第12話
姫てゃ!side
私の名前は鈴木清江。23歳。無職。友達の結婚報告が送られてくる、そんな歳。
実家は豆腐屋。昔ながらの両親の元育てられた。清江っていう渋い名前、頑固な父親、口うるさい母親。まぁ、昭和って感じ。
そんな私にも、小さいとき、夢があった。かわいくてみんなに愛されるお姫様。
「わぁ、かわいい……!」
小学生の時に見たアニメ、びっくり天使姫ぽん。当時は釘付けになって見ていた。
姫ぽんはどこにでもいる普通の女の子、でも実は魔法が使える。変身したらすっごくかわいい。いつもキラキラしてて、みんなの人気者で、かわいくて。姫ぽんが笑えばみんなが笑顔になる。
私もそうなりたかったのに。
こんな渋い名前と、しかも豆腐屋の娘じゃ無理。学校だってつまんなかった。
可愛く振る舞うとみんな私のことをぶりっ子って悪口言う。私の周りには誰もいなかった。
(リアルは辛い)
みんなに愛されたい。それは私の幼い頃からの願望だった。でも、現実ではうまくいかない。みんな私のことを分かってないから。でも、こんな私でも輝ける場所を見つけた。
「みんな~~お待たせなのだぁ♪ 姫てゃだよ~今日も配信始まり始まり~~!」
こんな、引きこもりニートの私でもネットの世界じゃ関係ない。私をバカにした同級生を見返してやりたい。私はみんなに愛されたい。だから私はネットで姫になった。
ネットは楽しかった。現実では誰にも相手にされないけど、ネットだと女ってだけでどんどん男が寄ってくる。
私の一挙手一投足にまどわされる。私の気を引きたくて送られてくるDM。
私が笑えば男たちが笑って、私が泣けば男たちも悲しむ。
私は満たされていた。そんなある日。
「へー、声だけで配信できるアプリ、spoonかぁ。ツイキャスと何が違うんだろ〜」
成人しても、わたしは常に何かの配信サイトにいた。そこで見つけたspoonの広告。
試しにインストールしてみる。
「へー、こんな感じなんだ。結構使いやすいしユーザー数が多いんだ」
spoonで配信をしながら、承認欲求を満たす私。昔夢見た姫ぽんになれた気がした。
でも、1つだけ嫌なところがある。それは他の女の存在。姫は私だけでいい。
私は仕事もせずに姫にのめり込んだ。コロコロ笑って、時には泣いて。
トントン、と階段を登る足音が聞こえた。まずい、ママだ。
「やばぁ、親フラ! ちょいミュートだよぅ!」
「ちょっと清江、何時まで電話してるの。仕事もしないで夜遅くまで……。声響いてるよ、ご近所迷惑なんだからいい加減にしなさい」
扉の外からかけられたママの言葉を無視し、膝で扉を蹴る。ゴン、と鈍い音がした。
「ハァー……。清江、ご飯廊下に置いとくから。いい歳なんだから、電話くらい時間考えて」
今度は壁を殴る。手が痛い。この部屋中の扉、壁は私が蹴るせいでへこんでいる。元はといえばママが悪い。
(うるさいうるさい!! わたしは姫で忙しいの!!)
ティロン♪
スマホの通知が鳴る。discordのようだ。阿吽くんのところで少し失敗しちゃったけど、所詮はネット。最悪アカウント消せばいいだけの話。次はどの枠に行こう。
「はなみくんとも仲良くなったし、今ハマってるのは肉まんさんの枠〜優くんはいなくなっちゃったけど……」
せっかく優くんと仲良くなれそうだったのに、全部ぶち壊しにされた。まぁはなみくんと仲良くなれたからいいけど。
「なーんか、イライラしてきちゃった! そういえば肉まんさんの枠、すずかってやつが邪魔なんだよね〜あいつさえいなければ姫は完璧なのに」
あ、そうか。いい事思いついちゃった。
「肉まんさんに、すずかちゃんからいじめられてるって相談のDM送ろうかな♪」
こういうのを世渡り上手っていうんですよ〜こんなこともできない女が私に偉そうに説教すんなっつーの。
肉まんさんとのDM画面を開く。あー、笑顔が止まらない。
今日も楽しい〜!
ピンポーン♪
玄関のチャイムが鳴った。すぐにママがドアを開けに行く音がした。
「ちょっと清江ー! ピザ屋さんよ!」
……? ママが頼んでくれたってこと? 一緒に食べよう的な?
