第8話

「だれだその子?」

 3人して岸で師匠のガイド終わりを待ち迎えに行ったところで、師匠はアキラを眺めながら言った。ヘビー級の格闘家みたいな体格と高身長のまま見下ろす姿は、成長期にも入っていないアキラと並ぶと同じ人類とは思えない。

「お2人のお友達です。初めまして、アーロンさん」

「なんだ、俺のこと知ってんのか。どっかで見た気がするな。けど、会ったのは初めてか」

「はい。僕は初めましてです」

「ああ、あんときの」

 師匠が一人で納得した。ピンとこないままどういうことか考えていると、葵が興奮気味に言った。

「いやアーロンさんマジでヤバイですねあのオールさばき!! パクりたいわあー俺も現役になったら客前であんな感じのパフォーマンスやりたいっすわあーーーっ」

「ボケ。ガイド中に予定外の行動とるゴンドラ乗りがあるかよ。ありゃ悪い例だ忘れろ。でボウズ、名前は?」

「アキラです」

「そうか。こいつらクソ見習いの友達だっていうなら、俺とも友達だ。よろしくな」

 客じゃないからそんな素のトーンで話してたんだな、あんた。

「兄ちゃんたちは元気にしてんのか?」

 兄ちゃん? 俺と葵は顔を見合わせた。

「はい。素敵な新婚旅行になったと、すごく自慢されました。すぐ自慢してくるから、いつもウンザリするんですが。でも、いつもの自慢じゃなくて、本当に心から楽しかった話って感じがして、なんだか、いつもの兄ではなかったです」

「そうか。ならガイドした甲斐がある。にしても似てるなおまえら」

「あまり……嬉しくありません」

 師匠とアキラが話していてようやく合点がいった。以前。アキラの兄夫婦が旅行に来た時に師匠がガイドをした。その兄とアキラがよく似ているから、師匠はピンときたんだろう。ぶっきらぼうなくせして仕事に対してのプロ意識はそういうところにもこの人は現れている。一度乗せた客のことは、この人は忘れない。 

「兄があんなに嬉しそうに話す場所がどんなところなのか知りたくて、両親にお願いして旅行に来たんです。あの兄のはしゃぎようは僕から見ても新鮮だったので」

「だから師匠のゴンドラに乗りたかったのか」

 子供が電話で師匠を指名してきたときは両親の使いかと思ったが、自分で乗りたかったというわけだ。

「来たら好きになるかと思っていました。でも、正直言って、来てもつまらなかったです。みんなは街や水路が綺麗だって言っているけど、僕には退屈なだけでした。だから、有名なゴンドラ乗りに案内してもらえれば……兄が乗ったっていうゴンドラに乗れば……楽しくなるのかなって。でも、乗れなくて」

 初めてアキラのことを年相応のこどもだと思えた。その姿を見られて、なぜか俺は嬉しくなった。

「……お兄ちゃんが自慢してたことが、僕にはよくわかりませんでした」

 いつの間にか、兄といっていた言葉が変わっていた。

「兄ちゃんは別に自慢してたわけじゃねえんじゃねえか」

 葵と師匠が俺を見た。うつむきがちだったアキラも俺を見上げる。その顔はまんま幼さのある少年だった。

「いいとこがあれば、教えたくなる。それって別に悪いことじゃない。大事な人間にいいとこ伝えて、そいつにも同じような気持ちになってもらえりゃ、うれしいんだよ」

 ここに来て、ヌエボに来て、俺が実際に感じたことだった。それまで、ホームで過ごしていたときは、自分のことしか考えていなかった。けれど、過ごすだけで穏やかになれるこの場所を、いつしかだれかに伝えたいと思った。そして、それがゴンドラ乗りになるきっかけだったのだろうと、いまになってふと思った。

「兄ちゃんはアキラに幸せ分けてやりたかっただけだと思うぜ」

 なにか葵が言ってくるかと思ったが、妙に穏やかな表情で俺を見てた。それはそれでムカついた。

「……そうかな。でも、いまは来てよかったと思っています。楽しかったです」

 アキラは俺たちを見上げて笑った。とても純粋で、心から喜んでいると伝わってくる、柔らかい笑顔で。

「みなさんと過ごせて、とても楽しかったです」

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