第2話
2月1日。深夜。すずかはのっそりと布団から起き上がると、そのまま枕元にあるカップラーメンを手に取りケトルのスイッチをONにした。
「このカップラーメンは……そうだ。はなみちゃんからもらったんだっけ?」
Amazonのほしい物リストに置いておいたものをネット友達のはなみちゃんに買ってもらったものだ。そういえば光熱費や家賃も出してもらっている。
「今度配信で会ったらお礼言わなくっちゃ」
うめくような声でそう呟くと彼女はカップラーメンを啜った。
そして数分後。彼女は配信を始める。
「でさぁ〜昨日丸一日使って面白い枠探してたの〜枠主が面白くてリスナーもノリよくて、みたいな」
先ほどのゾンビのような声とは違い軽快で甲高い声をだすすずか。
彼女の趣味であり、ライフワークはネット配信をすることだ。その中でも彼女が特に気に入っているのは、声だけで配信できると最近話題のアプリ。spoonだ。
—やまださん が100 の投げ銭をしました—
「や、山田ちゃん!? めっちゃ嬉しい!!100は大きいよ、いつもありがとう、モチベーションすぎるよ…… このエフェクト初めて見た、可愛い〜 えい! スクショ間に合え! 山田ちゃんありがと〜これで今月も生活できるよ〜!!」
配信をしつつ日銭を稼ぐすずか。
1時間ほどすると、常連のゆーのが入ってきた。彼はすずかにコメントをする。
『よ。最近コラボ配信機能がつくらしいな』
「わ〜! ゆーのきてくれたんだ!待ってたよ。 あ〜コラボ配信ね。リスナーと配信者が喋れる機能だっけ?」
『そうそう。配信者とリスナーで会話できる機能』
最近はspoonにコラボ機能が付くという噂がユーザーの間では持ち切りで、その話を彼女はし始めた。
「コラボ機能で面白い枠増えるのかな〜」
カーテンを締め切った暗い部屋。少しでも日光から身を潜めたくて、窓には段ボールを貼ってある。ぺたんこになった布団の上で、彼女はスマホに向かって話し続ける。
そのまま何十分か話した頃。ゆーのが思い出したようにこう書き込んだ。
『肉まんって人面白いよ』
「肉まんって人面白い……? えー初めて聞いたかも、男の人?」
『無言配信でランキング1位になってた。性別は不明。配信行ったけど、ずっとミュートだったよ笑』
「無言配信!? spoonで!? 意味分かんないじゃん! 声出しはしないってことか、じゃあチャットみたいな枠になるんかなぁ」
配信アプリで無言……? それで1位……? 意味分かんないけど面白そう。
まだ配信中だが、リスナーに教えて貰った肉まんの配信アカウントをフォローする。アイコンは手描きなのかな。ウサギみたいな犬みたいな、ほっこりするアイコンだった。
「肉まんさんのアカウント教えてくれた人ありがとね〜! 早速フォローしちゃったよ」
プロフィールを覗いてみると、『無言配信で1位取りました』とだけ書いてある。簡潔にも程がある。これじゃあ性格も人間性も、どんな配信なのかさえ分からない。
「いや、謎すぎんか。まぁ肉まんって人の枠行ってみるかー、教えてくれてありがとね、じゃ、今日の配信おしまい! 点呼取るよー、呼ばれた人は元気に返事してね!」
配信終了の画面を見たあと、何となくスマホを指先でなぞる。インターネット、ここがわたしの居場所で、こんな引きこもりを受け入れてくれる唯一のコミュニティだ。
肘と腰に痛みと言うには大げさな違和感がある。きっと肘をついて上体を起こして配信していたせいだろう。
シャワーでも浴びようか。いや、面倒くさい。洗顔だけでいいや。
化粧用の立体鏡を手元に引き寄せる。思わずうわ、と声が漏れた。
髪の毛がギシギシだ。ぱさついている。前髪なんて伸び切ってしまって、耳にかけられる程だ。最後に美容室に行ったのはいつだっただろう、ぱさぱさの毛先を指先でくるくると弄る。
「肉まん、ねぇ……」
フォロワー数134、フォロー数77。
「無言配信なのにフォロワー多いな、いやこれ多い方なのかな…?フォロワーの方がフォロー数より多いし、やっぱ配信者なんだ」
spoonは投げ銭しているリスナーが公開される仕様だ。投げ銭の欄も開く。
「いや、意外と投げられてるな」
1人1人は少額であるものの、かなりの人が肉まんに投げ銭をしていた。
「無言配信で投げ銭ってどのタイミングで投げるのよ……盛り上がるかよ……」
変なやつもいるものだと思ったすずかだったが、好奇心には勝てず彼女はその後肉まんの配信に行くことになる。
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