今日のお昼はピザか。
めんどくさいけど階段をおりる。ママがお金を払っているのが見えて、玄関のドアが閉まった。
「どうしたの、急にピザなんて。お金立て替えといたから返してね」
(どういうこと…?)
噛み合わないやり取りが引っかかる。私はピザを頼んだ覚えなんてない。誤配送じゃないの……?
ふと伝票を見て、全身に鳥肌が立った。
【鈴木清江こと姫てゃ!様】
私はピザを伝票ごと小脇に抱え、走って2階へ逃げた。
(本名と住所がネットでバレてる……? 誰……!?)
これはやばい、ストーカーかもしれない。慌ててカーテンを閉めた。そのときだった。
コンコン、と扉がノックされた。
「ひっ……!?」
びっくりして転んでしまう。
「何よそんなに驚いて。あんた宛ての手紙だよ。廊下に置いとくから」
ママだった。それだけ言い残して階段を降りていった。
(手紙なんて、心当たりない……)
恐怖心を振り払って手紙を開く。内容を見て、思わず笑ってしまった。
【spoon辞めろ】
「あっはは! どこの女だよまじで!」
ということは、ピザもこいつか。またどこかの枠で女の妬みを買ってしまったんだ。
相手が女なら怖くない。できることなんてたかが知れてる。散々笑ったあと、握りしめた拳を机に叩きつけた。ふざけるな。低い声で呟く。
「どの女か知らないけど、こんなんでネット辞めるかよ。舐めんなブス」
その夜。私は知り合いの男全員に手当たり次第にメッセージを送った。
「ちょっと相談したいことがあって……。○○くんにしか言えない。メッセージ見たら返信ください」
という文面だ。結果は上々だ。半分から「話聞くよ、通話しよ?」的な返信が来た。もう半分にはブロックされていた。
「相談相手第一候補ははなみくんなんだけどな〜毎日通話してるし、多分はなみくん私のこと好きでしょ」
ティロン♪
「きた! わ、はなみくんだ! 早速通話かけちゃお〜」
私ははなみくんに今日あったことを話した。ピザが送られてきたり、手紙が投函されていたり。いかに怖いか泣きながら話した。
一通り話を聞くと、いつもの落ち着く声でアドバイスをくれた。
「そっか、それは怖いね。でもまだ無視した方がいいと思う」
てっきりすぐに警察行ったほうがいい、とか命が危ない〜とか言われると思っていた。声を作るのも忘れてきょとんとしてしまう。
「え、なんで?」
「まず、今は怖いけど、誰がやったか確証がない。被害もそんなにない。だから警察がそれくらいで動くとは考えにくいんだ」
はなみくんならもっと姫のこと守ってくれると思ったのに。
想像していた答えと違ってがっかりする私。はなみくんは言葉を続けた。
「もう1つ理由がある。姫てゃ!は女の子だから特に共感しやすいかな、と思うけど……」
はなみくんが語ったのは、相手をしないこと。
もしこの悪趣味なイタズラをしたのがネットの女だったとして、きっと姫に無視されて一切相手にされないと、いつか諦める。逆にTwitterとかで「こーゆーことあって怖い〜ピエン」みたいなことを書くと、その反応が燃料になってしつこくイタズラしてくる。
「相手の嫌がる顔が見たくてやってるのに、一切反応されないと気持ちが折れると思うんだよね」
……確かに。阿吽くんとエロイプしたって嘘を阿吽くんの女リスナーに片っ端からDMしたとき、一番悔しがるだろうな〜と思っていた女からブロックされた。
もっと発狂してほしかったのに、返信も来なかった。
「うーん……。無視が一番だと思う。でも、姫てゃ!は怖いよね……」
「ううん、ママとパパいるから、大丈夫だょ!」
はなみくんが本気で心配しているのが伝わる。嬉しい。
「そうなんだ。実家ってことかな? 夜だけでも寝る部屋、隣り合わせにしたほうがいいんじゃないかな……。心配だなぁ……」
「えへへ、ありがとうだよ。心配かけちゃってごめん。正直怖いけど、ママに心配かけたくないからまだ今日のこと言ってないの」
半分本当で半分嘘だ。ニートなのにネットにのめり込んで、住所と本名がバレてピザ届いたとか、こんなのどう相談してもネット環境を取り上げられるだけだ。
ピザのお金に至ってはママが立て替えた。
「そうだね、無視してみる! 聞いてくれてありがとぉ〜! でねでね? 昨日言ってた話なんだけど〜」
まぁ、かわいい私に嫉妬したどっかの女がやったこと。放っておけばいいってはなみくんも言うし。
とりあえずしばらくははなみくんが相談に乗ってくれることになった。
「バーカ。女、見てるかよ。お前がやったイタズラではなみくんともっと仲良くなったわ、お前なんて私の踏み台でしかないんだよ、ザマァ見ろ」
今日もネットは楽しい!ゴミ女め、これが姫だ。よく見とけ。久しぶりによく眠れそうだ。
翌日。
「清江、あんた宛の手紙。友達できたの? 廊下に置いとくよ」
扉越しのママの声で目が覚めた。もう夕方だ。カーテンから漏れるオレンジの光は寝起きには辛い。
(また手紙かよ……)
とりあえず開封する。3枚の写真が出てきた。まず、この豆腐屋。次に、2階で配信をする私の写真。カーテンの隙間から撮られたようだ。
そして、3枚目。近所のコンビニで買い物をする私の横顔。
「……っ!!」
バシン! 思わず写真を床に叩きつけてしまう。
(なんで、いつの間に……?)
