第7話
次の日
わたし、はなみは張り切っていた。
「私の友達をいじめるなんて絶対に許さない」
姫てゃ!のアカウントはすずかの愚痴を聞いていたときに見つけて監視していた。
フォロー、フォロワー、全て覚えた。
わたしはdiscordグループにメッセージを送る。
はなみ『じゃあ姫の枠に行ってくる。適当なアカウント作って配信行って、姫の懐に入ってくるから』
discordにそう書き込むと、わたしはすぐにspoonの新規アカウントを作り出した。花珠(はなみ)漢字にしてみたら案外男でもいけそうだ。
すずかから返信が来た。
すずか『うわ〜ありがとう〜! ありがとう、はなみちゃん』
はなみ『全然いいから。すずかを泣かせたんだもん、わたしの出番だよ』
すずか『うん、頼むね!』
さて、新しく作るアカウントのアイコンはどうしようか。適当なアイコンは昨日の会議中に見繕ってあった。イケメンのイラストアイコン、動物アイコン、自撮りアイコン。
うん、ここはイケメンのイラストアイコンだろう。姫のフォロー欄にはイケメンアイコンばかりなのだから。
適当に選んだアイコンだが、できるだけ色彩の淡いものにした。
姫のフォロー欄のアカウントの系統に寄せる。
(さあ、あとは配信を待つだけ)
イケメンアイコンにしてプロフィールを【中性ボイス,……おいで?】と、あのブスが好きそうな文章に変えたところで姫てゃ!が配信を始めた。
—姫てゃ!が配信を開始したよ—
すぐに枠に入る。今いるリスナー覧を確認すると、既に5人程いた。
「みんな、おっはよ~! 姫の雑談配信始り始まり〜♪ あっ、優くんだー! 昨日ランキング上位だったよねぇ、おめでとうだよ〜♪」
(おぉ、早速男に媚びてやがる)
苦笑いしながらも、ここは無難に挨拶でもしておくかと、わたしはコメントを書き込んだ。
お前の好きそうなイケメンアイコンだぞ、ほら、食いついてこい。
花珠『こんにちは、初見です。よろしくお願いします』
「それで、昨日優くんの枠で話してたんだけどね? それでぇ優くん何て言ったと思う〜?」
無視された。
……仕方ないもう一度書き込んでみよう。
花珠『あれ? もしかして見逃したかな? こんにちは。初見です』
「優くんマジで私のこと好きすぎるよね〜あ、てかこの前枠で私のこと話してたでしょ〜姫はしっかり見てましたぁ!」
また無視された。
こうなったら奥の手だ。
花珠『おーい笑。見えてる?笑』
—花珠が10の投げ銭をしたよ—
今度は投げ銭までして、コメントをしてみたが。
「あー、投げ銭ありがとだよ〜てか、姫結構みんなのツイート見てるからねぇ? 特に優くん! 昨日スタバ飲んでたでしょ〜? も〜姫も連れてってよぉ〜♡」
(この女っ! 身内しかコメント拾わないつもりかよ!)
姫てゃ!いや、この出会い厨は完全に身内としか会話しないみたいだ。
新規のわたしがいくらコメントをしても、投げ銭をしてもほぼ無視だ。
特定の男としか話をしない。
「う〜んどうしようかなぁ」
すずか達に姫の懐に入ってくると大見得を切ったが、このままでは仲良くなるどころか、まともにコメントを読んでもらえる気すらしない。
だけどこんなところで諦めるわたしじゃない。
(まずはこいつがどんな奴と話してるのか観察しなきゃ)
まずは観察だ。そして絶対いつか現れるチャンスを待つ。
————————————————————
「てかてか、この前優くん枠で変な女に絡まれてなかった〜? ああいう空気読まない子姫苦手かもぅ……優くんの枠行きにくくなっちゃうよぅ。ああいう子いるとリスナーさん離れちゃうよぉ?」
優『あ〜あの子ね。まあ、今度言っとくよ。ありがとね』
「ううん! 詳しい話はまたdiscordでしようよ!」
(なるほどね)
少し観察してみてわかったことがある。
それは、姫がコメントを拾って話をふるのは配信者だけということだ。
そしてその内容は女リスナーの話ばっかり。
(呆れる。こいつ、他の枠でも肉まんの枠と同じようなことをしてるんだ)
女リスナーのいる配信者のところに行って、他の女を押しのけて自分が一番になる。
インターネットにはこの手のバカ女はよくいる。他人を使ってマウントを取る意地汚い女だ。そうやって歪んだ承認欲求を満たしているんだろう。
(キッショい)
この枠に来てる男も男だ。姫に枠を荒らされていることに気づいていない鈍感な男。
馬鹿の周りには馬鹿が集まる。類は友を呼ぶとはこの事だ。
まあ、愚痴ばっかり言ってても仕方がない。
「ふむ、こうなるとわたしは不利か。姫との関係性がない上に作りたてのアカウントだし」
女リスナーにマウントを取るために男に媚びるのだから、わたしじゃ相手にもしてもらえない。どう動くか。
そう考えていた時。一気に入室リスナーが増えた。
—阿吽くんが入室したよ—
—みやが入室したよ—
—さとう@メスでし!が入室したよ—
—めるなのですが入室したよ—
(ん? 何かあったのかな?)
