第3話
—肉まんさんが配信を開始しました—
その通知が来た瞬間。すずかはスマホに飛びついてすぐに配信アプリ、spoonを開いた。
—すずかさんが入室したよ
彼女は肉まんと呼ばれる配信者の枠に入りギョッとする。
「うわほんとにミュートじゃん」
ゆーのの言っていたことは本当だったらしい。”配信者”のくせに喋ろうとする気がない。
一瞬もうこの枠を出ようかと思ったすずかだったが、誰が見ているか配信者が分かるシステムのspoonだ。この界隈のマナーとして枠に入ったら挨拶をしなければいけない。
彼女は気を取り直して挨拶を書き込もうとする。
「えーっと挨拶と自己紹介して…」
すずか『初見です』
肉まん『やあ』
すずか『配信やってます。よろしくお願いします』
肉まん『そう』
「……う〜ん」
好奇心に負け、今か今かと待ちわびた配信。面白いと聞いたのでコメントを書き込んではみるが……何をコメントしても淡々とした返事。
(これ本当に面白いの? もしかしてゆーの嘘ついた? いや、でもあの子そんな子じゃないし……)
想像していた人物像とはかけ離れていて困惑するすずか。数秒の葛藤の末、彼女はこう決めた。
(沈黙気まずいし、こちらから話振らなきゃな……ゆーのは面白いって言ってるし、とりあえず他のリスナーが来るまでコメントしよう。今は様子見だ)
すずか『お昼ごはん何食べましたか?』
肉まん『ラーメン』
1分待つすずか。
おいしかったよ、とか、ラーメンは豚骨派なんだよね、とか、話題を広げてくれるのを待っていた。しかし、何分経っても”ラーメン”以外の言葉は出てきそうにない。
「あ〜もう! コミュ障じゃん!」
苛立ちからか、誰かを責め立てるように叫ぶすずか。無意識のうちにゆーのを責めているのだろう。
(一体誰がこんな配信に来るんだ……そろそろ枠を出ようかな……でもせっかくゆーのにおすすめしてもらったしな……でも時間の無駄だしな〜)
彼女の心が折れそうになったときだった。
「お!」
—まみゃさんが入室したよ―
その瞬間すずかは、まみゃのフォロワー欄を確認する。
(肉まんをかなり初期にフォローしている。これは常連だ)
spoon廃人のすずかは瞬時にまみゃを常連と判断し、コメントを打つ手を止めた。
(一旦ここは二人の会話を見てみよう)
肉まん『やあ』
まみゃ『やにく』
(ふ〜ん。この枠の挨拶は”やあ”がテンプレかぁ)
先ほどと打って変わり気が楽になるすずか。コメントをしなければいけないという謎の義務感から解放され、悠々と肉まんを観察することした。
すると数々の疑問が浮かんで来る。
(この人……色んな人から投げ銭を貰っているけど、どういうこと?)
投げ銭の記録を見ながら思案するすずか。
(常識的に考えれば無言配信で投げ銭をもらえるわけがないし……)
「え!? 一回ランキング1位になってんの!?」
肉まんの配信者プロフィールには【無言配信で1位取りました】とランキングで1位になったことが書かれてある。
ランキングで1位を獲得するには瞬間的にだが膨大な数の投げ銭が投げられなければいけない。
その時。新規入室メッセージが表示された。
—かんどうくんが入室したよ―
肉まん『やあ』
かんどうくん『初見です』
(おお、初見さんだ!さあ、何を話すんだ?)
まみゃというリスナーは挨拶をしたっきりコメントがない。
ここまで投げられるのには何か理由があるはずだ。
もしかしたら新規リスナーへの対応でその理由がわかるのではないかとすずかはじっと二人の会話を眺めた。
肉まん『ロケリーやるべ』
かんどーくん『分かりました! フレンド申請ください。IDこれです』
(……? ロケリーって、ゲームのロケットリーグだよね?)
ロケットリーグとは、車でサッカーをするゲームだ。オンライン対戦ができる。
なるほど、肉まんの配信カテゴリは”ゲーム”だったのか。やっと彼女は配信の方向性が見えてきた。
これはゲーム配信なのだろうか、だがミュートである。彼女は困惑する。
コメントは止まったままだ。15分程経過したとき、配信画面に1つのコメントが浮かんだ。
肉まん『もう1回やる?』
どうもゲームが終わったようだが、すずかはコメントに入れずにいた。
(なにこれ? ゲームやっただけ? こんなので投げ銭が飛ぶわけ……)
その時。色とりどりの花束たちが画面の上から下に舞った。
—かんどーくん が 20 の投げ銭をしました
「え!?」
かんどーくんが投げ銭をしたのだ。
さらにかんどーくんはコメントを連投した。主にゲームについて。
肉まんはただ無言でオンライン対戦をしただけで、がっちりと初見の心を掴んでいた。
かんどーくん『肉まんさんもしかしてプロですか!? めちゃくちゃ上手いですね!』
かんどーくん『肉まんさんすげー強かった! またやろうよ!』
高速で流れるコメント欄を見て彼女は納得する。
(そっか、きっと肉まんはゲームが上手くて、初見で来たゲーマーが「遊んでくれてありがとう」という感謝の気持ちで投げていくんだ)
ふつふつと彼女の中に一つの気持ちが湧き上がってくる。
(こんな人見たことない! 私も一緒にゲームしたい!)
すずか『私も一緒にゲームしてもいいですか!』
肉まん『何やる?』
すずか『ゲーム音痴です! 簡単なので!』
肉まん『どうぶつタワーバトルやるべ』
すずかはすぐにどうぶつタワーバトルのアプリをインストールする。だれでもできる簡単なゲームらしい。
(やった! 一緒にゲームできる!)
彼女はドキドキしながらインストールが終わるのを待った。
50%、78%、98%、100%。
インストールが進むにつれて彼女の鼓動が早くなる。実は、誰かと一緒にゲームをするのは初めてなのだ。
—インストールが完了しました—
「よし、これでゲームができる!!」
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気が付けば1時間経っていた。わくわくして、意地になって、勝っても負けても楽しかった。
おでこには丸い玉の雫が浮いていた。私はそれを手のひらで拭いながら、余韻に浸る。
「楽しかった……また遊びたいな」
ぽつりと呟いた声は熱を帯びて湿っていた。
「結局最後までミュートだったけど、盛り上がったな。いっぱい負けたけどいっぱいチャンスくれたし」
楽しい、楽しい、楽しい。
その日から私は肉まんの無言配信に入り浸るようになった。
否定も肯定もせず、淡々と、ゲームの話だけ。居心地がよかった。肉まんとゲームをする時間を合わせるために、ご飯やお風呂の時間も変えた。
私や、他のリスナーが何をコメントしても、肉まんは一言で返す。もちろんミュート状態でコメントでだ。その距離感が心地いい。
—すずかさんが入室したよ—
肉まん『やあ』
すずか『やあやあ』
肉まん『discordにゲームサーバーがある。肉まんはよくそこにいる』
すずか『分かった、すぐ行く!』
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それから彼女はspoonだけでなく、discordでも肉まんと交流するようになる。
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