った裏見は感情のままに部屋を後にした。


「あーあ、これでは彼の名推理が聞けないではないか」


 彼女は退屈の波に身を埋めていた。

 執事Aが用意した紅茶さえも飲む意欲が湧かない。


「私我様、これからどういたしますか?」


「せっかく事件の現場に来たんだ。ここで起きる事件について推理しておこうと思ってな」


 彼女は重たい腰を上げ、おもむろに服を脱ぎ始めた。


「私我様、服を急に脱がないでください」


「おや、君は男だったな。すぐにスーツを用意しろ」


 詩を読むような喋り方からは、恥というものは感じられない。

 対して執事Aは頬を火照らせ、必死に目を逸らそうとしている。だが抑えきれない欲が視線を時々彼女へ向けようとしている。


 居づらそうにしている執事Aを面白がりつつ、助け船を出そうと指令を下す。


「では君は裏見が入ってこないよう部屋を見張っていてくれないか? 私は仕事服白スーツに着替えるから」


「分かりました」


 執事Aは虎から逃げる狐のような疾走を見せる。

 普段あまり目にかけることができない執事Aの動じた表情を、一日で二度も瞳に映すことができ、気分は徐々に上がっていった。


 白スーツに着替え終えた彼女は部屋を出る。


「執事A、これから殺害現場に向かうぞ」


「はい」


「確か場所は……」


 彼女は口元に指を当て、上向きになって思い出そうとしていた。

 カップラーメンが出来上がるほどの間が空き、そこでようやく彼女は思い出した。


「池の近くだったな」


 彼女は執事Aとともに池へと向かう。

 池は1LDKほどの大きさで、広い空間を鯉はすいすい泳いでいる。

 血痕は既に拭き取られている。殺人が行われた事実さえも想像できないほど元通りになっている。


 だが彼女は、そこで行われた事件を詳細に想像してみせた。


「犯人は背後から被害者を殺害した。だがなぜ被害者は夜中にわざわざここへ来たと思う?」


 しばらく考えた後、執事Aは答える。


「誰かに呼び出されたから、でしょうか?」


「なるほど、ではそうだったとして、どのような関係の人物が呼び出したと思う?」


「同僚かライバル企業の社長とか、でしょうか」


「平凡な推理だ」


 彼女は頭を抱え、ため息を吐く。


「相変わらず君は身の回りの世話以外は何もできんな」


「も、申し訳ございません」


「構わんさ。だから君を選んだ。だから君に意見を求めた」


 執事Aは彼女の意図が分からず、首を傾げ、意味を教えてほしいと顔で表現していた。

 だが彼女は執事Aの懇願ははねのける。


「さて、今回の推理を組み立てようレディ・ミステリー


 彼女はムーンウォークを始めた。

 次には華麗にステップを決め、指をラップタップと鳴らし、リズムにノリ始めた。

 次第に勢いはエスカレートしていき、独特な踊りを決めていく。鯉は彼女の動きにみとれ、呼吸することも忘れていた。

 鯉の死体が浮かびつつある中、彼女は手を振り上げ、エンドを刻むように静止した。


 閉じていた目を徐々に開く。

 ポーズはそのまま、彼女は言った。


「この事件の犯人を誰にしようか長い時間迷った。その結果、私はこのように結論をつけようと思う」


 彼女は不敵な笑みを浮かべ、道楽に興ずる道化ピエロの装いで言葉を放つ。


「ーーこの事件の犯人は裏見である」

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