第13話
解離性同一障害—多重人格とも呼ばれるその症状は、一人の中に、全く異なる性格や性別・記憶・趣味嗜好を持った複数の人格が交代して現れる。
その原因は圧倒的なストレスやトラウマといわれ、患者が現実から目を背けるために新しい人格を作ると言われている。
彼女—主人格である『すずか』はまさにその典型例であり、詳しくは語らないが家庭から生まれる極度のストレスから逃げるため、多数の人格を生み出してきた。
そしてこの話は冒頭につながる。
4月3日。深夜2時。暗い部屋の中、スマホの明かりだけが幽霊のようにぼんやりと光っていた。その青い光が照らすのは青白い顔、すっぴん、メガネをかけた貧乏くさい女。
名前をすずかという。
「わたし、今回の件ではっきりした。肉まんちゃんのことが好き。みんなはどう思う?」
「うーん、でも毎回こんなこと起こったら嫌じゃない? 絶対女が寄りつかないようにしたいよね」
彼女は声色を変えながら1人で話し続ける。閉めきったカーテンだけでは物足りないのか、窓には段ボールが貼ってある。
「やっぱぼんちゃんもそう思うよね、でも、一体どうすれば……」
自分の1番の親友、どんなときも味方でいてくれるはなみ。
親身に話を聞いてくれるかわいい女の子、ぼんれすハム。
協調性があり、穏やかな物腰で結論まで導いてくれる人、きむら。
口調は荒いけど決して誰の事も否定しない懐の深さを持つやはぎたん。
やると決めたら真っ直ぐな男、ワニ。
理路整然と自分の考えを表現できる男の子、弥生。
気付けば6人の人格が彼女の中にいた。
「もういっそのこと、肉まんを私たちの仲間に入れてしまうのは?」
「それいいね。すずかのお友達に入れば裏切りは無くなるもんね」
彼女は満足そうに頷く。
「そうだねみんな。次は肉まんちゃんがお友達になるからね」
自分の人格との会話が終わった彼女は、それぞれの人格のスマホを取り出した。そして、それぞれのスマホからすずか宛てにメッセージを打つ。
ワニ『オフ会とかどう?』
弥生『いいね。すずか、肉まんと連絡取れる?』
「うん! 聞いてみる!」
1時間後。
「いない、ここにもいない、いない……」
はなみ『大丈夫、私も手伝うから』
「ほんと? はなみちゃん、ありがとう!」
彼女の親指は千切れんばかりの速さで左右にスライドしdiscord、Twitter、spoon。SNSアプリを開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している。
眼球は開きっぱなしなのか充血している。口はいつから半開きなのだろうか乾燥し、口臭も酷い。まるでドブだ。
かれこれ彼女は5時間もこうしている。
なにを彼女はしているのか。
彼女は一人のユーザーを追っている。
”肉まん”
食べ物ではない。そういうユーザー名の人物だ。
熱心に、粘着性に彼女は肉まんを探し続ける。彼女は待っているのだ。各種SNSで肉まんが呟くその瞬間を。
「今日に限って配信もしてない……」
やはぎたん『寝てるんじゃね』
きむら『すずかもう寝たら?』
彼女はせわしなく6台のスマホを操る。
「ううん、もう少し粘りたい……。オフ会誘いたいし……」
それから何時間たっただろうか、締め切ったカーテンの隙間から光が漏れるようになった頃。彼女はささくれた唇をニヤリと釣り上げこう呟いた。
「見つけた」
配信アプリ、spoonの通知が鳴る。
ーー肉まんさんが配信を開始したよーー
すずか『やあ』
彼女は肉まんにメッセージを送る。とあるゲームのスタンプラリーが開催されること、よければ一緒に回ってほしいこと。
肉まん『いいよ。大阪開催だけど。すずか関東住みでしょ?』
「わ、もう返事きた! はなみちゃんどうしよう、何て言えばいい!?」
「すずか落ち着いて、まだ告白するわけじゃあるまいし」
彼女は枠内で肉まんに返信する。色んなスマホを操作しているので、指がつりそうだ。
すずか『うん、せっかくだし大阪行ってみたかったんだよね! 肉まんちゃんの地元大阪だっけ? よかったら観光案内してよ~!』
肉まん『いいよ』
すずかはガッツポーズして喜んだ。
「よかった~、嬉しい! 無事オフ会までこぎつけた……。あー、緊張した……」
肉まんの配信画面には見慣れたリスナー。もう邪魔する者はいない。
まみゃ『やあ肉』
肉まん『まみややあやあ』
まみゃ『そういえば最近姫てゃ!いないね』
彼女はニヤニヤと口角を引き上げながら文字を打った。
すずか『確かに。わたし、姫てゃ!に陰口言われてたみたいなんだよね。なんかあったのかな』
肉まん『あーそんなやつ肉まんのDMにも来てた』
すずか『えー、そうなんだ。悲しいな。あの子裏で肉まんちゃんとかまみゃちゃんの悪口ばっか言ってたし、いなくなってよかったよ』
その時ピョコンとdiscordの通知が表示された。
はなみ『肉まんちゃんと仲良くなれるといいね』
ヤンデレ女がネトストする話 @suzuka_nikuniku
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