変なタイミングで一気に人が入ってきたことにより、枠の雰囲気が変わった。
優くんはコメントをしなくなり、姫てゃ!の声が硬くなった。
「あ〜阿吽くんだぁ、どしたの? いつもなら枠してる時間なのに、珍しいねぇ」
阿吽くんと呼ばれた人はその言葉にコメントを返さなかった。
その代わりにコラボ申請のメッセージが画面に出る。
—阿吽くんがコラボ申請をしました—
数秒考えたあと、姫てゃ!はこういった。
「はいはーい、許可許可なのだぁ〜♪ひっさしぶりぃ〜♪」
「おい、ツイート消せよ。なんだあれ」
怒っている男の声だった。
「……? え、何の話だろ……? ちょっとよくわかんな、」
「とぼけんなブス! 俺がお前とエロイプしたっていう嘘を俺のリスナーにDMしたことに決まってんだろうが! わざわざ通話時間のスクショも送ってよ! お前まじでなんなの?」
「あー、あれね! だってぇ、ほんとのことだし、阿吽くんがそんな通話求めてくるって思わなかったから、姫びっくりして……」
「びっくりして!? びっくりしたから俺のリスナーにDMした!?」
男は驚いたような声を出し、その数秒後叫んだ。
「お前頭おかしいんじゃねーの!?!?!?」
「ふぇ……なんでそんな、大きい声出すの……?」
(これは……面白くなってきた!)
ついつい姫てゃ!と仲良くなるという使命を忘れ、このバトルを楽しんでしまう。
どうやら姫てゃ!がこの阿吽くんという配信者の女リスナーに、エロイプしたという自慢をしたようだ。
どっちが正しいかはわからないけど多分姫てゃ!が100悪い。
男の言うことが正しいんだろう。
「だいたいさ。エロイプなんてしてないだろ。お前が俺の枠に馴染めないってしつこくDMしてくるから通話で話聞いてやったんだろうがよ」
「お前さ、話捏造する癖治せば? 事実と違うだろうがよ!」
どんどん詰められる姫てゃ!