私は腕の鳥肌をさすりながら、考える。思い出せ、思い出せ。
最後にコンビニに行ったのは1週間以上前だ。
……もしかして、ずっと見張られてた……?
ピンポーン♪
「……!?」
このタイミングでインターフォン……? もう夕方だ、店は閉まっている。
パタパタとスリッパの音が聞こえた。1階にいたママが対応したようだ。
その直後。
「キャーー---ッッ!! ちょっと、あんた!! 早く!!」
ママの叫び声の後、パパがドタドタと玄関に向かう。何かがあったようだ。
「なんだこりゃ……。 おい、誰だ!! 出てこい!!」
パパが激怒している。震える足をどうにか叱咤し、階段を少しずつ降りる。
玄関ではママが尻餅をついていた。パパがハイターやゴム手袋、除菌剤を手にしている。
「ママ……? パパ……?」
なんと、玄関にネズミの死骸が散乱していた。1匹2匹じゃない。
さらに豆腐屋の看板には黒いスプレーが吹き付けられていた。
パパはネズミを片付けながらママに言った。
「客商売だ、こういうこともあるさ。続くようなら警察に相談だ。母さん、そんなに怯えるな。ワシが処理しておくから、お茶でも飲んでなさい」
呆然と階段の踊り場に立ち尽くしていた私。パパと目があった。パパは私に気付くと、落ち着けるようにこう言った。
「清江ちゃん、何でもないから。誰かのイタズラみたいなんだ、出歩くときはお父さんに言うんだよ、危ないからね」
パパはそう言うと、ニカッと白い歯を出して笑ってみせた。
(度を過ぎてる)
私はすぐ部屋に戻り、はなみくんに連絡する。だが、寝ているのか、応答がない。そういえばはなみくんは夕方になると連絡がつきにくい。
(こんなときに限って……! ん?)
部屋の照明を消して、カーテンの隙間から外を見る。家の前のガードレールにはためく何か。よく見ると、コピー用紙が等間隔で張られていた。
「なに、あれ」
目を凝らして見る。気付いた瞬間思わず叫んでいた。
「私のアカウント……!?」
風になびくコピー用紙は、よく見ると私のSNSアカウントのコピーだった。
ふと、豆腐屋ののれんが目についた。何か、写真が貼ってある、嫌な予感がした。そしてその嫌な予感は当たってしまう。
推しライブ用の双眼鏡を手に取り、のれんをよく見た。
(高校生のときの卒業アルバム写真……!?)
のれんに貼られた写真にはご丁寧に黒マーカーで大きくバツがつけられていた。
もう無理だ、怖い……。
明らかに私に悪意を持って近づいている人がいる。もう無理。手元のスマホを手繰り寄せ、はなみくんに通話をかける。
(はなみくん、お願い、出て……!)