彼女の返答はこうだった。
「だってびっくりしたもん……ぐすん」
「そんなに大きな声出さないでよぅ……姫びっくりしちゃうよぉ」
びっくりするの一本刀。姫は侍よろしくその刀だけで戦っていた。
ついに男配信者は諦めたようにこういった。
「あー、いや、もういいわ。お前、話にならねぇ。話聞いてみれば俺のリスナーの悪口ばっかりだしよ。枠に馴染めない? てめぇが仲良くしようとしないからだろ。マウントばっかのブス。お前がエロイプって言い張る通話の録音あるぞ、晒して証明してもいいから」
「阿吽くん? ……怖いよ? 姫びっくりしちゃうよ……?」
「ハァ〜、お前、病気だよ。嘘までついて承認欲求満たして。てめぇは一生そうやって自分に都合のいいとこだけ切り貼りしてろ。ま、お前に割く時間が無駄だわ」
阿吽くんが話し終えると、姫てゃ!の言葉を待つより早くコメントが連投される。
さとう@メスでし!『お前、二度と阿吽くんの枠に来るなよ。悪かったでちゅね〜、”古参ぶってるくせに保健室登校のガキ”で』
めるなのです『阿吽くんから録音聞かせてもらったよ。姫ちゃんとは仲いいつもりだったけど、わたしのコメント場違いだったんだ。そうなんだ。浮いてたんだ。そうなんだ』
みや『私聞いた。姫ちゃんこう言ってたんでしょ? ”みやってさぁ、絶対阿吽くんガチ恋のくせに投げ銭しないよね〜投資ゼロで阿吽くんからは見返り欲しい!!はアイタタ笑” って』
(う〜わ。女の争い怖ぁ〜)
この三人は阿吽くんのガチ恋リスナーなんだろう。
姫てゃ!はこいつらにマウントを取ろうとして、嘘をついて……今まさに”負けた”。
楽しい。思わずにやけてしまう。
姫てゃ!はもうびっくりしたも言えないみたいだ。
無言で、俯いている様子が目にうかぶ。
阿吽くんは最後にこういって枠から消えた。
「あ、最後に一言いい? あ、優くんと花珠くんだっけ? こいつこういう女。気をつけな」
阿吽くんと、他の女リスナーが姫の枠を出た後。姫は泣き始めた。
気づけば優くんもすでに枠からいなくなっている。
「え、なんで……? だって、だって、ほんとに通話したもん……グスン、うぇっ、うぇっ、酷いよ、自分のリスナー連れてきて凸なんて……もぉ、やだよ……」
号泣しだす姫。だいぶうるさい。
だがこれは……
(チャンスだ!)
わたしはすぐにコメントを書き込んだ。
花珠『自分のリスナー連れてきて凸は卑怯だよね』
数秒後。初めて姫はわたしのコメントにまともな返事をしてくれた。
「ぐすっ……そうだよね。姫だって……姫だって……」
すかさずわたしはこうコメントする。
花珠『うん。吊し上げみたいで可哀想だった。よく耐えたね。コラボ上がっていい?』
「うん……ありがとぅ」
(よし! 勝った!)
思わずガッツポーズをしてしまう。
すぐに姫てゃ!からコラボ配信の招待が来た。
「ん”っ……ん”っ!」
少し咳払い。声のチューニングは完璧。いつでもイケボが出せる。
姫てゃ!のコラボに上がった。
「あ〜姫てゃ!大丈夫そ? さっきのやつのことなんて気にしないでいいからさ」
「えぇ〜! めっちゃイケボじゃん! 姫びっくりしちゃったぁ!」
なんともまあ、単純な女だ。
さっきまで泣いていたのにイケボがコラボに上がるとすぐにこれだ。
(あとは時間をかけて仲良くなるだけね)
わたしは込み上げてくる笑いを抑えながらイケボを出し続けた。
————————————————————
すずかside
「さっすがはなみちゃん。もう仲良くなったんだ」
—適当なアカウント作って配信行って、姫の懐に入ってくるから—
はなみちゃんがそういったのはお昼頃。
夕方にはもうこんなメッセージがdiscordグループにきていた。
はなみ『姫てゃ!にフォローされたよ。これから毎回枠にいって、じっくり仲良くなって情報引き出すから』
私は興奮しながら返信する。
すずか『ありがと〜! バンバン個人情報引き出しちゃって〜!』
はなみ『もちろん! 一ヶ月以内に特定するよ!』
「あはははは! あはははははは!」
笑いが込み上げてくる。なんて楽しいんだ。私には優秀な仲間がいる!
歪な承認欲求しかないあのブスとは全然違うんだ。
その時、discordグループにメッセージが書き込まれた。
はなみ『でもこの女嘘つく癖あるから、情報が信用できない。twitterからも特定して、擦り合わせた方がいいね』
確かに。
そういえば、そういえばワニちゃんがtwitterを調べると言っていたがどうなったのだろうか。
私が聞く前に、すでにワニちゃんは答えていた。
ワニ『任せなさい。すでにtwitterは特定済みだ^^』
すずか『お! 優秀〜!』
ワニ『でもこいつ鍵垢だし、複数のアカウントあるっぽい。ワニ悲しい;;』
すずか『大丈夫そう?』
ワニ『大丈夫。弥生にも協力してもらうから^^』
そうか! 弥生くんなら。あのアカウントならもしかしたらフォロー申請が通るかもしれない。
弥生『私の出番でございますね』
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