すがるような気持ちで通話をかけ続ける。
「ごめん寝てた、おはよう~」
やっと繋がった。私は開口一番にさっきの出来事を説明する。
「はなみくん!? ねぇ、聞いて……」
全て話し終えたとき、はなみくんは黙ってしまった。
阿吽くんの件のときに仲良くなったから、これも嘘だと思われたのかもしれない。
「違うの、嘘じゃないの! 本当なの、信じて……」
すがるように言葉を続けるが、途中で泣いてしまった。
「怖い……怖いよぉ……心当たりありすぎて、どの子が犯人か分かんない……ぐすん……なんで住所とか、高校生のときの卒アル写真がバレてるの……」
ひとしきり泣いたあと、やっとはなみくんが口を開いた。
「話の途中にごめんね、さすがにそこまで酷くなると思ってなかった。無視ってアドバイスしたの俺だもんね、危険な目に遭わせたの俺のせいだ、無責任なこと言ってごめん」
「違う、はなみくんのせいじゃない……! 姫も、姫だって……」
その先の言葉がうまく出てこない。
嫌だ、この感じ。またブロックされる。はなみくんは、私の話全部聞いてくれるのに。今までネットで通話した人の中で、私に1番寄り添ってくれた人なのに。
そんなとき、はなみくんから思いがけない提案をされた。
「俺、今ちょうど姫てゃ!の最寄駅にいるんだ。ここまで事態を悪化させたの俺だし、その、都合いいかもしれないけど……」
言わんとしていることはすぐ分かった、要はリア凸だ。
「分かった、すぐ行く!」
勢いよく返事をすると、すぐに荷物をまとめて着替える。お気に入りのピンクのポシェットを肩から下げて、ドタドタと階段をかけ降りた。玄関は、ネズミの死骸を掃除したあとだから、やたらと薬剤くさかった。
この家の引き戸は重い。がたつきながらゆっくり開く扉に心が急かされるようだ。
「うわ、夕陽まぶし……。早くはなみくんに会いたい、少し走ろう」
スプレーで落書きされた豆腐屋の看板、ガードレールに等間隔で貼られた沢山の紙。私のSNSアカウントのスクショをプリントしたもの。臭い玄関。
ギュッと目をつぶり、通り過ぎた。
右手にスマホを持ち、駅まで走る。
ちょうど路地裏に入ったとき、ふと素朴な疑問がわいた。
(そういえば、なんではなみくん私の最寄駅知ってるの……? 通話でも話してないはず……)
その時、視界が揺れた。
(あ……もしかして私殴られた?)
ぐらつく意識。後頭部に走る鈍い衝撃音。殴られたと気付くまで時間がかかった。
ガシャーン! と派手な音がしてスマホが地面に転がっていった。
(何が起きてるの……? 頭痛い……)
私はうつぶせのまま動けないでいた。混乱する頭を整理する。私は何者かに殴られたんだ。じゃあ、殴った人は、今どこに……?
目線だけで犯人の姿を追う。
「だ、誰……、うぅ……」
全く知らない女が私の顔の横にしゃがんでいた。膝を揃えて、私の顔を覗き込んでいる。ボブに切り揃えられた髪がパラパラと私の頬に当たった。
「ふーん、お前が姫てゃ!か。思ってた以上にブスじゃん」
(はなみくんの声……、この女から……どういうこと……?)
ボブの女は、金属バットの先端を地面に付けてしゃがんでいた。そうか、私はこれで殴られたのか。
痛みにうめきながら、震える声でボブの女に話しかける。
「はなみくん、なの……?」
ガン! 真っ正面から頭を殴られた。
「お前、今すぐネット辞めろ。spoon消せ」
顔こそ女だが、声は間違いなくはなみくんだった。突然のことに思考が追い付かない。殴られた頭、顔も痛い。
「は、はなみくん、だよね……? え、誰……!? 分かった、分かったから!」
うつぶせのまま、もう1度問うと、女は私に馬乗りになってきた。
殺される。直感して、ありったけの力で暴れようとするが、恐怖で力がうまく入らない。
バン! と視界の端にタッパーが叩きつけられた。アスファルトの上、蓋が青い透明なタッパー、中には生きたゴキブリがひしめいていた。
「……!? ア、ガッ……! ギャッ……!」
女は馬乗りのまま私の口に手を伸ばしてきた。そのままとんでもない力で口をこじ開けてくる。
開いた口に大量のゴキブリが突っ込まれる。
「ギィエ……!! げほっ、オェっ……!!」
ゴキブリが口の中を這いずる感覚。やっと女が背中から降りた。あまりのおぞましさに転がり回って暴れる。ゴキブリは奥へ奥へ侵入しようとする。そのとき、また顔を殴られる。
グシャッ!
嫌な音がした。口の中でゴキブリが潰れた感触だった。一拍置いて、私はのたうち回る。
「うるさい、ブス」
女は両手で握った金属バットを振り下ろした。抵抗する術もなく、真っ正面から振りかざされたバットをお腹で受け止めた。
殺される、でもこいつの目的は何……?
間違いようのない聞き慣れた柔らかい声。はなみくんの声で、女は私のスマホを片手に問う。
その右足は私のお腹に置かれていた。
「おい、スマホのパスワードは」
この女は誰だ。はなみくんは女だったのか。何故はなみくんが私の住所を、本名を……。
「早く言え」
反射的に口が動いた。
「1028……」
潰れたゴキブリがジャリッと奥歯で擦れる。
「アハハ、豆腐屋ってことね。あー、開いた」
女は慣れた手つきでスマホを操作する。もう逃げる力もない私は、その光景をただただ眺めていた。
「お前、ネット辞めろ。spoon消せ。二度と私の前に現れるな、返事は」
ガタガタ震える顎で返事をする。
「もうネットしません、許してくだひゃいごめんなさい……」
「お前、肉まんちゃんにDM送ってたんだ。ふーん、すずかにいじめられてる、ってか」
女は最後に私の腹部を殴打した。
「ギャッ……! もう、やめて……お願いしまひゅ……」
「次は殺すぞ。顔覚えたからな」
気付けば地面に倒れた私の胸ぐらを掴み、至近距離で囁かれた。
「ヒィッ……! もう二度と配信しません、ネット全部辞めますだから、ゆるし、」
ガン! もう一度頭を殴り付けられ、私はそこで意識を失った。
———————————
カーテンを閉め切った暗い部屋。
布団に座った一人の女が、スマホの画面を見ていた。
『全部終わったよすずか』
そう書き込んだ彼女は、すずかにそうメッセージを送ると、横に並べてある大量のスマホに目をやる。一つのスマホがブーッと振動音を鳴らした。
「えーっと、すずかすずか、と……」
布団に並べてあるのは大量のスマホ。スマホの背面には、油性ペンで名前が書かれてある。
ーー弥生ーー
ーーワニーー
ーーぼんれすハムーー
ーーきむらーー
ーーやはぎたんーー
そして、ーーすずかーー。
すずかと書かれたスマホを手にした途端、彼女は軽快な口調に切り替わる。
「あったあった。えーっと、はなみちゃんからメッセージ来てる。うわ、姫てゃ!ボコボコじゃん! どうやったのマジで……」
まるで別人のように口調が変わった彼女は、楽しそうに地面に這いつくばって姫てゃ!が命乞いしている動画を見始めた。
『お前、ネット辞めろ。spoon消せ。二度と私の前に現れるな、返事は』
『もうネットしません、許してくだひゃいごめんなさい……』
「アッハハ、はなみちゃんまじで強すぎ。やっぱ持つべきものは友達だね。さすが私の友達。ありがとう、はなみちゃん」
彼女はそう言うと、すずかと書かれたスマホに文章を打ち込み始めた。
『はなみちゃんありがとう!』
横に置かれているスマホが、振動する。背面にははなみと書かれてあった。
彼女は、はなみと書かれたスマホを手に取ると『ううん、すずかのためだから。ちょっと手荒になっちゃってごめんね!』と書き込む。
書き終えると、彼女は弥生と書かれたスマホを手に取った。
『すずかおめでとう。復讐成功だね』
そして、ワニと書かれたスマホを、ぼんれすハムと書かれたスマホを、きむらと書かれたスマホを、やはぎたんと書かれたスマホを。
全てのスマホですずか宛にメッセージを送る彼女。
『すずかよくやった』『すずかちゃんやったね』『すずか頑張ったね』『すずか完全勝利』
暗い部屋の中、一人の女が会話していた。
「はなみちゃん、弥生くん、ワニちゃん、ぼんちゃん、きむちゃん、やはぎたん。ありがとう。みんなのおかげだよ。ううん、すずかのためだから。そうだって、また何か困ったら俺を呼んでよ。わたしはいつだってすずかちゃんの味方だよ。ほっとくとすぐ巻き込まれるんだから。どうせ暇だし、いつでも助けるべ。みんな……。ありがとう。大好きだよ」
女は話す。まるで女のように。まるで男のように。
まるで6人でいるかのように。
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